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牛乳論争の戦後史 [健康]

戦後史というくくりにすると大げさといわれる方もおられるかもしれませんが、食品・食材を考えるテーマのひとつに「牛乳論争」というのがあり、長く議論されてきました。

牛乳や乳製品について、「貴重な栄養源だ」「いや、不要、もしくは有害なものだ」と、食品・食材としての是非を論じるのが牛乳論争です。

初耳の方は、意外に感じられるかもしれません。

戦後世代は、牛乳の「カルシウム」や「たんぱく質」で育ってきたと思っていますから。

記憶に新しいところでは、新谷弘実氏という医師が2007年に著した『病気にならない生き方』(サンマーク出版)という本が牛乳論争のきっかけになりました。

この本はかなり売れましたが、アメリカ生活が長い新谷弘実医師は、「マクガバンレポート」を根拠に「動物性たんぱく否定論」から牛乳を否定しました。

「マクガバンレポート」というのは、栄養と所要量に関する上院特別委員会議長のジョージ・マクガバン氏が1977年にまとめた「米国の食事目標」のことです。そこでは、動物性たんぱくの飽和脂肪酸を減らすことが唱えられていたのです。

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が、それは肉が過剰になりがちなアメリカの食生活に対するもので、日本人の平均的肉摂取量をもとにした報告ではないため、根拠にならないと肯定派からいっしゅうされてしまいました。

たとえば、保健学・老年学者の柴田博医師は、『肉食のすすめ』(経済界)で、日本人は高度経済成長期の昭和40年頃から牛乳や牛肉の摂取量が次第に増えていき、その結果、昭和22年にやっと50歳だった平均寿命が伸び、昭和45年には世界一の長寿国になった、と日本人を根拠にして新谷弘実医師らの「肉禁忌論」に反証しています。

ただ、この論争、新谷弘実氏は「大腸がん」という特定のがんを専門とし、一方の柴田博氏は「総死亡率」や「平均寿命」といった全体について語っているので、そもそも論点自体が噛み合っていないように思えました。

そして、現在注目されているのが、『乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか』(ジェイン・プラント著、佐藤章夫翻訳) です。

この書は、「動物性たんぱく否定論」からではなく、牛乳・乳製品由来のIGF-1、ガラクトースなどが女性の乳がん、男性の前立腺がんに関与していると指摘。かつ、著者本人が4回再発した乳がんが、乳製品をやめたことで5回目に治ったという体験から探求を進めたといいます。

同書に書かれている、「乳・乳製品が乳がんの原因となる確実な証拠」の主要な部分を抜粋します。
*ヨーロッパとアメリカの乳がん発生率は非常に高い。とくに人種が混在しているアメリカ東海岸の乳がん発生率はヘビースモーカーにおける肺がん発生率と同じくらいである。このことから、人種に関係なく、欧米流の生活の「なにか」が乳がんを引き起こしていると考えるのは当然である(中略)
*東洋の国々でも、欧米流の生活様式をとりいれるようになると、乳がんと前立腺がんの発生率が高くなる。東洋でも、量は少ないが肉は食べられている。東洋人の多くは、ブタ、ニワトリ、アヒルなどの肉を食べている。しかし、西洋にあって東洋には伝統的にない食材がひとつだけある。乳・乳製品である。(中略)
*乳・乳製品や乳牛の肉は、インスリン様成長ホルモン(1GF-1)と呼ばれる細胞の分裂・増殖を刺激する物質や、硫酸エストロンなどのホルモンを合んでいる。(中略)
*IGF-1とエストロジエンは、乳がんや前立腺がんの培養細胞の分裂・増姉を促すことが知られている。乳がん細胞にはIGF-1とエストロジエンに対するリセプターが存在するから、これらが血液に入れば乳がんと前立腺がんの成長を促進することが強く示唆される。 *牛乳にはタンパク質としてカゼインが含まれているために、牛乳のIGF-1は消化管内で分解されない。 *現代の牛乳加工技術(たとえば乳脂肪のホモジナイズ)が、IGF-1の消化管での分解を抑えている。IGF-1が大腸がん細胞に直接作用して大腸がんの成長進展を促すという報告もある。 *血中のIGF-1濃度が高いと、更年期前の女性は乳がんになりやすく、男性は前立腺がんになりやすい。

「(著者は)自分の乳がんを精察し、類い稀な帰納的推理力を駆使して「乳がん(+前立腺がん)は乳・乳製品によって起こる」という結論に達した」(訳者)ということです。

同書は、たんに牛乳・乳製品をやめろというだけでなく、その代わりに豆乳を代用しろと説いています。たとえば、牛乳の代わりに豆乳を、チーズの代わりに豆腐を、というように……。

