泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。(漫画/ひらはらしだれ、興陽館)は、泉鏡花による短編小説の漫画化です。伯爵夫人と執刀医との恋をテーマとしており、身分違いの関係の美しさと儚さがメインとなっています。
『泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。』は、興陽館から上梓されています。
ストーリーは、伯爵夫人と医師の高峰の、実らぬ身分違いの恋を描いた短編小説です。
タイトルの「外科室」は、そこが舞台であることから、つけたものと思われます。
泉鏡花は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した作家です。
文学史上に名を知らしめたのは、『高野聖』という作品です。
小説のほか、戯曲や俳句も手がけています。
作風は、「江戸文芸の影響を深く受けた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで、幻想文学の先駆者としても評価されている」と、紹介されています(Wikiより)。
本作も、「特有のロマンティシズム」が存分に発揮されています。
麻酔無しで手術する覚悟の背景
『外科室』は、1895年(明治28年)に『文芸倶楽部』に掲載されました。
高峰医師と貴船伯爵夫人の話ですが、高峰医師の友人である画家の「予」による語りで物語が進んでいきます。
医学士の高峰と伯爵夫人の密やかな恋愛を描いたものです。
二人が互いに恋心を押し隠していた理由は、彼らの身分の違いにあります。
この物語は、前半が「外科室」、後半が「植物園」で話が進んでいきます。
「外科室」では夫人と高峰の一幕が、「植物園」では二人が初めて互いを見たときが描かれます。
物語の中心となるのは、前半の「外科室」の場面です。
手術にあたって、夫人が麻酔を嫌がっています。
「私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂いうと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもうなおらんでもいい、よしてください」
そう聞いたら、夫の伯爵が黙っていられません。
「秘密って、それは夫のわしにも聞かされぬことなんか。え、奥」
「はい。だれにも聞かすことはなりません」
伯爵は、嫌な気持ちになります。
そんな夫の気持ちを察して、周囲も黙ってしまいます。
再び口を開いた夫人は言います。
「高峰先生が執刀してくださるのよね」
「は、はい、外科科長の高峰が執刀を……」
「それなら私は、麻酔なしでも動きません(キッパリ)」
看護師は諌めます。
「それは夫人、いくらなんでもちっとはお痛みあそばしましょうから、爪をお取りあそばすとは違いますよ」
「いいよ、痛かあないよ」
「夫人、あなたの御病気はそんな手軽いのではありません。肉を殺そいで、骨を削るのです。ちっとの間御辛抱なさい」
あまりの頑固さに、伯爵は手術の延期を提案する始末。
しかし、高峰医師は、「一時後おくれては、取り返しがなりません」と、手術を決意します。
「夫人。私が責任持って執刀させていただきます」
「どうぞ……」
メスを入れる高峰医師。
「痛みますか」
「いいえ、あなただから、あなただから」
といいつつも、
「でも、あなたは、あなたは、私(わたくし)を知りますまい!」と、突き放します。
麻酔無しで胸を割かれて、このような会話ができるのでしょうか。
高峰医師は、「忘れません(キッパリ)」と答えます。
夫人はそれを聞くと、あどけない笑みを浮かべて絶命します。
その時は、まさに世界は2人しかいませんでした。
そして、物語は「下」章に。
2人の出会いが語られます。
あれは9年前のことでした。
小石川の植物園。高峰医師と画家は橋の下で貴族の婦人の集団とすれ違い、ただその一瞬に高峰医師と夫人は恋に落ちました。
夫人とすれ違いざまに、高峰医師は言います。
「見たか。真の美というのは、ああいうものなのだ。画家よ、勉強したまえ」
以来、高峰医師が、夫人について語ったことはありませんでしたが、それは身分の差を自覚していたからでしょう。
気持ちだけはそれを貫きたかったのか、高峰医師は誰とも結婚しませんでした。
そして手術の同日、夫人の後を追うように高峰医師も亡くなりました。
恋愛は「罪悪」なのか
原作の最後の一行は、漫画では表現されていません。
語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。
「予」は心の中で、この2人は罪悪があって、天国に行くことはできないのだろうかと問い、物語は終わります。
罪悪というのは、仏教で言う「業」の話です。
仏教的には、ふたつの解釈が考えられます。
ひとつは、お釈迦様の仏教では、欲望を抱いたり、未練をもったり、悪いことを行ったりしたら、涅槃寂静に到達できないとされています。
成就しなかった愛なので、未練として残りますから、これは仏教的にはまずいのです。
渇愛(執着)というのは、煩悩として戒められています。
そして、もうひとつは、現在の私たちが「仏教」といっている大乗仏教で、たぶんこちらをさしているのだろうと思いますが、六波羅蜜という「戒」があり、そのなかの「持戒」に、「道徳や法律を守る戒めの心」がとなえられています。
身分を顧みない「不道徳」な恋愛感情は人の道を外れる、そんな感情を抱くことは因果応報で悪いことが起こる、つまり天国にはいけない、ということだと思います。
こうして改めて作品を振り返ると、日本の文学作品が、いかに仏教的世界観に影響されているかがわかります。
現代でも「格差婚」とか「玉の輿」とかいわれる関係はありますが、当時は「身分違い」が絶対的に不道徳だったということですね。
女優の久我美子が、華族の「久我家(こがけ)」の娘だったが、女優という大衆的な仕事をするために「こが」ではなく、さも別の家であるかのように「くが」と別の読み方をした、士官の息子の平田昭彦とは結婚する気がなかったが、「床の間に飾って置く」とまで言われて結婚した、という話があります。
しかし、いったん女優になってしまえば、普通にキスシーンもするし、普通に焼肉もつつくわけで、人間なんだから、みんなやることって同じだと思うんで、そういうもの(身分だの家柄だの)はしょせん、「時代の価値」に過ぎない、つまり普遍的なものではないわけですが、それでも守ることが「正しい」のでしょうか。
どうなんでしょうね。
原作は、青空文庫に公開されています。
―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。 - 鏡花, ひらはらしだれ
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麻酔無しでショック死したということですか?
by 赤面症 (2023-08-16 01:08)
真の美、見果てぬ夢です。^^;
by よしあき・ギャラリー (2023-08-16 05:46)
恋愛物の外科室なんて言うからR18かと(笑)
医者は自害なのかな?側から見れば死なせちゃった責任とったように見えるけど後追い心中となるとあれこれ怪しまれる?
by pn (2023-08-16 08:07)
泉鏡花は好きな作家でした。
しかし「外科室」はあまりにも観念的だと
子供心に思った記憶があります。
by そらへい (2023-08-16 08:51)
泉鏡花は名前は知っていて、気になってはいましたが、一度も読んだことがありません。
最近、昔買った太宰治や宮沢賢治の単行本を読み返し、別の解釈で読んでいる自分がいます。今読んだら、井原西鶴も面白くなるのやもと思っていたところでした ^^
by よいこ (2023-08-16 15:49)
実際は麻酔なしではあり得ません
by コーヒーカップ (2023-08-16 20:33)
麻酔しない方が治りが早いとかなんとか・・・・
私の知り合いは麻酔なし(注射嫌い)で痔の手術をして
1週間で退院しました(笑)。
by tai-yama (2023-08-16 23:15)
みなさん、コメントありがとうございます。
>麻酔無しでショック死したということですか?
死因は描かれていませんが、そうかもしれませんね。
by いっぷく (2023-08-17 02:15)