『駅前旅館』(1958年、東京映画/東宝)が収録された『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』(Vol.45)が発売されたので、さっそく鑑賞しました。東宝喜劇を特集したこの分冊百科も、いよいよ残すところあと5冊になりましたが、シンガリで登場したのが、豊田四郎や久松青児など名監督がメガホンをとった社会風刺群像喜劇です。
『駅前旅館』は、私がこのブログで何作かご紹介している、喜劇駅前シリーズ(1958年~1969年)の第一弾です。
ただ、この作品には「喜劇」とはつかず、井伏鱒二の同名の原作があります。
つまり、もともとは文芸作品の映画化でした。
それが、3年後に制作された第2弾の『喜劇駅前団地』から、実在する土地の、実在する出来事を扱った喜劇映画としてシリーズ化(全24作)されました。
1960年代の東宝映画の屋台骨を支えた人気シリーズだったのです。
『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』のラインナップでは、全50作中最後に5作の収録が予定されているのですが、もう少し前から、もっと数多く収録されても良かったのではないかと思います。
おそらく、今回収録された50作の中ではもっとも古いシリーズで、かつ制作会社が東京映画という別会社で、純然たる東宝テイストとは異なるため、商業的に前面に出しにくかったのかもしれません。
ただ、喜劇としての出来は、このシリーズが一番だと私は思います。
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私がこのシリーズが好きな理由は、まずたんなるドタバタではなく、実在の出来事やその土地の生活ぶりをリアルに示した、社会風刺喜劇であったことです。
かといって、特定のモデルが存在する「実録もの」ではなく、あくまでもストーリー自体は創作です。
役者の個性を尊重して自由にストーリーを展開しているけれど、ちゃんとその土地の風土や実在の出来事を語っているという、見事な構成なのです。
次に、いわゆるヒーロー物ではなく、複数の登場人物のドラマが絡み合って展開する群像劇であることです。
森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺の3人が主役ですが、それ以外にも登場するシリーズのレギュラーメンバーたちそれぞれに見せ場があります。
もうひとつは、東京映画という東宝の「協力会社」製作のためか、出演者が生え抜きスターではなく、他社出身者や、東宝出身でも下積みの長い人(森繁久彌)などが起用されている“傍流作品”のポジションから人気シリーズにのし上がった叩き上げの魅力を感じます。
たとえば、同シリーズには、加山雄三、宝田明、司葉子など、東宝ニューフェースから、ずっと典型的な東宝カラーのキャラクターを演じてきた人は出てきません。
越路吹雪や久慈あさみなど、系列(宝塚)出身のスターも、社長シリーズには出演しても、このシリーズには出てきません。
淡島千景、淡路恵子は松竹、フランキー堺は日活、池内淳子や大空真弓は新東宝の出身で、伴淳三郎はシリーズ出演中も松竹との契約があったようです。
何しろ淡路恵子などは、他の東宝映画諸作品では素敵なマダムなのに、『駅前茶釜』では“シミーズ”を出して昼寝している主婦の役ですからね。東宝は、生え抜きの司葉子にそういう役はさせませんでした。
要するに、喜劇駅前シリーズは、同じ森繁久彌主演でも、社長シリーズとは違い、業界用語でいうところの「プログラムピクチャー」的な位置づけのようでした。
にもかかわらず、東宝の屋台骨を支える人気シリーズにのし上がったのは、出演者もさることながら、豊田四郎、久松青児という名監督の力も大きかったのではないかと思います。
ネタバレ御免のあらすじ
『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』(Vol.45)より
舞台は、森川信(『男はつらいよ』の初代おいちゃん)と草笛光子夫妻の経営する上野駅前の旅館。番頭役が森繁久彌で、旅行添乗員役がフランキー堺。商売敵の旅館の主人が伴淳三郎です。
冒頭のシーンに出てくる、上野駅前風景のパンニングが、昭和30年代をリアルに見せてくれます。
『駅前旅館』より1958年の上野駅東口
森繁久彌も若いけれど、髪の毛がある伴淳三郎も新鮮!
時代は、日本が国連に加盟し、東京オリンピック開催が決定。「もはや戦後ではない」いよいよ右肩上がりの高度経済成長に向かう時期です。
上京した客を番頭の集客力で迎えるのではなく、宣伝力で団体客を取るほうが効率がいい、という成果主義の考え方に移り、居場所がなくなりつつある番頭の苦悩を描いています。
その森繁久彌を支えるマドンナが、近くの飲み屋の女将の淡島千景。昔の恋人で突然現れたのが淡路恵子。
以前、淡島千景を大田区池上出身の“ご当地女優”としてご紹介しましたが、淡路恵子はその隣の品川区の生まれです。
Google検索画面より
ビルと釣り船が共存する東品川
品川は京急マニアの聖地・八ツ山橋があります
薬師丸ひろ子の先輩にあたる、第八高等女学校(現都立八潮高校)の出身。
私の時代は都立高校は学校群で、品川区も同じ区域だったので、淡路恵子も“ご当地の人”という気持ちです。
あらすじにもどると、下級旅館の客引(山茶花究)とのトラブルがもとで、草笛光子から「もう現代の旅館は番頭を必要とする時代じゃないんだ」と暇を出された森繁久彌は上野を離れますが、フランキー堺も旅館とは縁を切り、女性従業員(三井美奈)もそれに追従。淡島千景は森繁久彌を追いこっそりついていく、要するにみんな番頭さんの味方だったという結末です。
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見どころ
昔の映画ですから、ベテランの若かりし頃を見られることがもう立派な「見どころ」でしょう。
たとえば、市原悦子がまだ女子高生だったとか。
そのほかにも
若水ヤエ子、浪花千栄子、都家かつ江、小桜京子など、懐かしい人たちがたくさんでいています。
あとは、セットがすごく精緻に作られているなあと思いました。当時の上野の町がロケをしているように見えます。
『駅前旅館』より
このへんからも、昭和30年代の東京・上野を知ることができます。
マニアの方々には「今更」の名画ですが、喜劇駅前シリーズに興味をもたれた方には改めておすすめしたい作品です。
喜劇 駅前旅館 [DVD]
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