◆1952/05/01 血のメーデー事件
第23回メーデーは、GHQによる占領が解除されて初めてのものであり、3日後講和問題や破壊活動防止法(破防法)、労働関係3法案など「盛りだくさん」のテーマだった。
またこの日から日本共産党が「アカハタ」を復刊させ、大会の盛り上がりはかつてないものになった。それを恐れた政府は、皇居前広場の使用を禁止。当初参加者は明治神宮外苑に集まったが、デモの一部が広場に向かった。そして警察隊と二重橋前で激突。戦後史上に残る騒乱事件に発展した。
「警官とデモ隊の双方は激しく衝突して流血の惨事となった。警察官側の負傷者は、重傷者約80名が全治三週間以上、軽傷者約670名、合計約750名、外国人の負傷者は合計11名、デモ隊側は死者1名、重軽傷者約200名に及んだ」(wikiより)という。
逮捕者は1232名、うち261名が騒擾罪の適用を受け起訴された。政府は後にこれを破壊活動防止法(破防法)制定の口実に使った。
判決の方は、騒擾罪は破棄。16名に暴力行為等の有罪判決を受けたほかは無罪。検察側が上告を断念して確定した。この時、被告側の弁護士を務めた松本善明は、後に日本共産党の衆議院議員を11期勤めた。
2010-07-24 07:00
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極めて大事な事柄を採り上げておいでですね:こちらのブログ - 自身は昭和32年生まれで、ダッコちゃん;よしのぶちゃん事件;こんにちは赤ちゃん;東洋の魔女やアベベ位までしか実体験・記憶がないので;戦後史とかで、凄い教わる事が多いです。
また、寄らせて頂き、バックナンバーも併せて遡って拝読させて頂きます。
by MIKE (2010-07-24 18:09)