『痴人の愛』は谷崎潤一郎の私小説。真面目な電気会社技師が、カフェで見出した13歳年の離れた奈緒美に溺れて破滅するまでを描く物語です。給仕ぶりから素朴な少女と甘く見て溺愛。家事もさせずに贅沢や習い事をさせ、手に負えない小悪魔になってしまいます。
『痴人の愛』は、谷崎潤一郎の名を文壇に知らしめた長編小説です。
真面目な電気会社技師・河合譲治が、カフェの給仕をしていた奈緒美に対して、引きとって世話をして自分の理想とする女性にしたてあげ、自分の妻としてもいい、と企みました。
奈緒美は、順調すぎるほど、河合譲治にとって理想の女性になったはよいものの、逆に河合譲治は派手な生活と男関係に悩まされてしまいます。
あんまりなので、いったんは別れたものの、そのうち未練が生じ、また戻ってきた奈緒美が自分の好き勝手な生活をしても、もはや奈緒美を手放したくなくなり、言いなりになってしまっている、という話です。
原作では、冒頭の3度だけ「奈緒美」と書かれていますが、4度目からは「ナオミ」となっています。
本書は、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
ナオミズムで人生を棒に振った男
主人公の河合譲治は28歳の電気会社技師。
カフェの給仕をしていた13歳年下の少女・奈緒美と出会い、ハイカラな名前と西洋的な顔立ちに、脳内では「ナオミ」とカタカナで呼び、心惹かれます。
河合譲治は、彼女を引き取り、教育をほどこし、身の回りの世話をしてもらいながら彼女を観察し、うまく育ったら結婚しようと画策。
なんとも上から目線で、今だったら、女性を何だと思ってるんだと叩かれそうな話ですが、当時はめずらしくなかったのかもしれませんね。
電気技師で月給150円は、他の職業よりも1桁多い高給取りで、蓄えも貯まっていたために考えられたことです。
ナオミもそれを承諾。
東京の大森に、「お伽噺の家」と表現するような大きな屋敷を借ります。
ナオミには、お稽古ごとをさせたり、活動写真に行ったり、衣装も次々買ってやったり、お馬さんごっこをさせられたりします。
もちろん、家事なんて一切させません。
御飯は店屋物。洗濯も一切しません。
そして、風呂に入れて体を洗ってやり、男女の関係も。
そして、婚姻届も出します。
しかし、そうした溺愛生活で、彼女はカフェ時代の素朴な女性ではなく、贅沢に、そして社交的になってしまいました。
そんなある日、河合譲治が家に帰ると、ナオミが若い男と一緒にいるところを目撃します。
「僕はここで失礼します」と、そそくさと帰る男。
間男でした。
しかも、彼女は男出入りだけでなく、暮らしも贅沢になっていきました。
譲治の給料は150円から400円になり、本当だったらマイホームの一軒も建てて家族を持って、余裕のある暮らしを妻子にしてやれるのに、逆に独身時代の蓄えも底をついてしまいました。
ナオミが男と一緒にいる、という話をしょっちゅう同僚から聞かされますが、それを注意されるとナオミは逆ギレと居直りで話を有耶無耶にします。
そうかと思うと、急に鎌倉に行きたいと言い出し、ひと月ばかり、知人の離れの座敷を借りることになりました。
ところが、そこでもまた男出入りが。
複数の男のうち、慶応大の学生だった浜田だけは、その後改心して、譲治に情報を入れたり相談相手になったりします。
浜田には、近いうち夫婦になろうとナオミには告白されていたが、やはり同じ慶応大学の熊谷の当て馬だったと言われ、譲治は愕然とします。
「そんな事を、………そんな事をナオミが云ったんですね?」
「ええ、云いました。近いうちにあなたに話して、僕と夫婦になれるようにするから、もう少し時期を待ってくれろと、何度も何度も僕に堅い約束をしました。そして熊谷とも手を切ると云いました。けれどもみんな出鱈目だったんです。ナオミさんは初めッから、僕と夫婦になるつもりなんかまるッきりなかったんです」
譲治は彼を憎む気にはなれず、その後一緒に食事までしています。
昨日の敵は今日の友らしい(笑)
「ナオミもナオミだが、私も悪かった。型にはまった夫婦が嫌で、友達のように暮らそうといったから、十分こりたのでこれから改善していきます」
「おふたりは悪くありません。悪いのは、熊谷とそのまわりの男たちです」
譲治は、浜田が本気でナオミに恋をしていたんだなと感じました。
原作から引用します。
「彼女の肌」と云う貴い聖地には、二人の賊の泥にまみれた足痕あしあとが永久に印せられてしまったのです。これを思えば思うほど口惜しいことの限りでした。
32の譲治が、19のナオミにこうも見事に欺かれていたとは……。
それでも、夜になると譲治は、恥も忘れてナオミの肉体に熱中してしまいます。
夫婦の情愛はないのに、本能のままに彼女の肉体に溺れる譲治。
子供を作ろうと言っても、拒否するナオミ。
この頃の譲治は、仕事が手につかず、会社を休むこともしばしばありました。
