『他人の顔』仲代達矢、京マチ子 [懐かし映画・ドラマ]
『他人の顔』(1966年、東京映画・勅使河原プロダクション/東宝)を観ました。安部公房の同名の小説が原作です。脚本も安部公房自身が手がけています。
爆発事故で顔全体に大やけどを負い、ケロイド状の瘢痕を隠すため常に包帯で顔を隠している男、奥山(仲代達矢)は、顔をなくしたことで猜疑心が強くなり、会社の人間や妻(京マチ子)との関係がうまくいかなくなります。そこで医師(平幹二朗)に精巧な仮面をつくらせ、別人となって妻を誘惑しようと計画します。
奥山は他人の顔となったもう一人の自分との二重生活のために、同じマンションの部屋を2つ借りることにします。
マンションの管理人(千秋実)には、知的障害のある娘(市原悦子)がいて、娘はいつもヨーヨーで遊んでいるのですが、あるときヨーヨーが木の枝にひっかかりとれなくなります。
木に登ろうとする娘に仮面をつけた奥山は「やめなさい。僕が新しいものを買ってあげるから」と約束するのです。
しかし、顔中に包帯を巻いた奥山が借りたほうの部屋に娘がたずねてきて、「おじさん、ヨーヨーいつ買ってくれるの」と催促に来ます。仮面を娘に簡単に見破られたことに、奥山は動揺します。
このあと毎日顔を合わせていた会社の秘書と会うのですが、秘書は仮面をつけた奥山を別人と思い「守衛を呼びます」と追い返します。
仮面をつけた奥山は秘書が自分だと気づかないことで自信をつけ、他人のふりをして街を歩く妻に声をかけます。
妻はそのあとの誘いも拒まず、出会いから数時間で関係を結ぶのですが、奥山はこの簡単すぎる姦通に耐えられず、嫉妬から妻をなじり自身の仮面を剥がそうとします。
しかし、妻は、「初めからわかっていた」と背を向けます。
妻が不貞を働いたわけではないことを知った奥山は、もう一度関係をやり直したいと懇願しますが、自分に恥をかかせ罵倒した奥山を妻は許せず立ち去ります。
イタズラ心かもしれませんが、そりゃそうですよね。
一人残された奥山は、仮面の自分は誰でもない他人なのだと自分に言い聞かせ、次第に人格や理性までも破綻していくのでした。
映画のラストは原作とは違っていますが、気になる方は映画版でご確認ください。
サイドストーリー、入江美樹の美しさも必見
奥山がつけている仮面は、知人でも気づかないほどの精巧さという設定です。
仲代達矢は、仮面をつけているという前提で素顔で演技をしているわけですが、妻に仮面の下の顔を見せようと、仮面を半分まで剥がしかけたシーンでは、どこからどこまでが仮面で、どこからが素顔の仲代達矢なのか、見ているものに不自然さを感じさせません。
仲代達矢の演技も素晴らしいのでしょうが、小道具の技術も大変優れていると思いました。これはひとつの見どころと言えます。
映画にはサイドストーリーとして、顔の右半分に醜いケロイドのある娘(入江美樹)と、その兄(佐伯赫哉)の物語がところどころに挿入されています。
奥山が以前観た映画の回想のようです。
娘は旧軍人精神病院で働いているのですが、この病院に入院している男の一人が田中邦衛。
突然「空襲警報ー!」と叫ぶと、まわりの患者たちはいっせいにその場に伏せて動かなくなります。
精神病院では本当にこうしたことが日常的にあるのでしょうか。
この映画のヒロインは京マチ子ですが、入江美樹の美しさも必見です。
ファッションモデルとしても活躍していただけあって、その端正な顔立ちに思わずみとれてしまいます。
それだけに右半分のケロイドと左半分の美しさとの対比が際立ちます。
娘がなぜ口癖のように「戦争はこないわね」と語るのか、兄と2人で海辺の旅に出かけたきっかけなど、詳しいことは何も語られていないのですが、メインストーリーよりもこちらのほうが印象に残るというレビューもありました。
安部公房は、自身の小説の『砂の女』『他人の顔』『燃えつきた地図』を「失踪三部作」としているそうです。
他の2作品も映画化されています。いずれも監督は勅使河原宏、脚本は安部公房ですから、機会があれば見比べてみたいと思います。
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