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『運が良けりゃ』山田洋次監督が描く本音で逞しく生きる江戸庶民 [懐かし映画・ドラマ]

『運が良けりゃ』

『運が良けりゃ』(1966年、松竹)を鑑賞しました。山田洋次監督の初めての時代劇作品です。ネットでは、古典落語を下敷きにストーリーを構成と説明されています。私は古典落語は詳しくありませんが、モチーフは川島雄三監督の『幕末太陽傳』の松竹版で、黒澤明監督の現代劇『どですかでん』にも通じる山田洋次監督初期の怪喜劇的要素を見て取れる作品ではないかと思います。



古典落語といえば、熊さんと八っつぁんが出てきますが、この作品は熊さんがハナ肇、八っつぁんが犬塚弘です。

この2人は、東宝クレージー映画にもさんざん出演しているのですが、やはり、あちらは植木等の映画、もしくはクレージーキャッツの映画なんでしょうね。

山田洋次作品に出てくるクレージーキャッツのメンバーは、個々の役者としての技量で勝負しているように思います。

とくに、犬塚弘と桜井センリは、その後も山田洋次監督との付き合いが続き、『男はつらいよ』やその併映作品の常連となりました。

最終作である『男はつらいよ 寅次郎紅の花』では、犬塚弘が、仲直りして奄美大島に向かう、車寅次郎とリリーを乗せたタクシー運転手を演じましたが、無愛想でリアルな運転手として作中クライマックスに貢献していました。

ネタバレ御免のあらすじ


『運が良けりゃ』は、向島裏長屋が舞台です。左官で暴れ者の熊(ハナ肇)と相棒の八(犬塚弘)は、「同僚」であり同じ長屋住まいでもある、公私ともに相棒です。

2人は、娘を売って良心の呵責に苛まれ死のうとしていたクズ屋の久六(桜井センリ)に、井戸の投身自殺を勧めたり、 お金がなくて遊べないと、やや育ちのいい商人の若旦邦・七三郎(砂塚秀夫)を仲間に引き入れて、番頭(藤田まこと)を騙して“ロハ”で遊んだりしています。

ただ、久六に対しては、結果的に自殺を思いとどまらせることができましたし、番頭が高利貸しで貧乏人を苦しめている「バチあたり」であることを確認してから事に及んでおり、自分たちなりの筋は通しているようです。

長屋の“はきだめに鶴”といわれている熊の妹・せい(倍賞千恵子)は、文字が読める肥汲みの吾助(田辺靖雄)に恋心を寄せています。

せいには、五万石大名・赤井御門守(安田伸)の妾奉公にという話があり、長屋住まいの者にとっては“いい話”だったのですが、本人にはありがた迷惑な話。知ってか知らずか、熊は酔って先方に乗り込み話をぶち壊します。

長屋のオーナー・守兵衛(田武謙三)は、差配(今で言う不動産業者兼管理人)の源兵衛(花沢徳衛)に家賃の値上げを命じますが、熊らはそれを無視して家賃の値上げは失敗に終わったものの、熊はそれだけでなく火事騒ぎを引き起こしお縄を頂戴するハメに。

このへんまでは、やや荒っぽいですが、想定内の長屋時代劇のストーリー展開です。

『幕末太陽傳』の松竹版といったところでしょうか。

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しかし、この後から、山田洋次監督初期の怪作ぶりを発揮しだします。

山田洋次監督の“死体イジリ”は定番か


死期が近い守銭奴のおかん婆(武智豊子)は、溜め込んだ小判をあの世にもっていけないかどうか悩み、何と餅に包んで飲み込み、ものすごい形相で喉につまらせて死にます。

その後、熊は、守兵衛が軽い気持ちで言った「死人のかっぽれが、見られるもんなら見てみたい」という一言を受けて、今度はおかん婆の遺体に、かっぽれ踊りをさせます。

山田洋次監督の、死体イジリは、この頃の“お約束”だったのでしょうか。

その前に作られた『馬鹿が戦車でやって来る』(1964年)では、死体をあっちこっち引きずり回していましたが、『喜劇一発勝負』(1967年)では、呼びかけると死体が生き返り、『喜劇一発大必勝』では、死体が棺桶から引きずり出されて踊らされて生き返るというシーンがあります。

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さらに、熊さんは死体を火葬場へ連れて行き、お骨から小判を取り出してみんなで「家賃代だ」と分けています。

八っつぁんは、機転の効く熊さんに比べると、ちょっと抜けている役ですが、その最たるところは、間男に女房が子どもを仕込まれてしまうところです。

それでも、女房は無事出産します。

同作ではそれが“長屋の春”のように描かれています。

生まれる子どもに罪はないけど、倫理的にどうよ、という当たり前のツッコミなど、とっくにこの長屋では超越しているのです。

これはもう、『どですかでん』の世界です。

ナンセンス=くだらない、非倫理=けしからん。

これはリアルな世界の瑣末な価値判断。文芸作品はまた別です。

むしろ、こういう現実離れした快喜劇を観ることで、自分を含めた現代人の生活が、いかに無根拠でつまらない規範や価値観にがんじがらめになって生活しているのか、ということを考えさせてくれます。

人間というのは、もっと自由なものではないのか。

そういう気持ちになります。

思考の緊張が緩むような感じです。

私はあまり時代劇は好みではないので、観る前は少し不安が残りましたが、この『運が良けりゃ』は、その意味で観てよかったと思いました。

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