佐田豊の誕生日に『クレージー黄金作戦』を改めて鑑賞する [東宝昭和喜劇]
佐田豊という、かつての東宝の端役俳優がいました。今日はその佐田豊の103歳の誕生日にあたります。現在何かに出演しているわけではありませんが、亡くなったという報道もありません。そこで、独断で“俳優の最長老”の誕生日とし、過去に出演した『クレージー黄金作戦』を鑑賞しました。

Google検索画面より
作家や俳優というのは、ライセンス制でも登録制でも認可制でもありません。
そのため、現役であるか廃業したかの判別も難しく、現役と称してもその評価はむずかしいところです。
いったん引退興行で稼いだ歌手が、しばらくたってからまた復帰することがよくあります。
あれはおかしいと思いますが、詐欺だと法律で罰せられるわけではありません。
少なくともそういう訴えられかたをした人はいません。
また、会社員が「私は作家なのだ」と言っても、それは嘘だと法律で罰せられるわけではありません。
かといって、何の実績もない人を、作家なり俳優なりとして見るわけにも行きません。
では、かつて実際にその仕事をしていたけれど、ここ何年もずっと仕事のない方をどう見たらいいのでしょうか。
今回の佐田豊については、“かつてはバイプレーヤーとして活躍された俳優”という、現役か「元」かをぼかしたご紹介をさせて頂こうと思います。
まあ、存命であっても今からまた仕事をする可能性はないかもしれませんが。
佐田豊は、まだ映画会社が自社製作を積極的に行い、専属の俳優を抱えていた頃、東宝の専属俳優として活躍しました。
ただ、多くの作品は、「警官」とか「新聞記者」など、役名もなくキャラクターも明らかではない端役でした。
でも、映画ファンならご理解いただけると思いますが、顔なじみの人が端役で出演していると、作品に対する親しみが湧いてくるんですよね。
黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)では、子供を誘拐される運転手という、端役というには重い役をつとめています。
ちなみに、私は三船敏郎の作品を全て見ているわけではないのですが、セリフがもっとも自然で、一番役にハマッていたのがこの作品ではないかと思っています。
私がこのブログでご紹介してきた、東宝クレージー映画シリーズにも比較的多く出演しています。
たとえば、昨年7月14日の「高輪虎屋、名物の茶釜型建物を『クレージー黄金作戦』で思い出す」という記事では、『クレージー黄金作戦』(1967年)で、舞台となった老舗の煎餅屋を見に行きました。

『クレージー黄金作戦』より

現在の同じ場所
その煎餅屋の番頭を演じたのが佐田豊です。
『クレージー黄金作戦』を今回改めて観直しました。
かんたんにストーリーを振り返ると、住職の植木等、国会議員のハナ肇、医師の谷啓が、それぞれの事情から渡米するのですが、飛行機の席が一緒になったことが縁で、ラスベガスへ行くことになる話です。
その中で、ハナ肇は実家が煎餅屋で、店を守っているのが飯田蝶子。番頭が佐田豊です。
派閥の長老議員(石山健二郎)から、外遊を勧められたハナ肇。
しかし、それは汚職の責任をハナ肇になすりつけ、ほとぼりが覚めるまでマスコミから本人を遠ざけ、かつ本人の口をふさぐ目的でした。
当日早朝、ハナ肇がすでに出発してから朝刊が届き、ハナ肇に汚職の疑いがあることをかきたてた新聞をもって、佐田豊番頭は「若旦那が大変です」と、おかみさんの飯田蝶子に報告。
2人は慌てて羽田空港にハナ肇を止めに行きます。
空港についた時、タクシーが完全に止まらないうちからドアを開けて佐田豊が降り、飯田蝶子を促すシーンがあります。

『クレージー黄金作戦』より
それだけ急いでいる、ということを演じているわけですが、ちょっとタイミングを間違えると、怪我をするかもしれません。
もし怪我をしたら、きっと別の大部屋俳優がとって代わって事なきをえていたでしょう。
考えてみると、主演や、主演とともにストーリーを転がしていく助演は表彰されますが、端役やエキストラには賞はありません。
たとえは適当でないかもしれませんが、精巧な機械ほど、たくさんの部品でできており、どんなに小さな歯車でも、ひとつでも欠けたらきちんと動かなくなります。
佐田豊に限らず、端役の存在に、光を当てる映画評論があってもいいのではないかと、『クレージー黄金作戦』を観直して改めて思いました。

