今日は、舟木一夫さんがデビューシングル『高校三年生』を発売した日(1963年)です。1年で100万枚以上を売り上げる大ヒットになり、青春歌謡の金字塔と言われています。ヒット曲をモチーフとした歌謡映画には松原智恵子さんなどとのコンビで多数出演しました。
舟木一夫とは誰だ
舟木一夫(1944年12月12日~)は、ホリプロから1963年にデビューしました。
細面と八重歯がトレードマークで、少し早くデビューした橋幸夫、ほぼ同期の西郷輝彦とともに“御三家”と呼ばれています。
高校三年生
デビュー曲の『高校三年生』は、学生服を舞台衣装に使いました。
それ以前から、若者の日常を歌った「青春歌謡」と呼ばれるジャンルはありましたが、具体的に学年までタイトルに入れたのは初めてで、青春歌謡の中でもとくにこの歌は「学園ソング」とよばれています。
学生服の衣装は、この時代は三田明やジャニーズなども着ていたと記憶しています。
作詞は丘灯至夫、作曲は遠藤実。
歌謡映画
歌がヒットすると、歌詞をモチーフとしたストーリーを構成する映画が作られました。
1960年代の作品群には、しばしば歌のタイトルが出てきますが、それを歌謡映画といいます。
『高校三年生』(1963年、大映)は、まさにそんな作品で、舟木一夫も棒読みのセリフながら重要な役どころで出演しています。
Youtubeから予告編の埋め込みツイートもあったのですが、サムネイル画像が、姿美千子と倉石功のキスの瞬間なので、Googleに睨まれないように埋め込むのはやめておきます(笑)
https://youtu.be/LzpvHTOdsyc
ただ、それを観る限りでも、出演者がみな制服姿で自転車登下校する姿が美しい。
東京オリンピック前の日本の地方都市の何とも懐かしい街並みや、一方で高度経済成長によって毎年生活がよくなっていく街の活力のようなものも感じられます。
このブログでも何作か「歌謡映画」をご紹介したことがありますが、たとえば、ピンキーとキラーズの『恋の季節』(1969年)がヒットしたときの同名の映画もそのひとつです。
⇒
『恋の季節』ピンキーとキラーズの歌がヒットしてできた恋愛劇
学園広場
舟木一夫は、決して名演技ではなかったのですが、歌がヒットし、その清潔感溢れる佇まいから、以後も主に日活で撮るようになります。
相手役は松原智恵子のほか、和泉雅子、伊藤るり子、さらに東宝で撮った時は内藤洋子などが演じました。
ツイッターでは、『学園広場』(1963年、日活)で、舟木一夫と同級生の高校生役を演じた松原智恵子の可憐さをツイートする人がかなりいますね。
たしかに、子供の頃は、こんなにきれいな人がいるのか、と思いましたね。←同じように思った女優は多数いますが(笑)
松原智恵子は岐阜の出身ですが、「
1960年代を代表する名古屋美人の1人」(Wikiより)といわれました。
余談
余談ですが、松原智恵子さんの夫は、早稲田編集企画室という、同名の大学OBによる編集制作会社を立ち上げた黒木純一郎さん。
60代以上の方なら知られた切れ者のジャーナリストです。
その黒木さんに私は若い頃、同社でもりそばを2枚振る舞われて、『地球の歩き方』という本を20万で作れとのオファーを受けたことがあります。
が、場所がオーストラリアで少なくとも1ヶ月は帰ってこれなかったので、もりそば2枚ではちょっとあんまりだなあと思い(笑)、旅行好きなライターを紹介して逃げてしまったことがあるのですが、そういう場合もりそばの金は払うべきだったのか……心にひっかかって寝覚めが悪くなったので、以来私は人のおごりで飲食はしないようになりました(汗)
その後の青春歌謡
青春歌謡は、ホリプロによってその10年後にまたプッシュされます。
歌い手は森昌子でした。
森昌子をスカウトしたホリプロ・堀威夫初代社長はこう述懐しています。
