『静かなる決闘』三船敏郎が手術中のミスで梅毒に感染した医師に [懐かし映画・ドラマ]
『静かなる決闘』(1949年、大映)を観ました。手術中のミスで梅毒に感染してしまった青年医師を三船敏郎が演じています。監督は黒澤明、原作は菊田一夫の戯曲『堕胎医』です。世界のクロサワ・ミフネのコンビというと、それだけで大作の響きがありますが、三船敏郎が世にでる作品となった『酔いどれ天使』が3作目の映画出演と言われており、その次に当たる本作は、まだ完成途上ではないかと思います。(上画像はGoogle検索画面より)
黒澤明、三船敏郎コンビですが、配給は大映です。
ネタバレ御免のあらすじ
軍医として戦地で働く青年医師・藤崎恭二(三船敏郎)は、中田上等兵(植村謙二郎)の手術中に誤って小指を切ってしまい、その傷口から中田の梅毒に感染してしまいます。
現在なら、梅毒はペニシリン系の抗生物質の投与で治癒するそうですが、当時はサルバルサンというヒ素剤が治療に使われていました。
当時梅毒は、結核のように、治癒までに長い年月が必要な、厄介な感染症だったわけです。
戦地から戻った藤崎は、産婦人科医である父親(志村喬)の病院で働きますが、周囲には梅毒に感染したことを隠しています。
藤崎には、松本美佐緒(三條美紀)という婚約者がいましたが、彼女にも真実は告げずに「結婚は当分するつもりはない」とだけ言い、自分との結婚を諦めさせようとします。
病院には看護師見習い、峯岸るい(千石規子)が勤めていました。
あるとき、藤崎が誰もいない診察室で隠れるようにサルバルサンを打っているところに峯岸が入ってきて、梅毒の治療中であることを知られてしまいます。
人道主義者の藤崎を鬱陶しく思っていた峯岸は、藤崎が美佐緒との結婚の約束を反故にしたことと、梅毒に感染していたことから、陰では何をしているかわからない男だと軽蔑します。
千石規子。若い頃からそういう役だったんですね。
峯岸は妊娠して男に捨てられ、自殺しかけたところを藤崎に助けられた元ダンサーでした。
お腹の子どもを堕ろしたいと、事あるごとに言う峯岸を藤崎が咎めると、「その神様みたいな人が、何だってサルバルサンの注射なんてしてるんです?」と言い返します。
そのやりとりを藤崎の父親が立ち聞きしてしまい、父親も息子が梅毒患者であることを知ります。
藤崎は父親に、自分の梅毒は手術中に感染したものであり、美佐緒に真実を告げないのは治るまで何年も彼女を待たせるわけにはいかないからだと説明します。
ちょうどそのとき、峯岸が部屋の外でそのやりとりを聞き、自分が思い違いをしていたことを知ります。
その日以来、峯岸は藤崎への態度を改め、看護師の資格も取り、真面目に病院の仕事をするようになります。
ある日、藤崎は自分に梅毒を感染させた中田と偶然再会します。
中田は結婚して、もうすぐ子どもが生まれることを藤崎に話します。
驚いた藤崎は、中田の妻(中北千枝子)や胎児にも梅毒が感染しているに違いないと思い、診察を受けるよう勧めます。
中田の妻はやはり感染しており、胎児がお腹の中で死んでしまったため、藤崎の病院で緊急手術を受けます。
一方、美佐緒は別の男性との結婚を決め、結婚式の前日に藤崎に別れを告げにきます。
美佐緒が帰ったあとで、藤崎はやり場のない怒りや男としての苦悩を、峯岸に激しくぶつけてしまいます。
それを聞いた峯岸も号泣してしまうのですが、藤崎は感情の波がおさまるとまた冷静な医師に戻り、患者の治療を続けるのでした。
当時の画像が公開されていますが(https://br.pinterest.com/pin/794392821745198064/)、千石規子さん、若かったですね。黒沢監督や共演者の視線が釘付け(笑)です。
その後のクロサワイズムにつながるヒューマニズム
まるで西部劇のようなタイトルの「決闘」は、梅毒との決闘であると同時に、自分自身との決闘でもあるのでしょう。
いつ治るともわからない病気を抱え、恋愛も結婚も諦め、それでも自暴自棄にならずに生きていく、その辛さとの闘いです。
ただ、それにしては藤崎の苦悩がじゅうぶんに伝わってきません。
聖人君子みたいな藤崎にも、美佐緒の肉体への執着があったのだとわかるのは、しまいこんでいた感情を峯岸にぶつけたワンシーンのみです。
自分に梅毒をうつして悪びれもしない中田にすら、それを責めようとしないのです。
こんなに立派な人間がいるのだろうかと思います。
軍医なのですから、たとえば、生死の境の苦しみや悲しみをたくさん見てきているから、結論として自分は生きることを選んだ、というような葛藤やエピソードを挟めばなおよかったと思います。
原作では藤崎は最後に発狂してしまうらしいのですが、映画では人格が壊れてしまうところまではいきません。
その代わりなのか、生まれてきた赤ん坊を見た中田が抜け殻のようになってしまいます。
一体どんな赤ん坊だったのか。
手術後の中田の妻が
「見せていただけませんか、一度」
と頼んでも、峯岸は即座に
「いけません!」と強く答え、藤崎も
「ご覧にならないほうがいいと思います」
と硬い表情で前方をじっと見つめたまま言います。
映画では赤ん坊を映していないのですが、このやりとりでおおよそのことが想像できます。
当時の感染症の恐怖とともに、苦悩と葛藤を描いたヒューマニズム溢れているところは、その後のクロサワイズムを十分に感じ取ることができます。
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