野坂昭如(のさかあきゆき、1930年10月10日~2015年12月9日)さんの命日です。世俗的な豊かさの中に虚構を見て、底辺の暮らしにある真実を見出そうとする作風に貫かれていましたが、今もファンが“隠れた名作”としているのは『スクラップ集団』です。(上の画像上段はGoogle検索画面より、それ以外は劇中より)
『スクラップ集団』は、実在する現業系労働者の町である、大阪の釜ヶ崎と呼ばれるあいりん地区を舞台にした作品です。
野坂昭如の直木賞受賞後第1作でありながら、単独の図書として刊行されていませんでした。
その意味では、“お宝作品”といえます。
それが2010年に発表された、『20世紀断層 野坂昭如単行本未収録小説集成』(全6巻、幻戯書房)で42年目にして収録されました。
すでに1968年には、松竹で映画化されています。
『スクラップ集団』とは
『
スクラップ集団』(1968年、松竹)は、田坂具隆監督による異色の顔ぶれで異色の作風です。
「集団」とは、
渥美清、
露口茂、
小沢昭一、三木のり平の4人です。
渥美清、小沢昭一、三木のり平までは「喜劇」に定番の方々ですが、そこに露口茂が入っています。
『太陽にほえろ!』のヤマさんです。
喜劇というには異色のメンバーであり、また異色のストーリです。
強いて言うなら、ドタバタやギャグのスラップスティックではなく、諧謔(かいぎゃく)なのだと思います。
原作は野坂昭如、脚本は鈴木尚之、監督は田坂具隆。
『スクラップ集団』のあらすじ
汲取業・ホース(渥美清)は、とにかく糞尿の匂いを嗅ぐのが趣味の糞尿マニア。
主婦(石井富子)の頼みで、ストライキ中なのに汲み取りをしたことがきっかけで、故郷を捨てざるを得なくなりました。
生活保護者ケースワーカー・ケース(露口茂)は、底辺の人間との関わりが生きがいの底辺層マニア。
訪問先の老人(笠智衆)から、「社会復帰のめどが立ったので、最後の夜は娘に思い出を作ってやって欲しい」と依頼され、娘(宮本信子)と関係しますが、一家は翌日心中。
自己嫌悪に苛まれて、役所に辞表を出します。
公園清掃業者のドリーム(小沢昭一)は、生活のゴミの匂いが好きなゴミマニア。
ゴミに執着しすぎて、職務怠慢により解雇されました。
医師・ドクター(三木のり平)は、人を安楽死させることが生きがいの安楽死マニア。
闘病者は社会のためにならないと安楽死を求め、医学界から追放されました。
4人はその突出したこだわりが原因で、大阪西成区、いわゆる釜ヶ崎といわれるあいりん地区に流れ着き、飲み屋で意気投合。
スクラップ業を営む話です。
「今までの世の中は、ものを作ることばかりに力を入れてきた。しかし、だ。次から次へと作って、古くなったスクラップはどう処理するか。誰もまだ本気でこれを考えていない。我々、スクラップに魅せられた者こそ、その先駆者でなければならない。」(三木のり平演じるドクター)
それにしても、この頃は、がんの告知すら一般的ではありませんでしたから、「安楽死」はナチスドイツの安楽死思想のパロディとしか考えられません。
昭和の映画は、知的な風刺が随所にありました。
ドクターの主導で、4人は人間生活につきまとう、すべてのスクラップを回収し、処理する仕事を始めます。
しかし、いったんは繁盛したものの、ドクターの異様な事業的野心に、他の3人はついていけなくなり、ドリーム(小沢昭一)もゴミ収集場に戻り、ケース(露口茂)もあいりんの労働者になります。
しかし、ホース(渥美清)は炭坑テーマパークの落盤事故で死亡。
あとに、ほんの少しだけ家族としての幸せな生活を送った、妻(奈美悦子)と妻の子どもが残されます。
ドリーム(小沢昭一)はゴミ収集場で異常繁殖したネズミに食い殺されてしまいました。
ドクターはテレビ出演し、「わが社は地球すらスクラップできる」と暴走するシーンで物語は終わります。
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『スクラップ集団』の背景と感想
『スクラップ集団』のタイトルは、4人の共通項がスクラップということだと思います。
つまり、前職も、そして社会からドロップ・アウトした4人自身も。
が、糞尿やゴミはともかく、闘病者や社会的弱者をスクラップの共通項にしているところに、この物語の結末はたぶん破綻するのだろうという予想が立ちます。
作品は、三種の神器が普及し始め、白黒テレビからカラーテレビに変わり始める時期で、消費文化に対する「戦後闇市派」としての、皮肉や揶揄が込められているなあと思いました。
ホースとドリームは、自分のやりたいことに進んで死亡。
ケース(露口茂)は、心中した女性と関係したことを思い出に、あいりん地区の現業系労働者を細々と続けます。
事業欲をむき出しにして人間性が抜け落ちたドクターだけは、テレビCMに出るほど、経済的には成功したようです。
つまり、人としてあるべき方向に進んだ人は不遇で、人間性の抜け落ちた人だけが成功しているわけです。
このへんにも、人間の自己実現と幸福の関係が描かれています。
野坂昭如。
たぶん、変わった人というイメージだと思いますが、私はこういう作品に惹かれます。
私も、もはやスクラップ人間なのかな。
あの頃映画 「スクラップ集団」 [DVD]
