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ライシャワー発言とライシャワー事件

ライシャワー発言 1981,5,18

毎日新聞の1981年5月18日付記事に、「60年の安保改定の際、核兵器積載の艦船の日本への寄港や通過は事前協議の対象にならず、自由との了解が日米間でなされている」というライシャワー元駐日大使の証言が報じられた。

戦後史上、有名なライシャワー発言である。

また、ジョンソン元米国次官が、岩国基地の核持ち込みを証言した。

これは、「アメリカ政府から事前協議の申し出がない以上、核兵器持ち込みはありえない」とした従来の政府の答弁を覆すもので、国民に大きな衝撃を与えた。

政府はこれに対して、改めて「非核3原則」を強調したが、自由民主党の一部や民社党の春日一幸常任顧問から、核兵器積載の艦船の日本への寄港、通過を認める「核の2.5原則化」を求める声も出始めた。

国会では、沖縄嘉手納弾薬庫の整備作業場に核爆弾B61が運びこまれていた事実が野党議員より発表され、核持ち込み反対を求める声も強くなった。

ライシャワーというと、これまた戦後史上有名な「ライシャワー事件」というものがある。

1964年に、アメリカ大使館門の前で統合失調症(旧名精神分裂病)の患者にナイフで大腿を刺されたライシャワーは、治療の際、大量の輸血をした。

ライシャワーは、日本人に対するサービス精神から、「これで私の体の中にも日本人の血が流れることになった」と発言。日本人からはウケたが、この輸血で肝炎になってしまった。

この事件は、精神衛生法改正とともに、輸血が献血に拠ることとなったきっかけになった。

なぜなら、ライシャワーが輸血した血液は売血だったのだ。

戦後史上、というより医療史上と言った方がリアルな事件かもしれない。
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九子

いっぷくさん、nice!有難うございました。
ライシャワー氏と言えば親日家で有名ですよね。奥様のハルさんも日本人ですし・・。
ライシャワー事件はもっと政治的な裏があるのだと思っていたのですが、病気の青年が犯人だったのですか。その上、肝炎になってしまうなんて・・・。お気の毒です。
それでも終生日本を愛してくださったライシャワー氏を心から尊敬しています。
by 九子 (2010-11-16 23:21) 

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