『舞姫』といえば、近代文学史上に残る森鴎外の長編小説。『まんがで読破』シリーズとしてバラエティ・アートワークスが漫画化しました。帝国大学を主席で卒業した国費留学生が、自分軸で生きられない苦悩とドイツ人女性との相克を描いています。
『まんがで読破』シリーズの『舞姫』は、森鴎外/原作の同名の小説を、バラエティ・アートワークスが作画、Teamバンミカスから上梓しました。
舞姫、というのは「おどり子」という意味です。
帝国大学の法学部を主席で卒業した主人公・太田豊太郎は、国費でドイツに留学する超エリートでしたが、ドイツの踊り子・エリスと知り合い、子供ができるまでの仲になったものの、日本で重要なポストで迎えられる機会に、パラノイアになってしまった踊り子をお腹の子供ごと捨ててしまった話です。
『舞姫』も、先日の『破戒』同様、近代文学史上に残る自然主義文学といわれる潮流の作品です。
自然主義とは、社会の矛盾や、きれいごとのない人間の生き様を、深く掘り下げる文学的潮流、といったところでしょうか。
『破戒』は、部落差別という「社会の矛盾」、それに対して主人公が自分の身分を隠したものの、最後は告白する「生き様」を描きました。
『舞姫』は、家制度という「社会の矛盾」と、名誉を取るか、子供までなした外国の女性を取るか、という生き様を描いています。
主人公は、森鴎外自身がモデルと考えられていて、エリスという実在のモデルについて言及した書籍もあります。
私は、高校3年のときの現国で、期末に書く小論文のテーマが、『破戒』か『舞姫』か、どちらかの選択でした。
自分軸の人生になりきれなかった
主人公の太田豊太郎は、東京帝国大学法学部を主席で卒業。
司法省に入省し、国費留学生としてドイツに渡ることになります。
その親友は相沢謙吉。やはり東京帝国大学医学部を主席で卒業。
太田豊太郎が国費留学することを知り、相沢謙吉も私費でドイツ留学します。
豊太郎の母は、女手一つで豊太郎を育てた、武家出身の女性。
豊太郎が主席で卒業したことで、授与された恩寵時計(天皇からの贈り物)を父親の仏壇に飾ろうとしたところ、母親はまず天皇への拝謝をしてから仏壇に供えました。
一家の長より国家の長。
一人息子ではなく家督を継ぐ長男。
士族の人は、
家制度イデオロギーがしっかり刷り込まれています。
ベルリンでは、ドイツ駐在公使の矢部長官に挨拶。
その夜、歓迎会で劇場に連れて行かれます。
そこで踊ってたのトップダンサーが、エリスでした。
伯林(ベルリン)大学では、「法とは何のために存在スべきか?」というテーマで、太田豊太郎がさされました。
太田豊太郎はこう答えます。
「私の母国日本においては、元首である天皇を中心に、国民ひとりひとりが果たすべき義務を定めています。国家の反映を目指すために存在すべきだと思います」
教官は、皮肉っぽく、「実に日本人的な良い意見だと思います」と言います。
一方、相沢謙吉は、こう答えます。
「国の未来とか…そういうのは話が大きすぎてあまり想像つかないけど…俺の目が届く世界なんてせいぜい家族とか恋人・友人その程度です。でもその人たちの幸福をみなさんも願ったりするでしょう?
ささやかな幸せでいいんです。そんな人たちがみんな幸せに暮らすために法が存在すればいいと思います。」
すると、周囲は絶賛。
教官も「うむ、すばらしい意見だ」
要するに、当時のドイツは、日本よりずっとリベラルだった、という話です。
焦りを覚えるのは、太田豊太郎。
自分の教科書通りのはずの回答が、あまりにも矮小な気がしたのです。
「くだらない。情けない。日本で学んだことが、世界でこんなにも遅れているなんて」
持参した恩寵時計を見ながら、つぶやきます。
「僕はエリートなんかじゃない。ただの日本人だ……」
……と、その時、強盗が背後から太田豊太郎の襟を掴み、短剣を突きつけ、「金を出せ」と迫りました。
「馬鹿な真似はよすんだ。金が必要なら相談に乗るから……」
強盗は大声で拒みます。
「ほどこしを受けるぐらいなら、罪人になったほうがマシだ」
その声が女性であることに気づいた太田豊太郎は、後ろを振り向くと、なんと強盗は踊り子のエリスでした。
「トップダンサーのキミがなぜ……」
泣き出すエリス。
「トップダンサーなんて無意味な肩書だわ。いつも生活はギリギリ。父が死んだの。私の僅かな稼ぎと、父の収入で母と家族3人なんとか生活してきた。父親を失っても、葬式をあげるお金すらない。他の踊り子たちみたいに、特別なお客をとればお金はすぐに手に入る。でも、どんなに苦しくてもプライドだけは売るな…私は父にそう教えられた。…でも母の考えは私と違ったの。娘の私に、身体を売れって言ったのよ」
太田豊太郎は、エリスに罪人になってほしくないから、恩寵時計を売って金にしたら良いといいます。
エリスはその厚意を受け入れ、お金は少しずつでも返すと約束します。
恩寵時計を手放したのは、エリスがちょうどよいきっかけだったのかもしれません。
それ以降も、悩み続ける太田豊太郎。
僕は何のためにドイツに来たのだろう。
任務を全うして国に貢献するため?