野坂昭如ならではのブラックユーモアと先見性『スクラップ集団』・・・この前岩下志麻主演の『桜の樹の下で』という映画を観たのですが、たまたま野坂昭如が出演しておりました。すぐに当人と分かる、いわばスター作家の一人でしたよね。お記事の一番上の真ん中の野坂昭如なんか、ちょっと原田芳雄風ですね。そしてメディアの寵児でもありましたし、有名なCM、さらに大島渚との殴り合いとか、多くの話題を提供してくれる人でもありました。本多勝一と仲違いして、文章でですが、罵倒し合っていたのもよく覚えております。
野坂昭如はエッセイを中心に読んでおりまして、小説は高校くらいの時に何冊か読みましたが、当時はその独特の文体がやや苦手でした。今読めばまた違った印象を持つと思います。
『スクラップ集団』、これはなかなかの物語ですね。テレビドラマ化は不可能でしょうし、今だと本屋大賞とかにも選ばれそうにありません(笑)。しかしこうした内容をメジャーな作家が書くところに芸術の自由、精神の自由があるのですよね。
若い頃の露口茂の顔は新鮮です。現在は86歳なのですね。『太陽にほえろ!』のイメージがどうしても強いですが、『シャーロック・ホームズの冒険』でホームズ役の声優を務めていましたが、素晴らしかったです。
>糞尿の匂いを嗅ぐのが趣味
これはなかなかハードな趣味ですね(笑)。わたしには無理ですが、ちょっと変な臭いをかぎたくなる、ある種のフェテイッシュはよく分かります。軽度なものであればわたしもありまして、子どもの頃ですと、例えば自分の足の指の間の垢の臭いとか、ついかいでしまっておりました。「好きな女性の臭いならすべて好き」と言いたいところですが、必ずしもそうではないといった経験もしております(笑)。
>昭和の映画は、知的な風刺が随所にありました。
映画も小説もそうでしたよね。今、60年代の日本人によるSF短編集を呼んでいるのですが、シンプルな書き方でも毒が随所に感じられます。「最後に必ず泣かせる」といった構成が中心では、知的な風刺からはどんどん遠くなります。今は映画も小説も、「絶対泣ける」が最大の宣伝文句になっておりますから。東野圭吾とかがどうも好きになれないのは、「泣ける」が前面に出てしまうところです。江戸川乱歩とか横溝正史とか、泣ける小説、書いてませんし(笑)。
>私も、もはやスクラップ人間なのかな。
もちろん、違います(笑)!
それと、経済的に成功した人たちの中に人間的にはスクラップな人、かなり多くいますよね。
松坂慶子の、そしてその他様々な俳優たちと「親」との関係についてのお話、いっぷく様ならではのご視点とご見識で、とてもとても興味深く拝読させていただきました。いや本当に、俳優だけでなく歌手や映画監督なども同様ですが、人間的背景を理解していると、まったく異なる景色が見えてくるものですね。いつもですが(笑)、この度も感服させていただきながら拝読いたしました。
「親の問題」というものは確かにしばしばハリウッドでも取り沙汰されます。スポーツ選手などでも同様の問題が生じるケースもありますね。特に俳優の場合は子役から始める人も多く、その活動に親の意向や欲が強く反映されますから、深く心理面に入り込んでおり、見逃すわけにはいかないのでしょうね。 RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2018-12-09 03:17)
いつも忘れかけていた俳優さんとか紹介されて、いつもあっこの人いたと思い起こされます。
さすがですね。
by ヤマカゼ (2018-12-09 07:48)
山さん若い!誰だか分からなかった(^_^;)
野坂昭如と言えば何のCMだったっけかな?ソ、ソ、ソークラテスかープラトンかー♪の歌が好きでした。
糞尿ゴミはいいけど底辺安楽死は今は確実に叩かれそうだ(笑)
清掃業ですからゴミと関わり合うのですが出す日守らない人が多過ぎて嫌気がさしますよ(^_^;)
by pn (2018-12-09 08:55)
野坂作品は「戦後闇市派」まさにその通りですね。
「エロ事師たち」「とむらい師たち」もそれぞれ映画化されていますが最高に面白いです。
by 扶侶夢 (2018-12-09 12:02)
「世俗的な豊かさの中に虚構を見て、
底辺の暮らしにある真実を見出そうとする作風」は
言い得て妙ですね。
御本人もインタビューなどで、敗戦で世の中が
引っくり返ったことを目の当たりにして現実を
何も信じられないという感覚もあるとおっしゃっていたので、
いつも真実とはなにかを追いかけているような感じがしました。
by 犬眉母 (2018-12-09 14:45)
こんにちは!
野坂昭如さんなんていましたね~!
よく、討論番組で喧嘩してました。
by Take-Zee (2018-12-09 15:30)
スゴイ映画があったんですね。是非観てみたいです。
露口茂がビックリでした。
渥美清と露口茂の絡みでさえ全然考えられないのに、そこに小沢昭一と三木のり平なんてスゴイなぁ。さらに笠智衆でしょ?観たいです(^^)
by なかちゃん (2018-12-09 21:11)
野坂昭如さんが亡くなったと聞いたときは
一つの時代の終焉のように思ったことを思い出します。
小説は、エロ事師たち、火垂るの墓、アメリカひじき
あたりしか読んでませんが、印象的な人でしたね。
by そらへい (2018-12-09 21:12)
「象の解体処理」の一文が、とても気になります。
by ナベちはる (2018-12-10 00:21)