そして、ナオミを尾行するのですが、ついに、自宅の近くで熊谷と密会したことを突き止めてしまいました。
ナオミは、またしても「堪忍して」と繰り返しましたが、さすがに譲治は、今度は譲りませんでした。
「出て行け」
彼女は、ダメだとわかると、「では御機嫌よう、どうも長々御厄介になりました。―――」
と、至極あっさりと荷物をまとめて出ていってしまいました。
譲治は、ついに解放されたわけですが、しかし、譲治にとってナオミは「体に悪いとわかっていても、飲まずにはいられない強い酒」のようものでした。
憎めば憎むほど美しくなるというのです。
困りましたね。
いざ出ていってみると、さっそく後悔の念。
昔撮った彼女の写真を出してきては、もう気持ちが変わっていました。
「キミが戻ってくるなら、何でも受け入れよう。無条件にひれ伏す。服従する」
譲治は浜田に、ナオミ探しの協力を依頼しました。
しかし、浜田の「調査結果」は、思わしくないものでした。
「河合さん、もうあの人はとても駄目です、あきらめた方がよござんすよ」
「ナオミは何処に居るんです?」
「ナオミさんは、毎晩違う男のところへ行き、そこを宿にしているんです。熊谷といたのは最初だけで、その後は別の男たちを取り替えて……」
「じゃあ、鎌倉でいた男たち全員と」
「そうです。彼女は、全員の共有物として、言うに堪えないひどいあだ名で呼ばれていました」
そんなことに心を奪われているさなか、女手一つで育ててくれた譲治の母親が、脳溢血急逝してしまいました。
墓前で譲治は、「ナオミの色香に狂っていたんだ。今後はまっとうに生きていくよ」と誓いました。
誓ったはずでした。
しかし、その後、ナオミが帰ってくると、結局すべてを許してしまい、むしろそれまで以上に好きにさせることまで譲歩してしまいました。
ま、そんな話です。
ま、そういう人生もあるのでしょう
こういう話って、今も世間ではよくありますよね。
本作は私小説ですが、ナオミのモデルは実在し、谷崎の最初の妻の妹で、女優の葉山三千子といわれています。
谷崎潤一郎は当初、妻の姉がお気に入りで、葉山三千子とも一時期同棲をして、その時の体験がもとで小説ができたとも言われています。
河合譲治は、まさに谷崎潤一郎だったということですね。
ま、たしかに痴人というか、ヘンタイか。
ただですね。対外的には、破綻した人生かもしれませんが、しかし、ある意味、女性にそこまで全身全霊を傾けられる生き方は、その人自身の内心では幸せかもしれません。
たとえば、2007年に起こったオカルト教団の「神世界」の霊感商法事件で、人生を棒に振った、神奈川県警の警視を思い出します。
詐欺罪に問われた傘下サロン役員の女性が、「ちょっとイイ女」(当時の日刊ゲンダイの表現)だったので警視はのぼせ上がって結婚してしまい、詐欺の手伝いをして、せっかく警視まで出世していたのに、人生を棒に振ってしまったのです。
最初は犯罪に手を染めるつもりはなかったとおもいますが、熱中した相手が悪いことをしていので、たとえ悪事でもその人と行動をともにしたいと思ったのでしょう。
そのくらい夢中になれる相手と巡り会えるというのは、なかなかチャンスのあることではないですよね。
たちの悪い異性でも自分にとってはイイ異性。そんな人と巡り合ったらどうしますか。
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人生、いろいろですね
by 赤面症 (2023-09-10 01:29)
ちょうど今、NHK-FM 21°15”〜朗読の世界 谷崎潤一郎「痴人の愛」オンエアされてますね。私は聞き流してますけど
by deepredcocktail2 (2023-09-10 02:49)
谷崎潤一郎さんの容姿から、小説のような官能的な内容は
想像しがたいです。
by 猫の友 メルティー (2023-09-10 05:42)
おはようございます!
とても水着姿とは思えないですね~!
by Take-Zee (2023-09-10 07:34)
一度もそんな経験が無かった人生・・・
でも男と女、逆の話はいっぱいあるか・・・・
哀れになる女・・・よくある話。
その逆だからすごいんですよね~
by HOLDON (2023-09-10 07:43)
こんな人生、羨ましいような恐いようなです(^^
by プー太の父 (2023-09-10 08:58)
今のエロ漫画の根底には昔の文学が流れてるんだな多分(^◇^;)
by pn (2023-09-10 09:17)
こういう人生はありえます
ただ自分はこういうのに意外にたんぱくでしたね
by コーヒーカップ (2023-09-10 19:33)
最初は女性を買う話だったのに、いつの間にか
主従が逆転すると言う(恐)。
教育を受けて物にできるんですから才能はあったと。
by tai-yama (2023-09-10 23:28)