出世して家を興すため?
学問を究めるため?
……すべて自分の意志とは違う
母の望むように出世の道を歩み、司法省の望むようにドイツへ来た…
所詮、周囲の望むようにしか生きてこなかったんだ…
太田豊太郎は、今風に言えば、自分軸で生きていないことに気づいたのです。
自我の目覚めです。
そんな太田豊太郎にとって、自分の意志によるふるまいが、エリスとの交際でした。
エリスが好きな、ドイツ駐在公使の矢部がヤキモチを焼き、2人の仲を引き裂くために、太田豊太郎の帰国を決めます。
留学途中に帰国ということは、出世の道が絶たれたことを意味します。
「帰国命令は突っぱねろ。汚名を背負ったまま日本に帰っても出世は望めん。突っぱねて免官ならそれでも良い。ドイツに残れ」と相沢謙吉。
日本の新聞社から、ドイツ駐在の通信員としての仕事があったのを、相沢謙吉が譲ってくれるといいます。
相沢謙吉は帰国し、太田豊太郎が返り咲くチャンスを作るともいいます。
太田豊太郎は免官願いを提出し、エリスの家で暮らすようになります。
国費もストップし、通信員の生活は裕福ではありませんでしたが、ドイツのメディアに幅広く触れ、ただの留学生では出来ない、世界を勉強する機会を得ました。
何より、エリスとの生活は幸せで、太田豊太郎は、やっと自分軸の人生を送れるかのように思われました。
しかし、その道筋を作ってくれたのは相沢謙吉です。
ということは、しょせん、それも自分軸ではなかったのでしょう。
相沢謙吉が、約束を守って持ってきた「返り咲くチャンス」とは、日本の有力大臣の側近として働くことであり、すなわち太田豊太郎がエリスと別れて帰国することでした。
太田豊太郎は、それを突っぱねても良かったし、どうしても譲れない一線として、エリスとともに帰国することを条件とするとか、今度こそ自分軸の人生を確立すべき機会でしたが、結局は相沢謙吉の言いなりになり、エリスを捨てて帰国することにしました。
太田豊太郎の子を宿したエリスを捨てて。
またもや他人軸です。
母親の訃報を聞いたことも、判断に影響を与えたのでしょうか。
エリスは、太田豊太郎が離れていくショックから、精神を病んでパラノイア(偏執狂)になってしまいます。
太田豊太郎は勝手なもので、「相沢謙吉が如き良友は、世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心、今日までも残れりけり。」と、「あいつが帰国の話を持ってこなければ、こうはならなかった」と、相沢謙吉を逆恨みします。
最後まで、他人軸なのです。
帝国大学を出ていても、こんな生き方しかできないんですね。
他人軸を批判か、苦悩に理解か
またしても毒親がキーワードではあるのですが、母親個人がおかしいと言うより、太田豊太郎が家制度というイデオロギーの中で、自我を貫くことができなかったのでしょう。
士族出身というのは、江戸時代から家制度にあったわけです。
現在は、そうした身分制度はありません。
が、相変わらず子や孫を、自分の所有物と考える人もいるようで、子どもにいろいろな期待をし、子どももその期待に抗えず、自分軸で生きることができない人がいます。
先日のホリエモンではありませんが、人生は1度きり。親軸で不本意な人生になっても親は責任を取ってくれません。
もっとも、私のような短絡的な感想ではなく、豊太郎の「周囲に期待され過ぎた人間の苦悩」に理解を示す感想もあります。
さて、みなさんは「自我に目覚めながらも他人軸人生を克服できなかった豊太郎」をどう思われますか。
舞姫 (まんがで読破) - 森 鴎外, バラエティ・アートワークス
読んだことあります。
保身は誰にでもありますが、
相沢への悪口はいただけないですね
by 赤面症 (2023-07-22 01:05)
若かりし頃「舞姫」を読んだ時は、文体が難しすぎて理解するのに苦労した覚えがあります。いっぷくさんの分かり易い解説で内容が思い出されました。豊太郎のような人間は決して少なくないと思います。他人軸とは言えませんが、自分優先という点で、石川達三の「青春の蹉跌」の主人公が頭に浮かびました。
by 十円木馬 (2023-07-22 08:02)
20年ほど前、知り合った埋蔵文化財研究員が、
「この道に入るきっかけはドラえもん歴史シリーズだった」
と教えてくれました。
古い小説、歴史、古典などの「まんが化」は入口にふさわしいものだと感じています。
by ハマコウ (2023-07-22 09:45)
自分の意思が見えないままなら幸せに暮らしたんだろうかとも思う。
by pn (2023-07-22 12:06)
大卒でも中卒でも自分次第だと思うのですが
by コーヒーカップ (2023-07-22 14:42)
私の世代では現国の教科書に載っている話と。
続編でエリスから生まれた子供が太田に仕返しする
話があったら良さそう(笑)。
by tai-yama (2023-07-22 19:23)
「舞姫」も「破戒」と同じく
高校時代に読んだと思います。
一度漫画版「舞姫」
体験してみたいですね。
by そらへい (2023-07-22 20:10)
豊太郎のような人間=他人軸で動く人間は、
今もたくさんいますよね。
こんな人間に会うと反吐がでそうです。
自分の人生に責任をとれない人間は、結局不幸な人間だと思います。
by 風の友 (2023-07-22 23:21)