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「親子の対立ビジネス」の真相

親と娘

「親子の対立ビジネス」が、最近の芸能界では新しいビジネスモデルらしいですね。より具体的にいうと、母親と娘の確執を、タレントや著名人などの娘が暴露するという“ビジネス”です。他人の対立と違い、血縁の対立は逆に、価値観が合いすぎる、すなわち、子が親の価値観を否定出来ないための確執ともいえます。

20日の『Yahoo!ニュース』で、こんなタイトルの記事が出ました。

“毒母”とのバトル「命がけで自分の理想像、押し付けられ」…女たちの苦闘
産経新聞 8月20日(木)17時5分配信

リンク切れするのでリンクは貼りませんが、昨今は、「毒親」「毒母」という言葉も使われ、母との確執を告白するような半生記が上梓されるようになったと書かれています。

このブログでは、小川真由美の娘が、ちょっと変わった人である母親を暴露する手記をご紹介したことがありました。

「ポイズン・ママ」の小川真由美と小川雅代

当該ニュースでは、同書も画像で紹介されています。

記事は、有名無名を含めて、何人かの「母との確執」をまとめていますが、その原因は、母親の「自己満足の愛情」や「依存や束縛」、「距離感が近いからこそ、他人なら気にならないようなこともストレスにつながりやすい」といったことが書かれています。

ただ、こうした記事や確執については、嫌悪感を抱く人も少なくないようです。つまり、

そんな確執や感情は親不孝だ。子は無条件に親を敬うのが当然だ

という、一見道徳的だけれども、実は紋切り型の非合理な意見です。

親子とはいえ、別人格なのですから、意見や生き様に違いはあって当然であり、むしろ「親」という前世代の価値観を持つ人間を否定できるぐらいの「子」でなければ、新しい時代を担える人とはいえません。

だいいち、その言い分なら、しばしば三面記事に出てくる、親が子に手をかける事件はどうなのでしょうか。

相手が親なら、子どもはそれを受け入れなければならないのでしょうか。

世の中には、人格や倫理観などに問題のある親だっているのです。

もとより、人間は間違い得るものです。

親だからというだけで、すべてを正当化することは、非合理きわまりないことなのです。

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“母子の対立”は杉本彩のトラブルを思い出す


記事では、「こうした“母と娘の確執”の存在が広く認識されたのは平成25年頃だ」と書かれていますが、私が知る限り、これは認識が違うように思います。

少なくとも芸能ニュースとしては、2011年、つまり平成23年に、杉本彩の母子確執が、ワイドショーや女性週刊誌でとりあげられています。

杉本彩の母子トラブルを振り返ってみましょう。

ちょうど今ぐらいの時期(同年8月31日)に、杉本彩が、個人事務所のマネージャーと再婚したことを発表。

それだけにとどまらず、9月6日に更新したアメブロの公式ブログでは、「私の結婚を喜ばない家族たち」というタイトルで、母親らの悪口に2万字を費やしました。

杉本彩によると、妹とその内縁の夫に化粧品会社の経営を任せたものの、経営方針をめぐって妹の内縁の夫と対立。会社は約1年後に倒産しました。

杉本彩は、妹と同居していた母親の仕送りを止めたことで、母親は杉本彩に酷い暴言を浴びせるようになったそうです。

母親は、杉本彩の再婚相手について、「うちの家柄とは合わないです。私は結婚を認めません」「あんな男性を松山家に入れるなんて、とんでもないですよ」と、週刊誌(『週刊女性』2011年9月20日号)で罵倒しています。

が、一見口汚く言い争っている互いの言い分を聞くと、そもそも価値観の違う対立には見えませんでした。

要するに、2人の争いの原因は「カネ」なんです。

母親はお金で娘を罵倒し、杉本彩も会社の経営という利益の問題で内縁の夫と対立しました。母子ともに「金銭感覚に厳しい」ことが、カネをめぐる対立になっているわけで、娘は母親のそれを受け継いだだけの話ですから、母親は自業自得のように見えます。

娘は、母親の世界観を否定して、母親離れをすればいいだけの話ではないでしょうか。

たとえば、「家柄」だの、「○○家」だのと、現在の法律では通用しない価値観を振り回す母親に道理はありません。

しかし、杉本彩は、最初の結婚も2011年の結婚も、配偶者に松山姓を名乗らせています。

要するに、杉本彩は、母親の世界観を卒業していないと思われます。

だから、母親も安心して、杉本彩の「造反」をマスコミを使ってたしなめていたのではないでしょうか。

結論


身内のイザコザというと、「嫁と姑」は以前からありましたが、母子の対立は、高齢化社会、核家族化など、よりこんにち的な社会事情の反映とも言えます。

前者は、そもそも他人であるがゆえに「合わない」から起こり得ることですが、後者は逆に、実の親子であるがゆえに「似ている」ことが原因であるように思います。

その解決は、親を否定できるか、距離を置けるか、というところにあるのではないでしょうか。

否定といっても、どんな親でも親は親。親が親であることを否定しろということではなく、その価値観や人生設計への干渉に対して、是々非々の対応が取れるか、ということです。

それには、無条件に「子は親に従うべき」というような、旧弊な観念論を克服するのはもちろんのこと、どう生きたいかという、自分自身の人生観をきちんと確立できるかどうかにかかっているのだろうと思います。

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