ただ、主婦の方ならおわかりと思いますが、これはなかなかむずかしい。

食卓から牛乳やバターやヨーグルトをはずせても、市販のアイスやお菓子にはクリームや脱脂粉乳などが使われています。学校の給食や外食で使われていたら、主婦の力ではどうにもなりません。

それに、本来食材というのは、いずれも人間にとっては栄養と毒が含まれており、いろいろなものをバランスよく食べることでそれらを相殺したり補完したりして、健康に資しているのです。

つまり、「ばっかり食べ」や「絶対食べてはならない」といった、オール・オア・ナッシングは非常に危険な選択だと私は思います。

なのに、急に牛乳・乳製品を全面的にやめてしまったら、むしろそのバランスがくずれやしないか、という心配があります。

牛乳を豆乳に代えたことで、乳がんのリスクを回避しても、新たに豆乳固有の何らかのリスクを考えなければならないかもしれないのです。

そうなると、何かで代用するというのではなく、日々のメニューを根本から見直す食生活の大転換が必要になりますが、同書はその点はスルーです。

同書の指摘は有用なものだとは思いますが、食と健康の奥深さを改めて考える契機にもなることでしょう。

乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか

乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか

  • 作者: ジェイン・プラント
  • 出版社/メーカー: 径書房
  • 発売日: 2008/10/15
  • メディア: 単行本


タグ:牛乳論争
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コメント 31

pandan

牛乳論争ってはじめて聞きました。
なんでもやっぱりバランスが大事なような気がします。
by pandan (2012-08-28 05:46) 

chima

牛乳は消化できないから飲んでも無駄
と、まで言う人もいますよねぇ
口に入れてるんだから無駄ってことはないでしょうに
なんでも極端なのは良くないですよね
by chima (2012-08-28 10:19) 

rtfk

牛乳 私は好みませんが
子供たちは毎日飲んでいますね。。。
何事も過ぎるのはよくないということでしょうか。。。

by rtfk (2012-08-28 11:39) 

akko

わたしも牛乳のは是か非か考えたことがあり、給食の牛乳も飲まなかった時期がありました
by akko (2012-08-28 12:00) 

ばたお

リスク・ヘッジとしても、いろいろなものをバランスよく食べるのがいいですよね。「○○がいいから、毎日食べましょう」といった極端な議論は、何だかステマ的なものも感じてしまいます。

by ばたお (2012-08-28 15:38) 

リキマルコ

牛乳論争は初めて聞きました!!
どうしても極端な結論に走りがちですが、何事もバランスよく!ですよね・・・。
by リキマルコ (2012-08-28 16:44) 

viviane

乳がんが牛乳から?
癌は遺伝・・と聞いています
私は牛乳が嫌いなんですが、母は白血病、叔母は乳がん、どうなるのでしょう・・
by viviane (2012-08-28 20:08) 

hatumi30331

この話し・・・
人によって牛乳はいい!って言う人と、乳製品を撮り過ぎると、癌になりやすい人がいます。
実際そう言う人知ってます!
だから・・・食って個人的な事も多いんよね〜〜^^;
個人差ですよね〜♪^^
by hatumi30331 (2012-08-28 20:29) 

taka

サプリメントを含め単一物質を摂りつづけるのは疑問です
バランスよくが一番良いと思うのですが
by taka (2012-08-28 21:06) 

駅員3

なんと、直ぐに理解しろと言われても…ちょっと時間をかけて考えなければ[揺れるハート]
by 駅員3 (2012-08-28 21:59) 

ねじまき鳥

どちらが正しいのでしょうかね。

by ねじまき鳥 (2012-08-28 22:50) 

カリメロ

記事に上がってる理由で、「方針で子どもには飲ませません!」
という親御さんが以前いましたが・・・
現実問題、日本は中学卒業まで給食でアレルギーが理由じゃない限り、漏れなく出てきますからね~^^;

by カリメロ (2012-08-29 00:20) 

φ(・ω・)かきかき

牛乳論争ですか・・・
バランスよく食べるようにしたいです。
by φ(・ω・)かきかき (2012-08-29 16:17) 

hnhk

牛乳は、パンと同じように米国が無理やり日本に普及させた感があり、その効能には?です。
でも、たまに飲んでいますけど…
by hnhk (2012-08-30 11:28) 

いっぷく

pandanさん、コメントありがとうございます。
そうですね。食材を制約すると、
食卓のメニューもバリエーションという点で
つまらなくなってしまいますからね
by いっぷく (2012-08-30 13:01) 

いっぷく

chimaさん、コメントありがとうございます。
そうなんです。牛乳は乳がんや前立腺がんの
リスクがあるといいますが、
一方では胃がんの予防になるともいわれています。
一方、野菜にも発がん性はあります。
でもやはり野菜は絶対に食べるべきです。
つまり食材・食品は、どれもみな栄養と「毒」があるもので
長い歴史の中で、バランスが考慮されたのが
今私たちが食べているメニューだと思うのです。
by いっぷく (2012-08-30 13:02) 

