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許永中、闇の虚実 [経済]

戦後史の激動。○○の戦後史というテーマ、というより最近はこじつけで書いていますが、巨悪の戦後史というのも、面白い視点です。最近読んだ本で面白いなあと思ったのは、森功氏の書いた「許永中 日本の闇を背負い続けた男」(講談社)という書籍。2008年の初版なので新刊本ではないのですが、今も多くの人がブログでレビューを書かれているようです。


許永中 日本の闇を背負い続けた男

許永中 日本の闇を背負い続けた男

  • 作者: 森 功
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/12/11
  • メディア: 単行本


著者の森功氏は、週刊新潮の編集者出身のルポライターです。今春から「実話ドキュメント」において、ヤクザ漫画の第一人者であるももなり高氏によって漫画化されています。

実は私が「許永中 日本の闇を背負い続けた男」を読んでみようと思ったのは、その漫画を見たからでした。

ももなり高氏は、「はだしのゲン」のアシスタントを経験したらしいのですが、実にリアルな漫画を描きます。

許永中という人については、イトマン事件や石橋産業事件などで騒がれ、日本の闇社会と政財界を結ぶフィクサーとして暗躍してきた、という通り一遍の認識はありましたが、それ以上の関心はありませんでした。

何しろ、許永中と邱永漢を間違えるほどですから……。ぜんぜん違いますよね。

ただ、最近のマスコミの薄っぺらい報道を見るにつけ、悪いことをしたから悪い人、という単純な認識では、「悪いこと」の真相も、本当に悪い人かどうかの判断もできないと思い、一度漫画だけでなく「原作」についてもじっくり読んでみようと思いました。

けだし、同書は裏経済ノンフィクションと、ピカレスクロマンとしての許永中物語によって糾われています。

許永中の生い立ちから、在日差別による反体制的精神と、父親譲りの頭の良さ、子沢山の裕福とはいえない家なのに、お金のかかる工業大学に入学させてくれた肉親への思いなどが描かれています。

しかし、大学は中退。好き好んで裏社会へ進み、高度成長時代に企業トップや保守政治家などと人脈を広げ、バブル経済で突き抜けた!……ものの、バブル崩壊とともに大きな落とし穴があった。

漫画では、許永中が著者と険悪な関係になっている場面があり、上梓が難産だったことを教えてくれています。圧巻なのは、森功氏が刑務所で面会したときに聞いた許永中のマスコミ批判です。
「みな、なんでもかんでも謎めいたことになると、闇、闇、いう。ごっちゃにしとるんです、わからん人は。ものごとには暗いところがあるから明るい場所があって、光があるから影がある。やっぱり闇はどうしてもあるわけです」 許永中は、まさしくその間と光の世界の間を泳いできたのである。 「そうかもしれませんね」 私がこういったところで、隣の刑務官が立ち上がった。接見の制限時間が過ぎていることを無言で伝える。 「ちょっと、あと少し。あと二〇秒でええから…」  許がその刑務官を制す。早口で言葉を繋いだ。 「でも、その闇と光が、いまはこんがらがっとって、わけがわからんようになっとる。本来、棲み分けができとらんといかんのに。問題はそれが絡み合っとることとちゃいますか。ホンマは、それを解きほぐすことが大切なんとちゃいますかな」 そこまで一気にいうと、元の笑顔に戻った。無言で部屋の奥にあるドアを自ら開け、振り返らず立ち去った。

これは示唆に富んだ指摘です。

要するに、何が闇で、何が表に出ているのか、それらがどうつながって事象を形成しているのか。マスコミはそこをはっきりさせるのが仕事である。わかりにくいものをきちんと分析しようとせず、何でも安易に「闇」というレッテルでごまかすな、ということを言っているわけです。

