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発達障害の親グループ(Facebook)に入ってみた率直な感想 [パソコン・ネット]

発達障害の親のグループというのがFacebookにいくつかありました。パッと見ただけでは違いがわからないので、欲張ってその全てに入ってみました。今日はタイムランの未読処理をしていたのですが、投稿をよく読んでいるうちに、驚き戸惑ってしまいました。ブログやFacebookの投稿全般に教訓とすべきことも含まれているので、今回はそのことについて率直に書いてみます。

発達障害

さて、私の長男は遷延性意識障害からは回復したものの、高次脳機能障害が残り、子どもの高次脳機能障害は自動的に発達障害と扱われることから、発達障害の情報を得ようと、冒頭のように発達障害の親のグループに入りました。

……が、この投稿が、もちろん全部ではありませんが、一部が予想以上に……ひどい。

たとえば、ある人は、発達障害の子どもを巡って夫と夫婦喧嘩をしたが、いかに自分が正しいかを、実名が出ているのに延々と書いています。

夫婦げんかの真相以前に、そんなことで実名が出てしまったら夫の社会的立場はどうなるのでしょうか。

というか、自分自身が、世間からどう思われるかを考えないのでしょうか。

ネットは、誰がどういう価値観で閲覧しているかわからないし、記録も残るのです。

それだけでも、この人は、ネットユーザーとして、そして家庭を守る主婦として疑問符がつきます。

またある人は、放課後デイサービス(障がい児の学童的預り)の予約が取れないことをうらみ、他の子どもは何処が悪いのかわからないのに利用していると憤っています。

そういうサービスは、障害児施設受給者証を使っているのですから、何でもない人が利用することはあり得ないはずですけどねえ。

お子さんで苦労されている立場や気持ちはわからないでもないのですが、ことほどさように、自意識過剰と独善的な主張が私の理解を超え、人としてみてはいけないものを見てしまったような気がしました。

本当に発達障害が原因なのか


中でも、いちばん気になったのはこの投稿です。

連れ子の投稿

発達障害の連れ子がいて再婚した女性が、かねてから不仲だった姑に、子どもが「バカ」と言われたことが原因で大喧嘩。

夫に、「自分を取るか母親をとるか」と迫り、自分を選択させたという話が、実名で(汗)長々と書かれ、それに対して、「勝利」を祝うコメントがゾロゾロ連なっているのです。

さすがに私は、儀礼的にでも「いいね!」を押す気になれませんでした。

なぜなら、少なくとも投稿主は、「発達障害」を便利に使っていると思われるからです。

おそらく、本質は「発達障害」ではなく、たんなる「連れ子」や「嫁姑」の問題でしょう。

再婚した当事者の夫ならともかく、その母親に、連れ子を孫として関わらせること自体、姑が困惑しても仕方ないことだと思います。

他人のお子さんなんだからさ。

たぶん、この投稿主は、その不満をそのまま書いても周囲の理解を得られないと思い、姑が「発達障害に無理解」であるということを前面に打ち出しているのです。ちょっとずるいよね。

また、この投稿が事実なら、姑もその可能性があります。

嫁の連れ子を孫として可愛がれ、と言われてもその気になれない。

かといってそれでは、人として冷たいというそしりを受けるかもしれないし、がんぜない子どもに対して自分も何となくバツが悪い。

そんなとき、「障がい」が、自分が子どもに心を通わせられない口実として「よりまし」と思ったのかもしれません。

いずれにしても、「連れ子」という客観的な問題を後景に退けて、「障がい」を自己正当化に利用しているのです。

そういう意味では、発達障害のグループの投稿として、むしろあってはならないものではないかと、私は腹がたちました。

何のためのコメントなのか


にもかかわらず、コメントには、賛同がずらーっと続くのです。

なんで、実際に見てもいない他人の生活について、一方的な報告に賛同ばかりが続くのか。

なんで?

「それ、ちがうんじゃない?」とか、「お姑さんの立場から考えてみたことある?」とか、諫言するコメントがひとつとして入らないのが不思議で仕方ありませんでした。

このグループの個々のメンバーのつながりまでは私はわかりませんが、言いにくいことを言い合える関係こそが人づきあいにとって求められる信頼関係ではないでしょうか。

なぜこの話を書いたかというと、このグループにかぎらず、「荒らし」や「誹謗中傷」の拡大解釈か自主規制で、ブログやFacebookのコメント全般に、独自の意見を書いてはいけないような風潮があるからです。

残念ながらSo-netブログについても、たまにこうした傾向(賛同コメントばかりが続き多様ではない)を感じることがあります。

きっと、オフ会をやって顔見知りになったことで、逆に踏み込んだことが書けないんじゃないかな。

でも、それでは、永遠に“本当の友人”にはなれないと私は思います。

中川淳一郎氏の『縁の切り方 絆と孤独を考える』という書籍を以前ご紹介しましたが、この人なら騙されても仕方ない、と思えるほどの信頼をおける人こそが本当の友人だとするなら、この発達障害の親グループのつながりってなんだろう、と思いました。

まあ、これはあくまで私の意見で、言葉だけのうすっぺらい同意でもいい、お世辞を言い合ううわべの付き合いでも「友人」だ、という人もいるでしょうから、そこは人それぞれかもしれません。

ただ、私の印象では、お子さんが発達障害でも軽度の人ほど、自意識過剰で自分が不幸と思い込んでいる傾向を感じます。

軽度で普通学級との距離が近いばかりに、自分のお子さんがそこにうまく入れないことの不満が募るのかもしれません。

その不満が、『母親やめてもいいですか』の著者のように、発達障害の娘を愛せず、不倫に逃避するような展開になるのでしょうか。

でもねえ、はっきり言わせていただきますよ。

遷延性意識障害や、
重度の高次脳機能障害に比べたら、
それは間違いなく「よりまし」なんですよ。

にゃろう

少なくとも当事者の親である私はそう思います。

自分が不幸だと思う方は、そんなところで同意を得る書き込みをしている時間とエネルギーを、社会と人間をもっと広く見渡すことに使っていただきたいです。

それと、上記のような内容をどうしてもぶちまけたいのなら、Facebookではなく、mixiなどよりクローズな場にすべきです。

Facebookは、SNSといっても不特定多数に見られ、投稿がコンテンツとしての性格を持ちます。

そんなところに、夫婦げんかの一方的な投稿をする見識が理解できません。

これは、ネットユーザー一般にもいえることです。

ブログ、ネット掲示板、ツイッター、Facebook、mixi……

特性は異なるものですが、きちんと違いを認識して利用しているでしょうか。

いずれにしても、お子さんに障がいがある人は、親も世間から見られているんだ、ということは忘れずに振る舞ったほうがいいと思いますね。


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