漫画で読む文学『黄金風景』(原作/太宰治、漫画/だらく) [文学]
漫画で読む文学『黄金風景』(原作/太宰治、漫画/だらく)は、主人公の「私」がいじめていた女中「お慶」と大人になって再会する話です。使用人の女中には厳しく当たっていたところ、落ちぶれた療養生活を送っていた「私」に「お慶」の夫が現れ……。
漫画で読む文学『黄金風景』は、太宰治の自叙伝的短編小説を、だらくさんがKindle用に漫画化したものです。
だらくさんは、青空文庫(著作権フリーになった作品のアーカイブサイト)入りした名作を、『漫画で読む文学』シリーズとしてKindle用に漫画化しています。
これまでにも、太宰治原作『走れメロス』、宮沢賢治原作『葉桜と魔笛』『注文の多い料理店』、芥川龍之介原作『蜜柑』中島敦原作『山月記』などをご紹介しました。
本作の主人公は「私」。
名前は、姓も名も最後まで出てきませんが、太宰治本人と言われています。
裕福な家に育ち、子供の頃は、のろくさい女中「お慶」をよくいじめていました。
それから時が経ち、大人になった「私」は文筆業を営んでいたが病気になり、落ちぶれた療養生活を送っていたところ、お慶の夫が訪れ、次第に過去と今が結ばれていく話です。
単行本では新書版で全32ページの、自叙伝的な短編小説です。
本日も短編小説ですが、私にとっては、先日の『山月記』同様、まさに「刺さる作品」です。
漫画で読む文学『山月記』(原作/中島敦、漫画/だらく)は、自己愛と過剰な自尊心で社会と切れた「意識高い系」の成れの果てを描いた物語です。主人公は虎になるのですが、2度と人間社会に戻れない悲劇的な結末はなぜ起こったのかが強い共感を呼んでいます。https://t.co/q7sAB5Wlou #山月記 #中島敦 pic.twitter.com/CTDcIWuvpU
— 戦後史の激動 (@blogsengoshi) September 14, 2023
本作は2023年9月17日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
お慶には2度「負けた」
黄金風景「太宰治」(青空文庫)#読了
— ちょむちょむ@年間1000冊 (@tyomutyomu39) November 14, 2020
短編なので5分で読めます。
ぜひ読んでみてください
皆様の「黄金風景」ってなんでしょうか? pic.twitter.com/7B5eqrRz5m
私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。
お慶という、のろくさい女中をいびった。
夏のころであった、私は遂にかんしゃくをおこし、お慶を蹴った。
たしかに肩を蹴った筈はずなのに、お慶は右の頬ほおをおさえ、がばと泣き伏し、泣き泣きいった。
「親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」
私は、さすがにいやな気がした。
その後何年かたち、私は家を追われ、一夜のうちに窮迫し、巷ちまたをさまよい、諸所に泣きつき、その日その日のいのち繋つなぎ、やや文筆でもって、自活できるあてがつきはじめたと思ったとたん、病を得た。
そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のおまわりが玄関で、帳簿の私の名前と、それから無精ひげのばし放題の私の顔とを、つくづく見比べ、おや、あなたは……のお坊ちゃんじゃございませんか?
