戦後67年。焼け野原からスタートしたわが国は、時折景気の波はあったものの、90年代までは右肩上がりの経済成長を成し遂げてきました。つまり、頑張ることで結果がついてきました。
もとよりわが国には、根性主義を美徳とする価値観がありますから、とにかく「あきらめずに頑張る(頑張れば結果はついてくる)」という人生観が根強い。
しかし、21世紀に入り先の見えない閉塞感漂う時期がずっと続き、進め進めの進軍ラッパを聞かされても懐疑的な気持ちになってしまうこともあります。
心理療法カウンセラーの下園壮太氏は、『あきらめ上手は生き方上手』(マガジンハウス)という著書で、あえて“諦めることが幸せにつながる”という一見逆張りの提案をしています。
あきらめるというと、逃げているようなマイナスのイメージがつきまといますが、下園壮太氏は、効率の悪い方法をやめて次のやり方を探すために、諦めることが必要であると説いています。
あきらめずに無理して耐えることは、挫折と疲弊につながってしまうというわけです。
たしかに人間は無謬万能ではありませんから、立てた目標や心にある願望を、いくら努力しても必ずしも獲得できるとは限りません。
そして、「無駄な努力」による疲弊感で、人生がつまらなくなるだけでなく、もっと目標を下げていれば獲得できたものすらその機会を逃してしまうかもしれません。
しかし、これは正直、むずかしい問題です。
なぜなら、人間の幸せ不幸せというのは、努力が結実するかどうかだけがすべてではないからです。
たとえば、無謀といわれることにチャレンジして失敗しても、結果は二の次でチャレンジしたこと自体に意義があると思うならば、その人にとって悔いは残らないでしょう。
一方、志望校をあきらめてランクを下げ無理せず「格下」の学校に入っても、心のどこかで後悔の気持ちが残るかもしれません。どうしても入りたい学校があれば、浪人してもチャレンジしたい、と考えることが人生の選択として間違っているとはいえないでしょう。
つまり、
あきらめないことが、その人にとっては幸せという人生観は存在するのです。
もとより、諦めることを、人生個々の局面でならともかく、人間の営みすべてに対して訴えかけるならば、やはりうなずき難いものがあります。
科学の発展は、科学者の無謀な仮説から生まれることもあります。作家もミュージシャンも、未知の世界に踏み込む「無謀なエネルギー」が斬新なクリエイティブ活動を支えています。スポーツ選手だって、少しでも記録を伸ばしたい、という気持ちがあるから日々トレーニングできるのです。
ただ、人間の寿命は永遠ではないので、無限にチャンスがあるわけではないことも確かです。
自分のおかれている事情や価値観から、できることとできないこと、どうしてもしたいこととそうでもないこと、チャレンジできる期間と次を考えたほうがいい時期などを、自分の責任できちんと考えておくことは必要なことだと思います。
下園壮太氏は、その回答を出すために、「事情を知らない第三者」に話してみることを勧めています。それによって、冷静に自分の気持ちや選択が整理できるといいます。
ある中年のクライアントがそわそわしながら、話し始めた。
「娘が、大学に落ちるのではないかと不安で」
「大学に落ちる…不安なんですね」
と、ただ私は相手の話にうなずき、相槌を打ち、話を聞いていた。時折しどろもどろになるクライアントの言葉を、私が確実に理解しようとして、こちらから、まとめてみたり、聞き返したりしながら。
すると、すでに4校中2校がだめだったこと、本人も落ち込んでいること、それにも増して妻が、不安に思っていること。それで妻と娘の間がとてもギクシャクしていることなどを話してくれた。
「そうなんですよ。大変な不良娘で、今ではこうやって受験するところまで持ち直したのですが、2年のときはひどくて。妻と、高校さえ卒業してくれれば万々歳だな、なんて話していたのですが…。それが、こうやって、いざ受験するとなると、少しでもいい学校に入ってもらいたくて、親がおろおろしています。ろくに勉強もしていないのですから、滑ったって当たり前で、しょうがないとは思っているのですが、親ばかといおうか、やはり娘には幸せになってもらいたくて」
さらに、娘さんの不良時代の苦労と、それを乗り越えた話が続いたあと、
