新日本プロレス12人の怪人、という書籍(門馬忠雄著、文藝春秋)がファンの間で話題になっています。創立40周年の業界最大手・新日本プロレスを支えた主力選手について、今や日本のプロレス史を自らの取材経験で語れる唯一の長老になってしまった、元東京スポーツプロレス記者の門馬忠雄氏がまとめたものです。
プロレスファンでない方に一言ご説明すると、日本のプロレス界は、力道山の作った日本プロレスに始まりましたが、そこを内紛で除名されたアントニオ猪木が、1971年に東京・世田谷の自宅を改造して作ったのが新日本プロレスです。
他の団体が離合集散を繰り返しながら零細化していく中で、新日本プロレスだけはこんにち、ブシロード(ゲームソフト、トレーディングカード、キャラクターグッズなどの開発・製作・販売会社)の傘下に入りながらも、業界的に唯一、地上波に中継番組をもち、ドーム興行がうてる団体です。
もとより、同団体はこの40年のほとんどの期間、最多の社員・レスラー数と営業規模を誇ってきたプロレス業界のリーディングカンパニーです。
『新日本プロレス12人の怪人』は、そのトップ企業を支えてきたスター選手や団体の歴史について、門馬忠雄氏が過去の取材をもとに様々なエピソードを打ち明けています。
おそらく同書は、プロレスファンの中でも、「昭和プロレス」といわれる70~80年代のプロレスが好きだった人でないと、興味深く読めないものかもしれません。
そのようなマニアックな書籍ではありますが、プロレスと関係ない一般社会にも通じることが書かれているので、ここではそれをご紹介したいと思います。
ひとつは、若手選手の育成方法です。
山本小鉄の育成の誤り
新日本プロレスには山本小鉄という「鬼軍曹」が、道場で若手を鍛え上げていました。山本小鉄さんは厳しい指導をしていたため、たしかに新日本プロレスのレスラーはトレーニングをつんだスポーツライクなイメージがありますが、一方で190センチを大きく超える大型の選手が育ちませんでした。
門馬忠雄氏は同書でその原因として、体格に関係なく画一的な猛練習をさせた山本小鉄の指導方針の誤りを指摘しています。
つまり、体の大きい人と小さい人に同じ練習を課したら、大きい人により大きな負担がかかって、小さい人よりもつぶれてしまうリスクが高い。大きい人は小さい人と同じことをさせるのではなく、ゆっくり育てることも考えてやらなければならない。
ところが、小柄だった山本小鉄は、自分は猛練習で鍛えたからこそやってこれたのだと、どうしてもそれが理解できなかったというのです。
しかし、ジャイアント馬場は、自分が大型なので、大きい選手はゆっくり育てた方がいいことを知っている。田上明という大型の愛弟子はそうやって育てた。田上明は新日本プロレスだったらチャンピオンまでにはなれなかっただろうと書いています。
これは、一般社会の子育てや教育現場にもあてはまることではないかなと思いました。
誰であってもやみくもに定めたカリキュラム通りのことをさせるのではなく、それぞれの個性に応じた到達点や方法に配慮することが必要ではないかと思います。
スポンサードリンク↓
日本プロレスの崩壊は複雑な派閥も一因
もうひとつは、人間関係です。
アントニオ猪木は内紛で日本プロレスを除名、と書きましたが、この事件は「猪木の会社乗っ取り」といわれているものの今も全容が明らかにはなっておらず、ただ、猪木を快く思っていない人たちが、除名処分の血判状を作ったことは事実のようです。
アントニオ猪木は酒を飲んだり麻雀をしたりといったグループとは一線を画し、当時はまじめに練習をしていたそうです。それをおもしろくないと思っていた人たちがいたらしい。
一般社会でもよくありますよね。まじめな社員に対するダラ社員の道理のない反感や嫉妬(苦笑)
同書によると、その当時は団体内に「人脈模様が入り組んだ派閥構成」で、取材する側も「あちらをたてればこちらがたたず」で、かなり緊張する状態だったそうです。
マニアの人なら懐かしい名前も含まれています。
社長の芳ノ里派(ミツ・ヒライ、グレート小鹿、高千穂明久、百田光雄、羽田光男、桜田一男)
ジャイアント馬場派(マシオ駒、大熊元司、サムソン轡田、佐藤昭夫)
アントニオ猪木派(山本小鉄、魁勝司、柴田勝久、木戸修、藤波辰巳)
吉村道明派(坂口征二、永源遙、安達勝治、小沢正志)
大木金太郎派(戸口正徳)
猪木派と吉村派に近い(星野勘太郎)
世渡り下手でどこにも入れない派(上田馬之助、松岡巌鉄)
で、日本プロレスは老舗ですが73年に崩壊。門馬忠雄氏は、「派閥ごとのいがみ合いが汚点として残っただけ」の団体だったと厳しく総括しています。
門馬忠雄氏は、団体内の派閥争いが、猪木除名、馬場退団につながり、それが団体の衰退⇒崩壊につながったと述べているのです。
ただ、派閥争いは実はレスラーだけの話ではありませんでした。
門馬忠雄氏は書いていませんが、当時は門馬忠雄氏のいた東京スポーツにもそうした派閥、というか社内での戦いがあったようで、猪木派といわれた桜井康雄氏が取締役編集局長にのぼりつめ、馬場派といわれた山田隆氏は戦いに敗れて同社を退社。山田派だった門馬忠雄氏も行動をともにしています。
当時、私は山田隆氏とつきあいが少しだけあったのですが、山田隆氏は、「門馬には悪いことをした」と何度も言っていました。
一般の会社だろうが、芸能界だろうが、スポーツ界だろうが、ヤクザの世界だろうが、いずれも人間の営みです。
不毛な人間関係の軋轢というのは、もう普遍的なもののようです。
スポーツや芸能の社会なら、実力本位とか、そんなことはないんですよね。
こうしてみると、どんな世界であろうと、人間がその努力や才能を全面開花するには、師や同僚との出会いも重要なんだなとつくづく思います。
新日本プロレス12人の怪人 (文春新書)
2013-02-11 03:12
nice!(273)
コメント(19)
トラックバック(0)
共通テーマ:スポーツ
人との出会いって大事ですね。
by pandan (2013-02-11 04:31)
こんにちは。体の大きさによる練習方法の違いや派閥抗争、プロレスの世界も社会の縮図になっていると感じました。師や同僚、仲間との出会いは大切にしたいとおもいます。わたくしのブログのほうに、訪問いただき、コメントありがとうございます。東京スカイツリーは平日でも相変わらず混雑しています。6F7Fのレストランは、10時半の開店から人が並ぶ日もあります。混雑といっても昨年の5月から8月ほどではありませんから展望台もすぐに上れる日もあります。たまには高いところもいいもんですよ。
by ikamasa (2013-02-11 05:40)
指導方法というのは本当に頭を使いますね。
色々考えて、試してみて戻って修正して...。
実社会でもそうですけど、子育てもこれからそうなるんだろうな...と思いながら読みました。
人間模様もまた大変ですよね。ただ、合わない、好き嫌いがあっても同じ組織にいて、なぜ上を向こうとせずに足を引っ張り合うのか...
