『下積みは、あなたを裏切らない!』。働き方評論家を名乗る常見陽平氏の著書です(マガジンハウス刊)。苦労しておくと後で開花する、という話です。おりしも、下積みを事実上否定する「東京すしアカデミー」が話題になっている時なので読んでみました。
『カンブリア宮殿』(2015年5月14日、テレビ東京)で紹介された「東京すしアカデミー」というところでは、すし職人の技術を最短2か月で習得できるそうです。
ネットのニュースでも取り上げられ、web掲示板でも賛否が書き込まれています。
旧来の徒弟制度では、理不尽で合理的でない「修業」が多く、創立者も、7年もの間寿司を握らせてもらえなかったといいます。
そこで、「東京すしアカデミー」では、余計なことはさせないで、本来のすし職人の技術を手っ取り早く教えるらしい。
すし職人の世界はよくわからないのですが、一般論として、修業というものの中身について、守るべきものと、時代とともに変えたほうがいいものとがあるのかなという気がします。
そのうちの「守るべきもの」について修業を行う側から書かれているのが、今回ご紹介する『下積みは、あなたを裏切らない!』ではないかと思います。
下積みの努力は尊いという著者
『下積みは、あなたを裏切らない!』では、「はじめに」でこう書かれています。
「下積みは、自分の力を磨く行為であり、新たな武器を身につける行為であり、自分のキャリアの可能性を広げる行為である」
常見陽平氏は例として、芥川龍之介の『トロッコ』を引いています。
主人公の良平が8歳の時、小田原熱海間の軽便鉄道敷設工事で、トロッコを使って土を運搬するところを見に行き、現場の労働者とともにトロッコを押してみます。
最初はいろいろな景色も見えて面白かったのに、傾斜を登り、そして下るという同じことの繰り返しに気づいて良平は飽きてきます。
労働者から「われはもう帰んな」と言われて帰る道はもう暗く、寂しさから「命がけ」のような気持ちで帰宅しました。
良平は26歳になり、雑誌社の校正作業をしながら、ふとそのときを思い出しました。
外から見ると面白そうな作業が、実際には忍耐を伴うもので、それを校正作業で苦しんでいる主人公が今の自分と重ねて思い出した、という話です。
常見陽平氏は、中学1年の時、『トロッコ』を読んで暗い気持ちになったそうです。
しかし、40歳になってから見方が変わったといいます。
きっと良平は、その後大活躍したのではないか。
作品は、校正という下積み中の主人公が、トロッコ押しで経験した闇を乗り越えるという意志を含んでいるのではないか、と考えるようになったと書いています。
実は、『トロッコ』には実在のモデルがいて、それが後にジャーナリストになったことを知り、常見陽平氏は自分の推理通りだったことに「救われた」といいます。
他人の文章の“後始末”をする校正という下積みをきちんとこなしたことで、「良平」がやがて自分の文章で身を立てる成功をおさめたことを知ったからです。
常見陽平氏は、転職や独立を否定しませんが、トレードオフとして、そのキャリアをご破算にしかねないことに警鐘を鳴らしながら、「下積みだけで仕事人生は終わるわけではない」と述べています。
同書は、具体的な下積みの努力の仕方として、
「異なる者と触れ合う」「迫力ある仕事に圧倒されてみる」「メモ魔になれ」「言われたことをすぐやれ」「朝早くから活動しろ」「まずは上司・先輩と同じ本を読め」「負けたら悔しがる」などを提案しています。
たとえば、服装については、「着たい服より期待服」として、その職務で求められている服装を常に考えろと書かれています。
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結論
定見のない成り行きの転職は、結局何も残らない、というのはまさにその通りです。
どんな仕事でも、その世界を知り、一人前になるには一定の時間がかかります。
人生が今の倍ぐらいあるならともかく、学校を卒業して実働40~50年ですと、そういくつもの世界で活躍できるものでもないでしょう。
ただ、ケチを付けて恐縮ですが、そこからが先が問題です。
下積み自体はその人を裏切らないかもしれませんが、その人が会社で、自らの能力を全面開花できるポストや仕事を得られるかどうかは、偶然、つまり運の要素があることも否定できません。
下積みは裏切らないが、社会の風向きや周囲の人間は裏切ることもある
ということではないでしょうか。
でも、私はこの書籍に書かれていることは尊いことだと思います。
この本のとおりにすれば、出世、肩書などの自己実現ができるとは限らないが、自分自身の誇りや挟持は確保できる、ということだと解釈しました。
それは畢竟、自分で自分を裏切らない生き方、ということだと思います。
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