「でも、こうやって話しているうちに、落ち着いてきましたよ。ありがとうございます。もともと、高校を卒業すればそれで十分と思っていたことを、思い出しました。帰って、妻にそのことを話そうと思っています。こういうときは親父がドンと構えていなければいけませんよね」
その間、私は何一つアドバイスらしいものを差し上げなかった。
では、そういう人に恵まれない場合はどうすればいいのか。下園壮太氏は、お金を払ってカウンセラーに聞いてもらうのもいい、といいます。が、変に生真面目なカウンセラーにあたってしまうと、何か自分がアドバイスしないとカウンセリング料のタダ貰いになってしまうと余計なアドバイスをされてしまうかもしれません。
私は、悩みをブログに書いてみるのもいいのではないかと思っています。
読んでいただく以上、要点を整理して、自分の勝手な願望や感情で語りつくさず、客観的な経緯や選択肢をわかりやすくまとめる作業をしなければなりません。記事を書くうちに、「ああ、こういうことなんだ」と冷静に判断できることもあるかもしれません。
繰り返しますが、「諦め」を勧めることについては、賛否あって当然だと思います。ただ、自分の価値観と選択肢を冷静に見る、という主張は意義を認めてもいいのではないでしょうか。
あきらめ上手は生き方上手
- 作者: 下園 壮太
- 出版社/メーカー: マガジンハウス
- 発売日: 2005/01/20
- メディア: 単行本
2012-09-18 03:15
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共通テーマ:学問
あきらめ上手を自負してきた自分は、もはや人生がどうにもならない(取り返しのつかない)レベルに到達しております。Orz
そんな自分が申し上げるのも、おこがましいですが。
たとえ「負けると分かっていても、戦わなくてはいけない瞬間」って、誰にもあると思うんです。
つまり、「あきらめて良いもの」と「逃げちゃいけない譲っちゃいけないもの」を取捨選択して、あきらめて良いところは、すたこらさっさでOK。
だけど、頑張る・踏ん張るべきところは、結果は度外視して、最大限に頑張る・踏ん張るべきだと。
それらの判別をご自分ではつけ難いときは、第三者の意見を求めるのも(話を聞いてもらうだけでも)良いと思います。その場合には、直接利害関係のない方を選ぶのが吉です。
例えば、いっぷくさんのような方を。
by tooshiba (2012-09-18 12:41)
諦めるのも大切ですね(^^)でも、時期を待つのも大事だと思います(^^) 私もいっぷくさんに1票!
by さうざんバー (2012-09-18 13:45)
あきらめないでチャレンジし続けることは大切ですね、夢もあきらめないで持ち続けることは希望にもなると思います。
でもそれが執着になるとちょっと変わってきますよね。
私は執着すればするほど手に入らないと思っています・・・
お金にしても愛情にしても・・・ね!
by リキマルコ (2012-09-18 14:27)
ちょっとずれちゃいますが
人の話をただただ聞いてあげられる人になりたいです
なかなか難しいことですよね
by chima (2012-09-18 16:13)
子育ての真っ最中ですが、子どもが成長して行く中で、どんなに努力をしても結果が出ない事、出ない時が、いつか来ると思っています。
その時、どう強かにそれを受け止め、受け入れていくのか?
それでも進むと決めるのか?
『諦め』た上で、乗り越えて行くのか?
そして、その決定・事実を今後にどう生かして生きて行くかが、成長の大きな山じゃないかと思っています。
その時、親は何か出来るのか?見守る事しか出来ないのか?今の私にはまだ分かりませんが・・・^^
by カリメロ (2012-09-18 17:32)
あきらめて・・楽になることもあるし・・・・
あきらめずに、幸せを掴む場合もある!
さて・・・どっちかな?
どっちも〜〜〜〜!!
って・・・感じです。(笑)
by hatumi30331 (2012-09-18 23:46)
不景気で夢のない世の中に、これから社会人になって出ていく若者たちがなんだか気の毒です。「少年よ、大志を抱け」って良い言葉だねぇ。
by 這い上がるママ (2012-09-19 21:57)