by isoshijimi (2013-02-11 06:09)
自分の成功体験を自分で否定するのは難しいですね。
by johncomeback (2013-02-11 08:28)
長州力は猪木派なんでしょうね。
by beny (2013-02-11 08:30)
なんでも社会で定義付けをし、マニュアル化し
(又はレッテル貼り)
自ら思考せずにそれに従えば良いと
逃げる指導者が多くなりました。
人間関係は小難しく煩わしい。
相手の事を真剣に考えて教えるのには
並々ならぬパワーと情熱が必要ですね。
でも親子関係においては底なしのパワーが
湧いてきても良いようなものなんですがね・・・。
by 昆野誠吾 (2013-02-11 09:57)
「不毛な人間関係の軋轢というのは、もう普遍的なもののようです」
嫌だけどこれは事実ですよね。どう上手くくぐり抜けて行こうとかの対処法で、色んなことが決まっちゃうような気がします。
やっぱり上手にしなやかに生きていければ・・・難しいですが、そう思います。
by 繭 (2013-02-11 10:16)
門馬氏が新日本プロレスについて本を書かれるというので「おや?」と思ったのですが、そういうことだったのですね。
by Sanchai (2013-02-11 10:24)
統一規格的なものの考え方が好きですから、
日本人って?ふるいにかける一つの手、なのですけれども。
ではまた、
ありがとうございました。
by PopLife (2013-02-11 10:26)
この本読みましたよ。大木金太郎の自伝も猪木の自伝も・・・、
猪木に女遊びを伝授したのは大木金太郎だって・・、双方の本に書いてあったので、きっと嘘ではないんでしょうね。
by ミスカラス (2013-02-11 10:36)
猪木は馬場さんのようなエリート扱いを受けずに
上り詰めてきただけに、そういう遊びには加わらなかったのでしょうね。
人間的には色々言われておりますが、
レスラーとしては、やはりスゴイ存在だったのだろうと思います。
by 銀狼 (2013-02-11 12:22)
派閥と言うもので、すぐに政治家の方々を思い浮かべてしまいました^^;
小規模だとまとまりがあるものでも、段々大きくなっていくと段々派閥が出来て塵じりになっていきますよね^^;
by ゆりあ (2013-02-11 13:51)
こんにちは^^
>誰であってもやみくもに定めたカリキュラム通りのことをさせるのではなく、それぞれの個性に応じた到達点や方法に配慮することが必要ではないかと思います。
才能ある経営者、トップセールスも
この点においてはなかなか出来る人は少ないです。
人材育成において知っていてもできないとても重要なところですね。
by 川島 (2013-02-11 16:19)
教える側の人には、十人十色を念頭に教育してもらいたいですね。
by ちゃめこ (2013-02-11 20:29)
やはり、人間関係。
良い師に出会えるかが問題ですね。
by なんだかなぁ〜。横 濱男です。 (2013-02-11 21:09)
筋金入りの新日好きです( ̄▽ ̄;)
大阪にいたころはよく難波の事務所にいっていました!
まだまだ話したいことが山盛りですが、グット押さえさせていただきます(*^^*)
by リキマルコ (2013-02-11 21:48)
いっぷく さん、こんばんは。
こんな裏事情があったのですね。
知らなかった・・・
まぁ、もともとプロレスには疎いのですが。
出会い、重要ですね。
by uryyyyyy (2013-02-11 22:20)
今、プロレスの本をたくさん、読んでいます。12人~の本も読みました。いっぷくさんのような人に出会えてよかったです。私も70~80年代のプロレスに熱狂していました。暴露本でギミックと初めてわかりました。いい年をして、ずっとガチンコと思っていました。考えて見れば、「本気」で対戦したら大けがしますもの(笑)これからもプロレスの記事よろしく、お願いします。
by い (2013-02-12 12:16)
みなさん、コメントありがとうございました。
私の書き方が悪かったみたいで恐縮ですが、
門馬氏は同書で小鉄氏の棚卸しをしているわけではなく、
育成の一点だけが意見が合わなかったところだと書いています。
で、私はその「一点」に注目したわけです。
全体を通して、新日本プロレスの名レスラーを
きちんと評価されているいい本です。
by いっぷく (2013-02-13 06:05)