いっぷく

rtfkさん、コメントありがとうございます。
そうですね。学校給食があるので
戦後生まれの人はみな大なり小なり
牛乳・乳製品由来の食品に慣れていますが
ちょっと立ち止まって、見直してみるのも
いいかもしれませんね。
by いっぷく (2012-08-30 13:02) 

いっぷく

akkoさん、コメントありがとうございます。
学校はそれを許可しましたか。
今はいないかもしれませんが、もう少し前なら
間違った厳しさをもつ先生だと、牛乳を飲まないと
昼休みにならないとか、やられませんでしたか。

by いっぷく (2012-08-30 13:03) 

いっぷく

ばたおさん、コメントありがとうございます。
そうそう、そうなんです。
今は流行やマスコミのリリースものには
つねに「ステマ」の警戒をしなければなりません。

by いっぷく (2012-08-30 13:03) 

いっぷく

リキマルコさん、コメントありがとうございます。
いろいろ議論はあるようですが、結局結論は出ていないんですよね。
食べ物と健康って、薬ではないので
そんなにダイレクトに因果関係は出ないようです。
by いっぷく (2012-08-30 13:04) 

いっぷく

vivianeさん、コメントありがとうございます。
がんは「遺伝子の病気」とは言われますが
ある種の大腸がんとか、一部を除くと
「遺伝の病気」とはいえないようです。
乳がんも、血統説もありますけど、
叔母さん1人だけではそうだとはいえないと思います。
人は多くが三大疾病で亡くなりますから
親類を見れば、そのどれかに該当する方が
いるものです。身内の方が○○ガンだからといって
そういう一族だ、ということにはならないと思います。
by いっぷく (2012-08-30 13:05) 

いっぷく

hatumi30331さん、コメントありがとうございます。
そうですね。だからこの本に書いてあることも
一定の真実ではあると思います。
ただ、同じ条件でもそうなる人とならない人が
いますから、そのへんはそのまま全員にあてはまる
というわけではないですね。

by いっぷく (2012-08-30 13:05) 

いっぷく

takaさん、コメントありがとうございます。
そうですね。私も以前は、「○○がいい」というと
「ばっかり食べ」に近いところがありましたが
それは逆にバランスを崩しかねないですね。
by いっぷく (2012-08-30 13:06) 

いっぷく

駅員3さん、コメントありがとうございます。
そうですね。むずかしいですよね。
by いっぷく (2012-08-30 13:06) 

いっぷく

ねじまき鳥さん、コメントありがとうございます。
量や個々の体質や体調にもよるので
即答できる疫学調査というのは
なかなかないんじゃないかと思います。
by いっぷく (2012-08-30 13:06) 

いっぷく

カリメロさん、コメントありがとうございます。
お菓子だけでなく、サプリメントにも「乳糖」が
入っていることがありますしね。
今や口に入るものは牛乳・乳製品由来に満ちていますが
私たちは学校給食でその「文化」に慣らされちゃってるんですね
by いっぷく (2012-08-30 13:07) 

いっぷく

φ(・ω・)かきかきさん、コメントありがとうございます。
今回の本のような情報があると
そのまま取り入れないにしても
多少はバランスが崩れますね
有用な情報かもしれませんが、
どう受け止めるべきか、考えなければいけませんね。
by いっぷく (2012-08-30 13:07) 

いっぷく

hnhkさん、コメントありがとうございます。
そうですね。昔の映画でも、「ご飯は毒」というような
せりふがあって(東宝の「社長学ABC」)
びっくりしたことがあります。
そうやって戦後世代にパンと牛乳の食文化を
啓蒙していったのでしょうね。
by いっぷく (2012-08-30 13:08) 

yutakami

「食と健康の奥深さを改めて考える契機にもなることでしょう」。
ご卓見ですね!
by yutakami (2012-09-02 14:34) 

MOON

先日はコメントありがとうございました。お礼が遅くなり失礼しました。
この本を読んで牛乳に対して抱いていた疑問が少し解けたような気がします。完全に除去するのは難しいのですが、日常的に摂らないように意識するだけでもいいかなと思っています。
「マクガバンレポート」も興味があるのですが、大作なので手を出せていません。いつの日かじっくり読んでみたいです。
by MOON (2012-09-04 22:21) 

yutakami

「マクガバンレポート」の結論は、江戸時代の日本人の食事(白米精米技術以前)がもっとも長寿食である、とだけ聞いたことがありました。妄言多謝。
by yutakami (2012-09-05 15:05) 

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