「ごらんの通り」私は、にこりともせずに応じた。
「私も、いまは落ちぶれました」
「とんでもない」お巡りは、なおも楽しげに笑いながら、
「小説をお書きなさるんだったら、それはなかなか出世です」
私は苦笑した。
「ところで」とお巡りは少し声をひくめ、「お慶がいつもあなたのお噂をしています」
思い出した。私は玄関の式台にしゃがんだまま、頭をたれて、その二十年まえ、のろくさかったひとりの女中に対しての私の悪行が、ひとつひとつ、はっきり思い出され、ほとんど座に耐えかねた。
「かまいませんでしょうか。こんどあれを連れて、いちどゆっくりお礼にあがりましょう」
それから、三日たって、外に三人、浴衣ゆかた着た父と母と、赤い洋服着た女の子と、絵のように美しく並んで立っていた。お慶の家族である。
私は、いたたまれず、「来たのですか。きょう、私これから用事があって出かけなければなりません。お気の毒ですが、またの日においで下さい」
私はかなしく、お慶がまだひとことも言い出さぬうち、逃げるように、海浜へ飛び出した。
ちえっちえっと舌打ちしては、心のどこかの隅で、負けた、負けた、と囁ささやく声が聞えて、これはならぬとはげしくからだをゆすぶっては、また歩き、三十分ほどそうしていたろうか、うみぎしに出て、私は立止った。
お慶親子三人、のどかに海に石の投げっこしては笑い興じている。
声がここまで聞えて来る。
「なかなか」お巡りは、うんと力こめて石をほうって、「頭のよさそうな方じゃないか。あのひとは、いまに偉くなるぞ」
「そうですとも、そうですとも」お慶の誇らしげな高い声である。
「あのかたは、お小さいときからひとり変って居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」
私は立ったまま泣いていた。
けわしい興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。
負けた。これは、いいことだ。そうなければ、いけないのだ。かれらの勝利は、また私のあすの出発にも、光を与える。
「負けた」ことが刺さる作品
本作のポイントは、主人公が2度「負けた」と言っている点です。
この2つの「負けた」は、微妙に意味が違うのです。
最初の「負けた」は、当時と現在の、立場が逆転した言い知れない屈辱感です。
「のろくさい」とイビっていたお慶が、警官夫人として幸せな家庭を築き、こざっぱりとした格好で訪ねてきたのに、イビっていた自分は病気でカネに困り、みじめな落ち武者のようななりでひげ茫々。
諸行無常ですね。
次の「負けた」は、生き方とか人間として負けた、と感じたこと。
お慶はイビられたのに、決して自分(主人公)に対してネガティブな総括をしていない。
お慶は、「大家にあがって行儀見習いした」として、イビった主人公について、見どころがあるとまで言っている。
なんて、心の大きな人だろう。
その心の大きさが、使い物にならない「のろくさい」女中から、警察官の家庭の夫人として家庭を支える人間になり得たのだろう。
それに引き換え、自分は家を追われて病と闘いながら、暗い気持ちで暮らしている。
現状現実に、不平不満や悪口で塞ぎ込んだ気分になっている私は、なんてつまらない人間なのだろう。
だから、私はお慶に、生き方として負けたと。
そういう人間に負けることは、順当なことなのだ。
ただし、これは最初のような屈辱的な敗北感ではなく、主人公にとっても、明日への活路を見出す「よすが」になる「負け」なのです。
今回は負けた。でも私もお慶に倣って、あとに続くぞ、明日から前向きに生きるぞ、という思いを主人公は抱いたわけです。
すがすがしくて、「あすの出発にも、光を与える」ものなのです。
太宰治が、お慶の言うように、確かに只者ではないのは、たんなる敗北ではなく、そう捉えたことだと思います。
自分の生き方を変えるような、「黄金風景」を経験したことはありますか。
漫画で読む文学『黄金風景』 - 太宰治, だらく
表紙でイメージが分かりますね
by 赤面症 (2023-09-17 01:19)
おはようございます!
世の中、今日から3連休なんですね~!
でも、こんなに暑いのでは出かけるのも
嫌ですね・・・(^-^)!
by Take-Zee (2023-09-17 08:35)
自分をピエロにして
人生の機微を伝えていますね。
by そらへい (2023-09-17 09:19)
生き方で負ける
わかります
昔の知り合いいなどと当時と今を比べて
そんな時っていたたまれないです。
by コーヒーカップ (2023-09-17 09:42)
人生の勝ち負けは気にするとロクな事にならないからなぁ(^_^;)
by pn (2023-09-17 10:10)
太宰が書くから清々しいのであって、通常だと
同窓会に行って「負けた・・・」となる感情と同じと(笑)。
by tai-yama (2023-09-17 19:10)
いくつか太宰治は読みましたが、これはタイトルも初めて聞くものでした。いい話でした。ありがとうございます。
by micky (2023-09-17 23:03)