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白痴(原作/坂口安吾、作画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス) [文学]

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堕落論,白痴(原作/坂口安吾、作画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、戦争末期と敗戦直後を描いた書の漫画化です。『白痴』は、戦時中、文化映画の演出家見習いが、知的障害と思われる人妻を蔑みながらも離れられなくなる話です。

堕落論,白痴(原作/坂口安吾、作画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、2つの作品をひとつの読み物(漫画)にした意欲作です。

先日は、そのうち『堕落論』をご紹介しました。


今回は、『白痴』をご紹介します。

小さな愛情が自分の一生の宿命に



時代は戦時中。

1914年の映画法で、すべての映画製作が内閣情報局の指導下に置かれ、それまで年500本作られていた劇映画は1920年には二十数本に。

かわりに増えたのは、国民の戦意高揚につながる戦争映画でした。

映画会社で制作スタッフは、「戦友愛を描け!いかに潔く死ぬかを描け!」と上司から発破をかけられます。

「戦意色」の足りない映画は、検閲で弾かれるからです。

主人公の伊沢は、27歳の男です。

「大学を卒業すると新聞記者になり、つづいて文化映画の演出家(まだ見習いで単独演出したことはない)になった」そうです。

下宿の隣人には、相当の資産がある30歳前後の「気違い」(原作のまま)がいて、母親と25~6歳の女房がいました。

女房は、隣人が四国のどこかしらで意気投合し、遍路みやげにつれて戻ってきたといいます。

原作では、「白痴の女房」と書かれています。

伊沢は、「気違い」と「白痴」が意気投合したことについて、考え込んでいます。

今なら書けない設定でしょうね。

それはともかく、彼女は外見はきれいに描かれています。
「白痴の女房はこれも然しかるべき家柄の然るべき娘のような品の良さで、眼の細々とうっとうしい、瓜実顔うりざねがおの古風の人形か能面のような美しい顔立ちで、二人並べて眺めただけでは、美男美女、それも相当教養深遠な好一対としか見受けられない。気違いは度の強い近眼鏡をかけ、常に万巻の読書に疲れたような憂わしげな顔をしていた。

名前は「オサヨ」で、「白痴の女房は特別静かでおとなしかった。」とも書かれています。

オサヨはいつも、何かしくじりをして、夫の母親に怒鳴られ、叱られて逃げていました。

一方、伊沢は、職場に幻滅していました。

自我だの独創だのと言っても、流行次第で右から左へどうにでもなる人間。

「戦争さえ終われば、独創的な映画を作る」などと、自分たちは戦争の犠牲でクリエイティブな職能を発揮できないと言っていますが、実は何でも検閲のせいにして、本心はそんな気はサラサラないサラリーマン以上のサラリーマン。

伊沢は軽蔑していましたが、それが伝わったのか上司に意地悪をされ、同僚に仲間外れにされ、情熱を失っていきました。

そんなある日、下宿に帰ると、押し入れにオサヨが隠れていました。

また、義母に怒鳴られて逃げてきたのでしょう。

仕方ないので、一晩だけ匿うことにしましたが、興味はないつもりなのに、オサヨのカラダに27歳の肉体は反応を示して「いい形」になってしまいました。

「女の髪の毛をなでていると、慟哭したい思いがこみあげ、さだまる影すらもないこの捉とらえがたい小さな愛情が自分の一生の宿命であるような、その宿命の髪の毛を無心になでているような切ない思いになる」のです。

オサヨを抱いてからは、妙に気持ちが落ち着き、やりがいのない仕事も苦にならず、下宿に帰ると「白痴の女はただ待ちもうけている肉体であるにすぎ」ないのですが、そこは生身の人間。「無自覚な肉欲」に熱中する日々でした。

その一方で、爆撃があった時に、隠れた押し入れで見たオサヨの絶望して苦しみもだえる顔が、人間にあるはずの理知や抑制など微塵も見られず、「それはただ本能的な死への恐怖と死への苦悶があるだけで、それは人間のものではなく、虫のものですらもなく、醜悪な一つの動きがあるのみ」との嫌悪感をいだきました。

つまり、伊沢にとって、もう心の中ではオサヨは手放せない女となり、「気違い」に返す気なんかサラサラないのに、理性ではオサヨを醜悪に思うという、複雑な感情を抱いていました。

そして、4月15日。たぶん、神奈川県川崎市の大空襲のことだと思います。

爆撃で火の海の中、伊沢は一瞬でもはやく逃げたかったのですが、オサヨが気になり、燃えている下宿に戻ります。

押し入れで醜悪な表情のままかたまっているオサヨ。

布団をかぶって2人は外に出ます。

そしてオサヨに言います。

「火も爆弾も恐れるな。俺の肩にすがりついて来い。死ぬ時は2人一緒だ」

その時、オサヨははっきりと、「はい」と返事をします。

オサヨが、初めて自分の意志を示してくれた……

伊沢は一瞬胸熱になりました。

2人は戦火をなんとかくぐり抜けて助かりました。

しかし、気がつくと、背中でいびき声をたてて寝ているオサヨを見て、またしても嫌悪感をいだき、「豚」に見立て、また「冷静」になります。

といっても、そこでオサヨを捨てていくことも面倒だと感じます。

なんだかんだいって、結局伊沢は、オサヨと暮らすことになるのです。

胸熱の瞬間に、「この女」とはずっと一緒にいようという覚悟のようなものができたのではないでしょうか。

自分にだって、理想の結婚相手はあった。

でも、オサヨと離れられない。

醜悪と思っているのに、離れられない。

「気違い」には返したくない。誰にも取られたくない。

そういう、心の葛藤が描かれています。

みなさんも、結婚相手に対して、そういう複雑な感情って湧くことありませんか(笑)

嫌なはずなんだけど、居心地は悪くない。ほかには取られたくない。

実に面白い、引き込まれる小説です。

「無頼派」の面目躍如



坂口安吾は、文学史上「無頼派」といわれました。

終戦直後に、若い読者たちの人気を博した一群の作家たちのことで、太宰治・坂口安吾・織田作之助・田中英光・石川淳・檀一雄らを指すといわれています。

戦争が終わり、社会的な価値観や世相がガラッと変わってしまったので、文学によって生きる指針や新しい世界観の構築などをしたのかもしれませんね。

2作品とも、原作は青空文庫に公開されていますが、まずは漫画の本書から読まれてみてはいかがでしょうか。

堕落論,白痴 (まんがで読破) - 坂口 安吾, バラエティ・アートワークス
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コメント 4

赤面症

男女の仲は理屈じゃないですからね
by 赤面症 (2023-09-26 01:20) 

pn

まあ、お年頃だから心と体は別って事で(笑)
by pn (2023-09-26 06:22) 

扶侶夢

>戦争が終わり、社会的な価値観や世相がガラッと変わってしまったので、文学によって生きる指針や新しい世界観の構築などをしたのかもしれませんね。

この評論には感じ入りました。芸術の功の側面…改めて発見した気分です。胸に刻み込んでおこう ^^)
by 扶侶夢 (2023-09-26 11:34) 

tai-yama

27歳でも動員されなかったと。この辺は運なのかな?
絨毯爆撃なんて、まさにあの時代だからできる技・・・
by tai-yama (2023-09-26 22:26) 

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