マスコミの報道というのは、確かにきちんとした分析を行いません。

以前、暴力団担当の刑事だったテレビ・コメンテーターの飛松五男氏が、ヤクザの報じ方が偏っていると述べたことをご紹介しました。
もちろんヤクザに悪い所はいっぱいありますよ。でも、それはわざわざ言わんでも世の中にさんざん出とるでしょ。カサに掛かってそういうのは報じるやないですか。それこそ、あることないことみな言うやないですか。  でも、ええ所もあると。それは出ないんです。これは、おかしいやろうと。いったん悪者のレッテル張ったら、是々非々で見ないで悪いトコだけ見せて、良い所は絶対に報じないのは公正さを欠いとるやろと。(飛松五男の熱血事件簿より)

ヤクザという反社会的集団の「良い所」など見せたらミスリードになる、という意見もありますが、いずれにしても、マスコミ報道は、そうした一面報道に満ちていることは確かです。

一方で、ネガティブな報道や、スキャンダルが一切タブー視されてた出来事や人物報道もあります。そういう時は逆にいいことしか報じられません。

マスコミが「いい人」として報じているときはいいところだけ。いったん「悪い人」に見立てたら悪いところだけ……。

いったん叩き出すと、悪意報道以外は絶対に許さないと
いわんばかりに各社糾弾の横並びになります。

かつての野村沙知代報道や和泉節子報道。

砒素カレー殺人事件は結局死刑判決は出ましたが、
推定無罪など無視した一般人晒しは、
それ自体が処刑のような報道でした。

最近では、小林幸子報道や小沢一郎氏騒動。

その一方で、「叩いてはいけない人」については
「いいこと」は道のゴミを拾っただけでも大騒ぎ
でもスキャンダルは絶対に報じない。


そういう一面的な報道では、真実は見えてきません。

人間はどんな立派な人でもみな間違いうるんだとか、物事には原因があって結果があるとか、表があれば裏もあるとか、一方でこう見えるが立場や視点を変えるとこんな見方だってあるとか、受け手である国民は、人や社会についてそうした弁証法的な見方ができなくなってしまいます。

だから、うわっつらで善悪の二元論で判断する底の浅いものの見方になってしまう。

ネットの掲示板やブログが、単純な判断や一方的な主張の押し付けで炎上するのは、日常のマスコミ報道が、物事を多面的に考えさせない粗末なものになっていることもひとつの原因だと思います。

たんなる礼賛でも、ステレオタイプの悪人叩きでもなく、びっくりするほど実名も出てくる、人間・許永中の生きた社会を多面的に書き上げた同書は、人と社会の真実に肉薄した力作です。

月刊 実話ドキュメント 2012年 09月号 [雑誌]

月刊 実話ドキュメント 2012年 09月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2012/07/30
  • メディア: 雑誌


タグ:許永中
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pandan

はだしのゲンは小学生の頃、
何度も読んだマンガです。
by pandan (2012-08-10 06:18) 

よいこ

面白そうな本ですね
大人になったら、一般的に語られる善悪と真相は違うものなんだなとよくわかりました。
日本の政治も混沌としていますが、一般人にはダレが志があり、先見の明があるのかさっぱりわかりません
by よいこ (2012-08-10 09:26) 

hnhk

>そういう一面的な報道では、真実は見えてきません。

権威があったり公正・中立とされるもの(たとえばマスコミ)にすがりたいという気分も、マスコミの偏向を後押ししているかもしれません。
マスコミとかに判断を依存してしまう状態から多くの人が抜け出してほしいです。
そうしないと、繰り返し戦争や原発震災のような大火傷を負わされると思いますので…
by hnhk (2012-08-11 14:31) 

いっぷく

pandanさん、コメントありがとうございます。
線が濃い漫画でしたよね。
漫画家って、総じて西の人の方が線が濃くて
細かい漫画を描きますよね
by いっぷく (2012-08-12 01:54) 

いっぷく

よいこさん、コメントありがとうございます。
そうですね。たとえば、
小林幸子報道も、マスコミは元社長一辺倒なのに
スタッフなどは小林幸子を支持しているそうです。
なかなか真相というのはむずかしいものです。

by いっぷく (2012-08-12 01:55) 

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