『手塚治虫が描いた戦後NIPPON』(上下巻、小学館)を読みました。手塚治虫といえば、漫画史を語る上で不可欠な存在てす。上下巻にわたって、激動の戦後史を時系列でなぞるように、高度経済成長時代からバブルまでの期間に描いた世相漫画を収録しています。
手塚治虫というと、私ならやはり『鉄腕アトム』でしょうか。
もちろん、ほかにもたくさん作品はあります。
アニメ番組でお馴染みの、『ジャングル大帝』『リボンの騎士』『火の鳥』『どろろ』『三つ目がとおる』……。
このブログで実写版をご紹介している『ブラック・ジャック』もそうです。
『手塚治虫が描いた戦後NIPPON』は、発行されたのが「戦後70年」という区切りの昨年。
数々の名作・力作の中から、戦後の復興、核開発や自然破壊、左翼運動など、人間の愚かさへの警鐘という視点から描いたをものを収録しています。
今、左翼運動と書きましたが、左翼的立場からの運動が愚かだという意味ではありません。
手塚治虫の政治思想というと、かつて日本共産党の『赤旗』に連載し、どんなに忙しくても、同紙の仕事だけは遅らせなかった、という話を聞いたことがあるので、てっきり左翼的な立場全般に、理解があるのだろうと思っていました。
ただ、それは平和や自然を守る立場での活動に限るものであり、いわゆる新左翼の暴力的な活動には、厳しい目を向けていたことを本書で知りました。
当時は、浅間山荘事件とか、ハイジャックとか、海の向こうでは毛沢東思想がありましたからね。
たとえば、同書下巻の最初に掲載されている『レボリューション』と『おそすぎるアイツ』という2つの作品では、どこかのセクトの闘士が、いろいろ理想を掲げて、暴力的な計画をたてるのですが、結局失敗します。
本書の解説では、「
レジスタンスの結果として明るい未来が描かれたものはない。それは、暴力で得たものは再び暴力で奪われる、と手塚が考えていたからだろう」と書かれています。
革命は暴力で行っても結局結実しない。
慧眼というか、深いですね。
「暴力」とは、今で言う「ヘイトスピーチ」なども含まれるでしょうね。
もっとも、そのこととは別に、1970~80年代は、手塚治虫作品は全体的に暗くなっています。
これも本書の解説ですが、手塚治虫自体が全盛期を過ぎて、会社(虫プロ)の経営も大変だったようです。
その頃、描かれたのが『ブラックジャック』だったわけです。
ですから、『ブラックジャック』は大変おもしろい作品なんですが、劇画ブームに対抗する意図もあって、ほわっとした温かみが欠けていました。
その点で、私がよくご紹介する『加山雄三のブラックジャック』は、放送当時も賛否両論あったわけですが、私は、原作に欠けている温かみが加わった分、新機軸であり評価できると思ったわけです。
【加山雄三のブラックジャック関連記事】
⇒
『加山雄三のブラックジャック』ふたつの愛、加山雄三、村野武範
⇒
『加山雄三のブラックジャック』復讐こそわが生命、音無美紀子
⇒
『加山雄三のブラックジャック』えらばれたマスク、日色ともゑ
⇒
『加山雄三のブラックジャック』灰色の館、入川保則
⇒
『加山雄三のブラックジャック』助けあい、前田吟
⇒
『加山雄三のブラックジャック春一番』秋吉久美子、五十嵐めぐみ
スポンサードリンク↓
これから生まれる女に変わった話
ということで、掲載されている漫画の中から、ひとつ、あらすじをご紹介しましょう。
先ほど挙げた、下巻のトップに登場する『レボリューション』です。
難産で男児を出産した雄谷やす江は、夫に声をかけられ覚醒すると、「私は堀田美奈子です」と言い、夫のことは知らないと答えます。
そして、子どもが生まれたんだよ、と夫に言われると、「徹二さんの子なのね」などと別の男性の名前を言います。
自宅に連れて帰っても、「美奈子」は自分の家ではないといい、自分の実家は山口県である、と具体的に場所も特定します。
そして、そこに住む堀田という男性を父親だというのですが、男性は「あなたは誰ですか?」と言われてしまいます。
そもそも、その男性は31歳。「美奈子」は26歳なので、娘だとすると年齢の辻褄が合いません。
続いて、恋人だという「徹二」の在籍していた大学や、暮らしていたというアパートの場所に行きますが、そのような人物はやはり存在せず、アパートがあるという場所はビルでした。
そのビルで「美奈子」は、脳裏に革命のために東南アジアに行った徹二が浮かび、徹二を追いかけるようにふいに走りだし車にはねられます。
そして、危篤状態になり、「美奈子」はまたやす江に一瞬戻りますが、まもなく事切れます。
夫は、徹二という名前が気になり、自分たちの子に徹二と名づけます。
やす江がなぜ「美奈子」になったのか、
夫は、やす江が「これから生まれる女に変わった」ことに気付いたのです。
山口の堀田という男性からは、自分に生まれた子どもに「美奈子」とつけたとの手紙が届いていました。
要するに、生まれたばかりの「徹二」と山口の「美奈子」が、20年後に知り合い、その時の「美奈子」にやす江が変わった、というSF漫画です。
亡くなった人が、生きている人の体を借りて蘇ったり、タイムマシンで過去や未来に行ったりする話はいくらでもありますが、「これから生まれる女に変わった」という設定は、この漫画が初めてです。
さすが手塚作品。誰でも描きそうなものではなく、先駆的な作品を描いていますね。
上下巻ともお勧めです。
Facebook コメント