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バギー利用者の母親らが「ベビーカーと間違えないで」と理解を求める件 [障害者]

バギー利用者の母親らが「ベビーカーと間違えないで」と理解を求める件

障害や難病で、首や腰が不安定な子供が乗る車椅子をバギーといいます。そのバギーが、ベビーカーと間違われやすいそうです。そのため、電車やバスでたたむように言われるそうです。

そこで、バギーを使う母親らが、ベビーカーと判別しやすくしようと「バギーマーク」を手作りし、理解を求めているという話題が盛り上がっていました。




まとめ記事を引用します。
バギー利用者の母親らがマークで周知「ベビーカーと間違えないで」
バギーとベビーカーは違います--。障害や難病で首や腰が不安定な子供が乗る車椅子「バギー」は、ベビーカーと間違われやすい。電車やバスでたたむように言われ、困る保護者も多い。判別しやすくしようと、母親らが「バギーマーク」を手作りし、理解を求めている。

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「スマイリーサン」が製作したバギーマーク・右が男の子用、左が女の子用=坂根真理撮影

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http://imgur.com/IdfRyOS.jpg
「ソルウェイズ」が製作するバギーマーク

バギーに対する理解を求めること自体は、全く否定しません。

大いに訴えていくべきです。

ただし、訴え方にちょっとひっかかるものもあります。

バギーとベビーカーは「違う」ことを強調するのが問題の本質なのでしょうか。

ここには懐疑的な思いもあります。

だって、これ、変ですよ。

ベビーカーはたたむべきものだが、バギーはたためない。

だからバギーをベビーカーと間違えないで、という論旨になります。

これは、「ベビーカーは、たため」という世間の意見におもねて、「あなた方の言うとおり。でもバギーだけは勘弁して」と、セコく自分たちの理解を得ようとしているだけではないでしょうか。

つまり、ベビーカーを見殺しにして、バギーだけは許してくれと言っているわけです。

しかし、それは違うと私は思うのです。

たためという「命令」自体がおかしいだろうという話ではないでしょうか。

ベビーカーは「必ず畳むべき」ものなのか


まず、ベビーカーは、「たたむべき」とは思いません。

たとえば、発達障害の子どもは、ベビーカーに乗せておいたほうが、周囲にも迷惑をかける可能性が少なくなるのでいいのです。

ここのところが、バギーユーザーに理解されていないのは、ちょっと意外であり、また悲しいことですね。

身体障害と発達障害の対立を見るようです。

でもそういう対立はしてはいけないのです。

別に障害児ではなくても、たたむことで、ひとりの母親が、子どもも荷物も抱えるというのは大変負担がかかり、何らかの事故やトラブルの可能性があります。

いずれにしても、バギーユーザーには、ベビーカーユーザーをダシにしたり、対立したりするような形は取らずに、むしろ手を携えて、理解と支援を求めるようにしていただきたいと私は思います。

たとえば、こういえニュースだってあるわけです。

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歩けない身障者のバギーをたたませてどうするのか!


遷延性意識障害、高次脳機能障害を含む身障者のこども用車椅子(バギー型車椅子、通称バギー)を、「邪魔だからたため」という人がいた、という身障者の母親の話をもとに記事を作っているまとめ記事をご紹介します。

重度障害児用車椅子使用を「邪魔だからベビーカーたためよ」と怒られる

感想はもちろん、

障がい者は歩けないからバギーに乗っているのに、たためってこたぁーねーだろう

障がい者は歩けないからバギーに乗っているのに、たためってこたぁーねーだろう

と私は思います。

ただ、世の中にはそれが理解できない人もいます。

それどころか、まとめ記事のコメントを読むと、まるで身障者とその介護者は、過剰な支援で思い上がった生活をしていると思い込んでいる向きもあります。

無知は残酷である

と、私はその人々に対して思います。

私とて、長男に車椅子の時代があったからこそ知ったことなんで、上から目線で偉ぶるつもりはありませんが、認識違いはやはり正しましょう。

たとえば、このコメントなどは「釣り」と思えるほどいろいろ書いてくれています。

>車で移動すれば?障害者って税金も公共料金もすごく優遇されて、年金ももらえてるんだから。

以前書いたように、私は遷延性意識障害(植物人間)だった長男を、東京の南端から北端まで、障がい者タクシーを使って往復25000円払って週4回通院していました。

つまり合計10万円ですが、植物人間なのにすべて自腹。

正式に「植物人間」と認定する前だったので、たんなる怪我扱いで1円も「優遇」されていません。

本当の話です。

そもそも、タクシーは、障がい者手帳がある本人に限って1割「優遇」されるだけです。

障害の度合いによってタクシー券枠(移送サービス利用権)はありますが、一月たった3600円です。

25000円1回分にも満たないのです。

しかも、自治体が認めなければ、私の長男のようにどんなに障害が重くても「優遇」はありません。

いずれにしても、車椅子に乗ってれば全員がその恩恵を受けられるわけではない、ということです。

税金というのは、おそらく自動車税と思いますが、手帳がないと実際に障害があっても認められません。

「公共料金」とは、水道代の「基本料金」でしょう。

それはそもそも障がい者全員ではなく、特別児童扶養手当と児童扶養手当を受けていることが条件。

それに、基本料金だけで使った料金は「優遇」されません。

障がい者年金というのは、がん患者などももらえる年金で、通常の年金の先払いにあたるものですから、せいぜい「配慮」であり、「優遇」という表現には馴染みません。

総じて、障がい者は、1、2度(重度)とそれ以外には大きな差があり、重度では、現在のサービスは足りないと元当事者の私は実感しています。

ましてや、重度以外の障害は、とてもじゃありませんが「優遇」というほどの福祉サービスは受けられません。

たまたま、自分が運良く健常に生まれたからといって、障がい者を邪魔者にするのは、やはり利己的でかつ短絡的な考えかたです。

思い上がるのもたいがいにしろよ、と思いますね。

もっとも、そういうことを書くのは、うだつの上がらない人間の「弱い者いじめ」「ガス抜き」であるほうが多いのですが……。

ま、私の言うことが信じられなくても、怪我や病気をして、福祉の厳しさを知れば、真実が身にしみることでしょう。

いのちのかぎり―ある身障者婦人の半生 (1980年)

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