戦後史の激動、というテーマのブログでは違和感があるかもしれませんが、次のニュースが興味深かったので、「自分の話」を絡めて考えてみます。
19歳娘の余命、客から知らされた女性…勝訴
読売新聞 7月13日(金)10時17分配信
がんだった娘の余命を看護師が漏らし、経営する飲食店の客から知らされて精神的苦痛を受けたとして、大分市の女性が同市内の病院院長に330万円の損害賠償を求めた訴訟で、福岡高裁は12日、請求を棄却した1審・大分地裁判決を変更し、院長に110万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
犬飼真二裁判長は「院長には看護師が職務上知り得た情報を漏らすことがないよう、監督する義務があった」と述べた。
判決によると、女性の娘はがん治療で同病院に入院、通院。担当の女性看護師は2008年6月頃、余命が半年と分かり、飲食店名とともに夫に漏らした。夫は同店の利用客で、同年7月に来店した際、医師から余命を告げられていない女性に「娘さん、長くないんだって。あと半年なんやろ」などと話した。
娘は同年12月、19歳で亡くなった。
1審は看護師の夫婦間で私的に行われた行為として、院長の責任は認めなかった。これに対し、高裁判決は「勤務場所でなくても、看護師が職務上知り得た秘密を漏らさないよう、監督することができた」として使用者責任を認めた。
女性は院長と看護師夫婦を相手に提訴。夫婦とは和解が成立している。院長の代理人弁護士は「判決文を読んでおらず、コメントできない」と話した。
最終更新:7月13日(金)10時17分
読売新聞
娘の病気自体が受け入れがたいのに、余命が自分の頭越しに第三者に伝わっていたら、そりゃ腹が立つのは当然です。原告の気持ちはよくわかります。
ただ、今まではこうした心得違いに対する「精神的苦痛」は、「道義的責任」としては同情されても、民事的に損害賠償を決めるのはなかなかむずかしかったので、情報の保護という点から判決が出たのは、実に現代らしいなあと思います。
司法の戦後史として、エポックメーキングな出来事といえるではないでしょうか。
ところで、こうした判決があると、昔はよかった、今は世知辛くなった、権利だの情報保護だの裁判だのと窮屈になった、といった意見が必ずといっていいほど出てきます。
たしかに、梶原一騎先生の世界のように、現代の法的制約のもとでは実現がむずかしい名作もあるわけですが、より高度化、複雑化する現代社会は必ずしも「制約」が悪いともいえず、むしろ必然ではないかと思います。
私が、昨年、火災を通して経験した出来事は、
以前も書きましたが、「精神的苦痛と情報保護の法的責任」という観点から、今回の事件と比べて重なるところがありました。
たとえば、火災当日、近所だけど挨拶もしたことのない(つまり私を知らない)婆さんが、私が火をつけたと触れ回ったために、私はその日、意識不明・重体の妻子が担ぎこまれた救急病院にも駆けつけられず、警察に留め置かれてしまいました。
これは、そもそも事実無根なので「情報漏えい」ではありませんが、いずれにしても私の「精神的苦痛」は大変なものでした。
まあ、警察も婆さんのでまかせなど本気にはしていなかったのか、私から事情は聞いたものの、当日の行動についての裏とりはまったくされていません。
ただ、1年たった今でも、近所の方が、「○○さんがご主人を犯人だと言いふらしていた」と教えてくれたり、地域の人でもない知り合いの区議までが、「犯人扱いされて大変だったね」といってくれたりするところを見ると、結構広範に知れ渡っている可能性があるので、私は警視庁に捜査を依頼しました。この件はまだ捜査中ですが、いずれ全容がはっきりするでしょう。
次に、妻の入院先が漏れてしまい、妻が最も会いたくない人々(事情があって絶縁している身内)が強引に多人数で救急病棟に面会に押しかけるという困った事態になったことがありました。これも警察に調べてもらい、情報を漏らした犯人がわかりました。消防署でした。
私としては業腹でしたが、消防署にはお世話になりましたし、妻が最も会いたくない人々も私が断るとそれっきりこなくなったので、この件については何か事を構えることは考えていません。ただ、真相を知りたかったので、その点で警察にお願いしてよかったと思っています。
もうひとつ、マスコミは、私の妻子が死んだという予定稿を書いていたようで、長男の学校名が三大紙のひとつに晒されてしまいました。
このことと、上記の婆さんの件があって、週刊誌が事件性への期待から長男の学校の児童や保護者の実家にまで「取材」に走ったため、学校側は児童の安全確保から集団下校せざるをえなくなり、私たちもその町にはいづらくなって転居しました。もちろん長男も転校です。
新聞社側は、この件で話し合う気はあるようですが、私の方がどうすべきか方針をまだ決めていません。
マスコミを追及できるチャンスですから、「もう過ぎたことだから」で済ませないほうがいいのかなあとは思っているのですが……。
あと、前回は書きませんでしたが、長男と幼稚園が一緒だった子の母親が、たまたま長男の入院先に勤務していました。それで、「ココだけの話だけれど」などといって、幼稚園時代の保護者に長男のことを言いふらしていたことがあとからわかりました。
病院勤務の人が患者情報を漏らす……これは今回の事件同様絶対に許されないことです。
長男は今も月に1度、その病院に通院しているので、それも漏らされているのか、という不安もあります。
私が病院に言いつければ、まずその母親のくびは飛んで問題解決するでしょうが
妻は今も幼稚園時代の保護者とお付き合いがあり
これもどうすべきか結論は出ていません。
ということで、私は「精神的苦痛と情報保護の法的責任」を問える事件を4件も経験したわけです。
私の場合は、火災というめったにない経験ですが、ありふれた日常であっても、そして悪気がなくても、逆に加害者になってしまうことも含めて、こうしたトラブルに満ちているのが現代社会ではないでしょうか。
被害者とすれば、真実の究明や責任追及の道筋を掃き清めるためにも、法的な整備は求められることであるし、またいつ誰が被害者になるかもしれません。
情報漏えいの被害者を経験した者としては、情報保護に厳しくなる傾向は結論として「いいこと」だと思わざるを得ないのです。
2012-07-14 04:19
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コメント(4)
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前の記事も読ませていただきましたが、奥さんや息子さんが無事に退院なさって何よりでした。
でも
今の日本のシステムでは、犯人のプライバシーは守られても、被害者やその家族はマスコミに無防備にさらされることがあると聞いていましたが、こんなに大変なことになるのですね。
お怒りはもっともだと思います。
by よいこ (2012-07-14 11:01)
よいこさん、コメントありがとうございます。
まあ、こういうことは、事を構えるべきなのか、
心の中にとどめておくべきか
よくわからないですね。
わかったのは、ひとつ災難があると、
それだけではとどまらずに
不幸の連鎖があるということです。
by いっぷく (2012-07-15 03:31)
プライバシーの問題は、これだけの情報化社会になると大変な問題になりますよね。
情報を漏らしている人たちに罪の意識が無かったりしますし。
人生が変わってしまうこともあるので本当に怖いです。
by non_0101 (2012-07-15 11:44)
non_0101さん、コメントありがとうございます。
そうなんですね。私もどこかで、逆に
誰かを困らせたり傷つけたりしているかもしれない
ので、気をつけたいなあと思っています。
by いっぷく (2012-07-16 03:46)