『花いちもんめ』(1985年、東映)という映画を久しぶりに観ました。アルツハイマーと診断された元教授をめぐって、寿命を縮めた妻、介護する長男妻、困惑する子どもたちなどを描いています。アルツハイマー描写に手加減はなく、厳しいストーリーですが、一方でバラバラだった夫婦が絆を深めていく展開になっています。(画像は劇中より)
今月の1日は、
千秋実の17回忌でした。
千秋実といえば、
脳内出血で一命を取り留めたものの、
高次脳機能障害の後遺症が残り、そこから役者にカムバックした人です。
今月2日に亡くなった「
加藤治子」は、いまだにトレンドキーワードに入っています。
加藤道夫や高橋昌也との間に子供はいなかったのか、ということが話題のようです。
十朱幸代は先々月、両足首への腰骨移植手術で、車椅子生活だったことが明らかになりました。
そんな、今も話題の人たちが、30年前から話題になっていたテーマに取り組んだのが『
花いちもんめ』です。
テーマはずばり、
認知症患者と周囲の介護です。
(当時は、認知症という言葉はなかったので、痴呆症と表現されていました。)
ネタバレ御免のあらすじ
考古学者の鷹野冬吉(千秋実)は、勤務先の史料館で縄文土器を床に落として破損し、館長(
内藤武敏)から勇退を勧告されました。
それ以来、徐々に物忘れが進み、史料館の退職も、妻・菊代(加藤治子)に報告するのを忘れるほどです。
長男の治雄(
西郷輝彦)は、単身赴任が続き、部下の女性(
中田喜子)と不倫関係にあり、妻・桂子(十朱幸代)はそれが原因で軽いアルコール依存症。夫婦仲はしっくりいっていません。
冬吉(千秋実)は、治雄(西郷輝彦)の息子を洞窟に連れて行ったっきり帰れなくなり一騒動。
桂子(十朱幸代)は、冬吉(千秋実)を病院に連れて行きます。
医師(神山繁)の診断は、
アルツハイマー型老年痴呆症。
冬吉(千秋実)はそれをドア越しに聞き、「
もし自分が手に負えなくなったら病院に入れて欲しい」と桂子(十朱幸代)に伝えます。
さらに、息子の浮気も謝罪。
そうした紳士的な態度に桂子(十朱幸代)は
感動します。
その後も冬吉(千秋実)の病状は急激に進み、結婚式に夫婦で出席した時は、祝辞を忘れた上に
失禁までしてしまいます。
ビールをわざとこぼして、ごまかす菊代(加藤治子)。
その菊代(加藤治子)が
心臓発作で倒れ、長男夫妻が冬吉(千秋実)の介護をすることになります。
献身的に介護する桂子(十朱幸代)を、冬吉(千秋実)は妻と思い込み、
キスをせがみます。それを受け入れる桂子(十朱幸代)。
キスシーンの前には、桂子(十朱幸代)が
バスタオル1枚で洗面所にいる時に、冬吉(千秋実)がやってきて肩についた毛をとって去っていき、桂子(十朱幸代)がホッとするシーンがあります。
たんに“そういう関係”を恐れてホッとしたのか、もしかしたら受け入れてしまうかもしれない自分を自覚してホッとしたのか、「もしかしたら」ということ自体を想像してしまった自分に呆れたのか、桂子(十朱幸代)の「ホッとした」ことの微妙な心理を考えさせる、かなり重いシーンです。
まだ良くなってていないのに、迎えに来た菊代(加藤治子)ですが、キスの件が明らかになり
ショックで再度入院。
病院では、冬吉(千秋実)が酸素マスクをとって病院から連れだしてしまい、菊代(加藤治子)は亡くなります。
菊代(加藤治子)が亡くなったのはキスのせいだ、となじって絶縁を宣言する長女・信恵(
野川由美子)。
冬吉(千秋実)の痴呆によっていろいろな騒動が起こり、いったんは病院に入院させるものの、そこでも暴れて体中を括りつけられる冬吉(千秋実)。
見舞いに来て父親が気の毒になった治雄(西郷輝彦)は、退院させて、松江の自宅に連れて帰ります。
治雄(西郷輝彦)は、浮気はしますが、介護する妻を見て愛人と別れたり、親思いだったり、人としての良心を失っていない息子のようです。
冬吉(千秋実)のアルツハイマー型老年痴呆症は回復しません。
でも、最後は、治雄(西郷輝彦)も、桂子(十朱幸代)も、子どもたちも、
笑顔で締めくくります。
絵空事の結末で幕引きせずに、現実は現実。仕方ないよね。受け止めて生きていこうよ、という悟った笑顔で締めくくる、
伊藤俊也監督のセンスはいいなあと思いました。
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高次脳機能障害でも主演男優賞を獲得した演技
やはり、今見ても驚くのは、千秋実の復帰です。
高次脳機能障害は、症状によって様々。
3回倒れても、講演や執筆活動を行う
山田規畝子医師のような例もあれば、
ケンタロウのように、
遷延性意識障害と実質的に変わらない重症の状態もあります。
⇒
『高次脳機能障害者の世界』3度カムバックした医師の暮らし方
⇒
ケンタロウ、車椅子で一周忌に出席した高次脳機能障害の状態は?
千秋実は、社会復帰できるところまで、懸命なリハビリで回復したのでしょう。
しかし、社会復帰できたとしても、セリフを覚える記憶力や、演技で他者との間合いを判断することなどは、高次脳機能障害ではもっとも難しい領域のはずです。
つまり、高次脳機能障害では、俳優というのはかなり、
復帰のハードルが高い職業なのです。
しかも、演じるのは
認知症という、普通の人以上に難しい役。
今回改めて鑑賞して、
千秋実の俳優としてのポテンシャリティに感服しました。
加藤治子の妻役もよかったですね。
テレビドラマでは、いつも「いいお母さん」ですが、本作では、夫が認知症とわかっていながら、介護する嫁に不満をいだいたり、夫と嫁のキスに嫉妬して心臓発作を起こしたりという、かなり
人間臭さが表現される役どころです。
話が分かりそうな人のようでいて、しょせん(嫁とはアカの他人の)姑なんだ、という人物像がしっかり演じられている好演です。
十朱幸代は、本当はすごく素敵な40代主婦なのに、ラストシーン以外はいつも、
ちょっと困ったような幸薄い表情で一貫しています。
それが役柄に合っていて、顔から役作りに入ったんだなあ、ということがわかります。
個人的には、
神山繁の医師もよかったと思います。
認知症介護という、こんにち的テーマであるからというだけでなく、ひとりひとりの演技者のスキルが高いので、見応えを実感する作品です。
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