「舟木一夫の学園シリーズで当てたのがちょうど十年ほど前になる。元来、私は“企画循環説”という考え方を持っている。(中略)早速『スター誕生』の審査委員長でもある阿久悠さんのところにその案を持っていった」(『いつだって青春』)
作曲を担当したのは、やはり遠藤実。
向学心がありながらも事情で進学できなかったため、その無念さを学園もので晴らすべく、舟木一夫の『高校三年生』や、森昌子の学園もの三部作を作ったと、新井恵美子氏の『女たちの歌』には書かれています。
思えば、私は一応高校は行きましたけど、今振り返ると黒歴史なので、それが中村雅俊などが演じる青春学園ドラマを含めて、学園モノに熱中する理由としてあるかもしれません。
学園モノの歌はどのようなものをイメージされますか。
高校三年生 FYK-180-ON [DVD] - 姿美千子, 高田美和, 倉石功, 舟木一夫, 高野通子, 井上芳夫
舟木一夫は母や姉など家族揃って大ファンで(御三家の中では勿論一番に)大阪・梅田コマ劇場まで歌謡ショーを観に行ったこともありました。そう言えば私の初めて買った邦楽レコードが「花咲く乙女たち」じゃなかったかな…。
『高校三年生』は大映でしたが、その後は東映で本間千代子とカップルになってましたね。そして私の好きな映画は日活で撮った『北国の街』でした。やはり学園ものと云えば時代的に舟木一夫の一連の歌謡映画が浮かびます。
>『地球の歩き方』という本を20万で作れとのオファーを受けたことがあります。
『地球の歩き方』のオファーを断ったのですか…それは惜しい。80年代を代表するヒットシリーズのひとつでしたね。
by 扶侶夢 (2020-06-05 10:33)
自分の世代ですと、「新御三家」のほうが馴染みが深いですが、舟木さんも愛知出身ということで親しみがあります。
銭形平次の主題歌を歌っていた伸びのある声が好きです。
学園モノの歌では、『これが青春だ』で布施明が歌っていた
主題歌、『飛び出せ青春』で青い三角定規が歌っていた
「太陽がくれた季節」が忘れられません。
by 十円木馬 (2020-06-05 14:29)
舟木一夫、懐かしいですね。今でも歌手として、ステージに立っていらっしゃるのかしらと思います。
学園ものの主題歌、「太陽がくれた季節」は印象に残っています。あと少女漫画の「アタックナンバーワン」などスポーツものの漫画の主題歌も。
by coco030705 (2020-06-05 15:12)
やばいです。舟木一夫と橋幸雄を間違えてコメントしそうになりました。ついついいつでも夢をが頭に浮かんだもので。
by ヤマカゼ (2020-06-05 18:00)
従兄が大学時代に、似ていたんです。
親戚の間では、合う度に、いじられていました。^_^
by ヨッシーパパ (2020-06-05 18:57)
本当は橋幸夫が舟木一夫の芸名でデビューするはずだったみたいな事聞いた事あるけど逆かもしれません(笑)
舟木一夫と言えばずいぶん前に誰が言ったか忘れましたが骸骨に海苔と表現されていたのがあまりにもインパクトがあり過ぎて(^_^;)
by pn (2020-06-05 20:24)
我が母校の先輩と結婚されて、インタビューを受けたことがあります。
by 溺愛猫的女人 (2020-06-05 21:26)
地球の歩き方!
普通のガイドブックにはない情報がたくさん書いてあって重宝しました。
by mau (2020-06-05 22:15)
舟木一夫さんは愛知県内でも有名人なので名前を存じ上げています。
今でも売り上げ100万枚は一つの大きなラインですが、50年以上前にそれを達成されていて凄いなと思います。
by ナベちはる (2020-06-06 01:22)
姿美千子さんは、野球選手と結婚したら引退しました。
考えさせられます。
by skeptics (2020-06-06 06:14)
この歌が流行った頃はまだ中学生でしたが
修学旅行で「高校三年生」を歌いましたね。
by そらへい (2020-06-06 20:20)