『ヴェニスの商人』は、シェイクスピアの喜劇戯曲として、文学史上もおなじみの作品。バラエティ・アートワークスが漫画化し、Teamバンミカスから上梓されました。海外の文学作品として有名ですが、ストーリーはご存知ですか。
『ヴェニスの商人』というと、中学受験や、高校受験で、少なくともタイトルと、著者と、かんたんなあらすじぐらいは覚えなければならない有名な文学作品です。
ですが、内容は、中世イタリアのヴェネツィア共和国と、創作された都市ベルモントを舞台に繰り広げられる、商取引と恋の「喜劇」です。
何に対する「喜」かというと、実はユダヤ人迫害です。
ユダヤ人を懲らしめるという内容なのですが、その懲らしめ方が、現代の自由と平等をよしとする価値観から見て、まことに変なのです。
「貴様は、俺を犬と呼んで馬鹿にしたな」
時は、1596年の貿易都市・ヴェニス。
ユダヤ人の高利貸し・シャイロックが、取引所で困っている貿易商の融資申し込みを断っているシーンから始まります。
やはり貿易商のアントーニオは、「ユダヤ人から借りる必要はない。強欲な金貸しに相談する前に、信頼できる友人に頼んだほうがいい」と止め、シャイロックを「犬畜生」と罵り、つばを吐きかけるなどの無礼を働いています。
現代では、イタリアだろうが日本だろうが、通用しないシーンです。
しかも、シャイロックの娘・ジェシカは、婚約者ロレンゾを前にして、娘であることを恥じています。
えーっ、実の娘なら父親をかばえよ。
父親を犠牲にして、「名誉白人」ぶるなよ、と思えるシーンです。
高等遊民(高学歴だが無職のお坊ちゃん)のバサーニオは、そのロゼンゾやグラシアーノ、さらにアントーニオとも親友です。
ま、要するにその4人は、バカ息子、バカ娘のコミュニティです。
バカ息子のバサーニオは、財産家の貴婦人・ポーシャと結婚したいのですが、遊びまくってカネを使い果たして借金を抱えています。
そこで、親友である貿易商のアントーニオに、支度金の融資を請います。
バカ同士で友情に厚いアントーニオは、つばまで吐きかけて文字通り唾棄していたユダヤ人の高利貸し・シャイロックに借金を申し込みます。
シャイロックは言います。
「あなたには、今まで何度となく罵られてきた覚えがある。犬畜生だと言われ、唾も吐かれもした」
ところが、アントーニオは、金を借りる立場のくせに、立場もわきまえず言い返します。
「私はこれからも、お前を犬と呼び、罵り唾を吐く。友人に貸すと思うな。敵に貸すと思え。そうすれば利息も、万一契約違反したときの違約金もとりやすいだろう」
正気の沙汰とはいえない開き直りですが、意外にもシャイロックはあっさりそれを承諾。
ただし、シャイロックは、言います。
「3000ダカットは利息無しでお貸しする。ただ、冗談として文句もつけておきましょう。もし証文に記された契約に違反したら、債権者シャイロックは、債務者アントーニオの、身体の肉を1ポンド(約450グラム)好きな場所から切り取れるとする」
こうやっていい気になった報いか、アントーニオの貿易船が難破します。
つまり、カネができなくなったのです。
約束の時を過ぎてから、バカ友がカネを工面したのですが、もうシャイロックは、アントーニオ相手に復讐に燃えます。
「貴様は、俺を犬と呼んで馬鹿にしたな」
やっぱりそれを気にしてたんですね。
証文の有効性は裁判で判断されるため、それまでアントーニオは入獄されました。
そんなとき、大公(裁判官)に、法学博士からの使者が来たとの伝達。
むずかしい一件だからと、大公が博士に裁定を仰ぐべく使いを出していたというのです。
使いの者は、こう言います。
「証文は有効。ただし、そこには『血』は含まれていないので、肉きっかり1ポンドは良いが1滴の血も流すな。それを守れなければ法を破ったことになるので、殺人とみなしてお前は死刑の上財産は没収。それを踏まえて実行せよ」
無理筋に、要求を諦めたシャイロックは、「わかった。申し出のあった6000ダカットで手を打つ」。
ここで流れが変わります。使者は言います。
「証文に書いてないことは無効。貸した元金もやらん。」
「え、ちょっとまってくださいよ」
「ヴェニスの国法はこう定めている。市民でない者が市民の命を奪おうとした場合、財産の半分は被害者に与えられ、残りは没収。そして犯人の命は大公様に委ねられる」
ユダヤ人は、たとえヴェニスに居住しても「市民」として扱われていません。
挙げ句に、キリスト教への改宗まで命じられました。
こうなると無茶苦茶ですね。
罪人だろうが信教は自由です。
そもそも、この「使者」は、アントーニオのバカ友が扮装したものだったのです。
たしかに「喜劇」の戯曲だが……
この戯曲のポイントはふたつ。
ひとつは、タイトルの『ヴェニスの商人』の「商人」とは、肉を取られそうになった貿易商のアントーニオを指すものです。
肉を取ろうとしたユダヤ人シャイロックは、「金貸し」であり「商人」として扱われていないのです。
変装した裁判の使者は創作ならではですが、それ以外にも、なんで金を貸したことは事実なのに、返してもらえないシャイロックが財産を没収されたり、貸した元金すら戻ってこなかったり、挙句の果てはキリスト教に改宗までさせられたりするのか、変だと思いませんか。
返済の約束を守らなかったのはアントーニオの方なのに、逆にユダヤ人は意地汚い不道徳な人間のように描かれているのは、ユダヤ人でなくても読んでいて不愉快です。
現代なら、そもそも肉1ポンド云々というのは公序良俗に反した取り決めですから、その時点で無効です。
それに、生きた人間から肉をエグりとるのに、出血が1滴もないことはありえませんから、もう一休さんもびっくりの頓知で、たしかに「喜劇」の戯曲と言わざるを得ません。
シェイクスピアが意図し、当時舞台を見た観客が受け取ったシャイロックは、当時は滑稽で醜悪な悪役だったのかもしれませんが、現代ではさすがに通用しません。
民族・人種差別はいけないとか、法の下の平等だとかいう現代の倫理や法律というのは、私たちは当たり前のように感じていましたが、かつてはこんな迫害の頓知が名作になる時代もあったのです。
正義とは何か、差別とは何か、法とは何かを考えさせられます。
いきなり原文を読まれる自信がないかたは、本作を読まれることをおすすめいたします。
ヴェニスの商人 (まんがで読破) - シェイクスピア, バラエティ・アートワークス
てっきり、肉を切り取る悪徳商人とばかり思っていました(T_T)
by 赤面症 (2023-07-29 01:08)
ユダヤ人の優秀さを恐れて迫害されたとか聞きます。
by コーヒーカップ (2023-07-29 04:51)
今は、名作が漫画になっているのですね。
一度見てみようと思っています。
by よしあき・ギャラリー (2023-07-29 06:03)
こんな内容だったんだ(^_^;)
ユダヤ人はなんで迫害されるんだろう?
by pn (2023-07-29 06:20)
高校の時、確か高校の体育館で催された演劇で見ました。
劇団の巡業だったと思います。
by そらへい (2023-07-29 20:23)
以前ベニスに行った時、現地のガイドさんが、シェークスピアはベニスには来たことが無かったと説明されていました。
本当かどうかわかりませんが。アルパチーノの映画もなかなかでした。
by conta (2023-07-29 22:13)