Google検索画面より
作家や俳優というのは、ライセンス制でも登録制でも認可制でもありません。
そのため、現役であるか廃業したかの判別も難しく、現役と称してもその評価はむずかしいところです。
いったん引退興行で稼いだ歌手が、しばらくたってからまた復帰することがよくあります。
あれはおかしいと思いますが、詐欺だと法律で罰せられるわけではありません。
少なくともそういう訴えられかたをした人はいません。
また、会社員が「私は作家なのだ」と言っても、それは嘘だと法律で罰せられるわけではありません。
かといって、何の実績もない人を、作家なり俳優なりとして見るわけにも行きません。
では、かつて実際にその仕事をしていたけれど、ここ何年もずっと仕事のない方をどう見たらいいのでしょうか。
今回の佐田豊については、“かつてはバイプレーヤーとして活躍された俳優”という、現役か「元」かをぼかしたご紹介をさせて頂こうと思います。
まあ、存命であっても今からまた仕事をする可能性はないかもしれませんが。
佐田豊は、まだ映画会社が自社製作を積極的に行い、専属の俳優を抱えていた頃、東宝の専属俳優として活躍しました。
ただ、多くの作品は、「警官」とか「新聞記者」など、役名もなくキャラクターも明らかではない端役でした。
でも、映画ファンならご理解いただけると思いますが、顔なじみの人が端役で出演していると、作品に対する親しみが湧いてくるんですよね。
黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)では、子供を誘拐される運転手という、端役というには重い役をつとめています。
ちなみに、私は三船敏郎の作品を全て見ているわけではないのですが、セリフがもっとも自然で、一番役にハマッていたのがこの作品ではないかと思っています。
私がこのブログでご紹介してきた、東宝クレージー映画シリーズにも比較的多く出演しています。
番頭役としてさりげなく好演
たとえば、昨年7月14日の「高輪虎屋、名物の茶釜型建物を『クレージー黄金作戦』で思い出す」という記事では、『クレージー黄金作戦』(1967年)で、舞台となった老舗の煎餅屋を見に行きました。

『クレージー黄金作戦』より

現在の同じ場所
その煎餅屋の番頭を演じたのが佐田豊です。
『クレージー黄金作戦』を今回改めて観直しました。
かんたんにストーリーを振り返ると、住職の植木等、国会議員のハナ肇、医師の谷啓が、それぞれの事情から渡米するのですが、飛行機の席が一緒になったことが縁で、ラスベガスへ行くことになる話です。
その中で、ハナ肇は実家が煎餅屋で、店を守っているのが飯田蝶子。番頭が佐田豊です。
派閥の長老議員(石山健二郎)から、外遊を勧められたハナ肇。
しかし、それは汚職の責任をハナ肇になすりつけ、ほとぼりが覚めるまでマスコミから本人を遠ざけ、かつ本人の口をふさぐ目的でした。
当日早朝、ハナ肇がすでに出発してから朝刊が届き、ハナ肇に汚職の疑いがあることをかきたてた新聞をもって、佐田豊番頭は「若旦那が大変です」と、おかみさんの飯田蝶子に報告。
2人は慌てて羽田空港にハナ肇を止めに行きます。
空港についた時、タクシーが完全に止まらないうちからドアを開けて佐田豊が降り、飯田蝶子を促すシーンがあります。

『クレージー黄金作戦』より
それだけ急いでいる、ということを演じているわけですが、ちょっとタイミングを間違えると、怪我をするかもしれません。
もし怪我をしたら、きっと別の大部屋俳優がとって代わって事なきをえていたでしょう。
考えてみると、主演や、主演とともにストーリーを転がしていく助演は表彰されますが、端役やエキストラには賞はありません。
たとえは適当でないかもしれませんが、精巧な機械ほど、たくさんの部品でできており、どんなに小さな歯車でも、ひとつでも欠けたらきちんと動かなくなります。
佐田豊に限らず、端役の存在に、光を当てる映画評論があってもいいのではないかと、『クレージー黄金作戦』を観直して改めて思いました。
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