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格闘技の戦後史、力道山と木村政彦の真実 [スポーツ]

格闘技の戦後史として、多くの識者が絶賛している、増田俊也氏著の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)という書籍があります。

力道山といえば、プロレスに詳しくない人でも、名前ぐらいは知っているであろう国民的、歴史的ヒーローです。

ですが、それは力道山と柔道家・木村政彦がたたかい、力道山が「引き分け」の約束を破って勝ってしまったからはじまった。

力道山は国民的スーパースターになったが、木村政彦は「力道山に負けた男」との汚名を引きずることになった。

増田俊也氏はそれが我慢ならなかった。そこで、力道山がいかに汚い男か、そして木村政彦が強く、そしていかに愛すべき男かを書き連ね、百科事典のようなヴォリュームで上梓した、というものです。

著者の執念と、戦後の格闘議界全般にも横断的に触れるダイナミズムから、同書は賞賛の嵐です。

木村政彦は、今、ようやく名誉を回復した、と批評する人もいます。

もしそうであるなら、それは大変結構なことだと思います。

ただ、あまりにも木村政彦を引き立てんがために、プロレスに対する不遜な表現を繰り返していることは、残念ながら作品の質を自ら貶めているのではないか、という気もしないではありません。

たとえば、プロローグにおいて、木村政彦の門下生がプロレスに復讐するため、ジャイアント馬場の全日本プロレスに入団が内定するものの、その扱いをめぐって話がまとまらず、契約に至らなかったくだりが出てきます。

そこでは、ジャイアント馬場の靴底が髪の毛やごみがついた汚いものであるとの描写があります。

作者は、馬場の靴底を見たのでしょうか。そんなわけないでしょう。

要するにこれは、ジャイアント馬場を悪役の一人として描いているわけですが、都会のオフィスで泥やごみがつくわけありませんから、これは馬場、というよりプロレス関係者に対する悪意の描写ですし、そもそも第三者として読む限り、契約に至らなかったのは、馬場が悪いのではなく、木村政彦の門下生側の要求がムリスジだったからであると思います。

具体的には、門下生側が強いレスラーとまずせやらせろ、などとマッチメイクに条件をつけているのです。

そんなことはマッチメーカーの権限なのは当然でしょう。

強ければ、何でも通ると思い込んでいる門下生側の強引さを感じます。

プロレスに必要なのは、単純な「強さ」ではなく、客を楽しませる巧さと集客力なのです。

門下生で日本武道館をいっぱいにできるのなら、そんなこと頼まなくても、マッチメーカーは、門下生をメインに使うはずです。

こういう心得違いこそが問題なのです。

もし、逆に木村政彦が力道山に勝っていたら、その後のプロレスの歴史はどうなったのか。

私は、プロレスの歴史はそれこそ、「木村の後に木村なし」で終わっていたと思います。

力道山は、馬場正平(ジャイアント馬場)を次の後継者と認め、猪木完至(アントニオ猪木)には将来性を評価していました。

げんに、その後、ジャイアント馬場とアントニオ猪木はプロレス界を牽引しました。

木村政彦が主導権をとったプロレス界では、ジャイアント馬場は誕生しなかったでしょう。プロレスラーとしては華のない「強い」門下生ばかりのプロレス興行で、日本武道館や大阪球場が果たして満員になったでしょうか。

力道山が騙しうちをしたかどうかにかかわらず、「プロレス」という世界をきちんとわかっているかどうかといういう点において、力道山と木村政彦やよびその門下生との勝負ははっきりしているのです。

この点は、すでに村松友視氏が30年も前に指摘済みのことです。むしろ同書は、それを論破するのではなく、逆に村松氏の意見に説得力を持たせるものになっているのではないでしょうか。

同書が力作であるがゆえに、その点を指摘するレビューを見かけません。それがいささか残念です。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

  • 作者: 増田 俊也
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/09/30
  • メディア: 単行本


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コメント 8

pandan

プロレスはまったくわからないけど、
力道山の名前は知っています。
by pandan (2012-08-27 06:18) 

hatumi30331

力道山の映画を見た事があります。
それも2作品。
視点の違う二つの映画・・・・
面白かったよ。
人間には色んな面があります。
偏った見方をすると・・間違うし、真実が見えて来ないよね。 いろいろな面をもった「人」って生き物・・・面白くて目が離せません。(笑)
by hatumi30331 (2012-08-27 16:55) 

旅爺さん

力道山は赤坂にあったホテルニュージャパン地下のナイトクラブで刺されて亡くなりました。当時爺はそのナイトクラブで仕事をしていたんです。雪村イズミを迎えて盛大な幕開けが思い出されます。
by 旅爺さん (2012-08-27 19:15) 

ぼくあずさ

道路側の窓を外して町内から集まった大勢の人たち
とテレビ観戦しました。まだプロレスが真剣勝負だと
信じられていました。
by ぼくあずさ (2012-08-28 12:44) 

本物ホネツギマン

力道山が刺される前に、プロレスで最後にやった相手が

確かザ・デストロイヤーだったと思います。60分3本勝負の最後の三本目が場外乱闘で、力道山がバックドロップを放ち!倒れ込んだデストロヤーが!再び起き上がり4の字固めで両者リングアウトで・・当時は白黒放送でしたが、壮絶な戦いだったのを子供ながら鮮明に覚えています。

木村政彦のYouTubeで見たグレイシーのお爺ちゃんに掛けた大外刈り、寝技に移行してからの一連の腕絡み(キムラロック)無駄な動きがなくてあれは柔道家としてホンと見事です。
by 本物ホネツギマン (2012-08-28 19:13) 

kenko-e

youtubeで動画は見たことがありますが、明らかに体格差があります。あの体格差でそこまで木村政彦という人は強かったんですかね?
by kenko-e (2013-12-26 21:04) 

まめ

コメント増田さんの本が“プロレスに対する不遜な表現を繰り返しているせいで、質を貶めている”というのは、全くその通りだと思います。

ただ冒頭の場面で岩釣の契約がまとまらなかったことについて、その原因が木村門下のムリスジな要求にあったことは、著者も自覚した上で描いているのではないかという印象を受けました。

自分も猪木との対戦を迫る場面で著者のプロレスに対する理解度に若干の不安を覚えたのですが、後半部を読む限りその成り立ちや仕組みには(好悪は別にして)相当詳しいようなので、新人がマッチメイクに注文をつけることや、ましてや別団体のトップである猪木と戦わせろ等と要求する事が、いかに荒唐無稽な事であるかを理解できないとは思いがたい。

本書では、(いっぷくさんがおっしゃるように)興業の世界としてのプロレスを全く理解していない木村が、プロレスラーとしての才覚にあふれた力道山を相手に劣勢に立たされていく過程が丹念に描写していますが、その敗北から何十年たってもプロレスという世界を理解できず、それ故プロレスに敗れゆく木村とその門下を、ある意味では時代錯誤の滑稽なものとして、一方で愛すべきものとして描いているのではないかと。  

まあ想像ですが。
by まめ (2014-02-09 20:06) 

いっぷく

>まめ さん
なるほど、そういう見方はありますね。
週刊大衆で漫画化されていますが、
たしかに、木村政彦に対して著者が
涙を流して嘆くシーンもありますからね。
by いっぷく (2014-02-10 23:56) 

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