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夫婦別姓判決の日に『渡る世間は鬼ばかり』観終わる [懐かし映画・ドラマ]

渡る世間は鬼ばかり

夫婦別姓裁判の判決が、予想以上に話題になっています。夫婦別姓を認めないことや、女性にだけ離婚後6カ月は再婚を認めない民法の規定について、最高裁判決は、夫婦同姓規定を「合憲」、100日を超える部分は「違憲」としました。「ナニナニ家」の「跡取り」の話が出てくる『渡る世間は鬼ばかり』第1部を観終わりましたので、合わせて自分の考えを書いてみます。

相変わらず「ナニナニ家」と「長男」と「跡取り」の話




『渡る世間は鬼ばかり』全16巻(第1部、48話)観終わりました。

相変わらず、「ナニナニ家の跡取り」という岡倉節子(山岡久乃)の考え方が、騒動を引き起こすドラマツルギーです。

四女の葉子(野村真美)は、洋次(唐沢寿明)と結婚しますが、岡倉夫妻が「誰を跡取りにするか」という観点から、四女を跡取りと勝手に決めて岡倉の家に住まわせます。

しかし、そこで洋次の母親(本山可久子)が、「洋次は婿養子ではない」といちゃもんを付け最初からケチが付き、「岡倉家」のしきたりに従わせようとする節子(山岡久乃)と洋次夫婦の関係も悪くなり、結局ハワイの伯母・珠子(森光子)のところに夫婦は行ってしまいます。

すると、今度は岡倉夫妻は、やっぱり跡取りは五女・長子(藤田朋子)だとご都合主義的に考えをかえますが、長子(藤田朋子)は大学時代から付き合っていた友人が、長男だからということで親に言い出せないうちに後輩の女性にとられてしまい、子連れの男・遠山(香川照之)との結婚も反対され、いったんは家を飛び出します。

子連れだから苦労するということもあるでしょうが、岡倉夫妻は、「大学を出てないから吊り合わない」とも言っていました。

なんだかんだ言って、「岡倉家の跡取り」としてふさわしいかどうかが、評価の基準になっているのです。

まあ、そんな感じで、長男だからどうした、ナニナニ家は誰が守る、という話が、5人姉妹大なり小なりどこでも延々と続いていました。

家制度の考え方を引きずる限り、長男もしくは末娘にとばっちりが行くということが、よくわかるドラマです。

一定のリアリティがあり、ドラマとしてはよくできていると思いますが、そういうドラマツルギーが成立する現代の日本は、まだまだだなあと思います。

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「別姓」の理由は?


私は再三書いていますが、戦後、民法が改められ、家制度から家族制度に法律もかわったのですから、いつまでも、ヤクザ一家のような「ナニナニ家」の概念を引きずるのはやめてほしい、という考えを強くもっています。

その立場から、夫婦別姓について述べますと、漠然と賛成している人にも、反対の人にも、賛成できない、ということになります。

つまり、何のための「別姓」なのかが大事で、一口に「別姓」論者と名乗っても、味噌と糞(失礼)は分けますよ、ということです。

家制度⇒家族制度⇒より個人に力点をおいた家族制度

という方向性に基づく「一里塚」としての別姓なら賛成ですが、無条件に別姓のほうが素晴らしい、とは思いません。

一部の国々のような、「嫁は他人」という考え方の「別姓」よりは、現在の我が国の「夫婦平等の同姓」の方が、より女性を尊重した家族として合理的な制度であることは確かです。

ですから、それを否定する必要はないのです。

ではなぜそこで、「さらに」(選択的)別姓に踏み込むのか。

それには、旧弊な家制度を完全に否定する大義をもたなければ理屈が通りません。

「ナニナニ家」という概念を残そうとするから、「家族」としてどちらを名乗る「べき」かの事大主義にとらわれるのです。

結婚して、どちらかの姓を名乗らなければならないというのは、「家」の概念があるからです。

だからこそ、結婚後は、どっちの「家」の継承なのかという話になり、夫婦がバラバラな姓を名乗ることは許されないはかりでなく、だったら夫婦統一して「第三の姓」を名乗るなんていうアイデアがあってもいいはずなのに、そういう話もでてこないわけです。

家制度は過去のものであるはずなのに、いまだに私たちの価値観には因習的に残っている。

その矛盾と向き合わずして、目先の利益や観念だけで夫婦「別姓」を求めるのは、その人たちの意図や自覚がそうでなかったとしても、為政者に時代逆行のテコにされてしまう可能性もあります。

私はそれを心配しているのです。

明治民法ができる前は、我が国も「夫婦別姓」でした。

ただし、「嫁は他人」という意味の…。

その時代に戻りたいのか。そうでないのなら、制度を変えるには、理念が抜け落ちないようにして欲しいと私は思うわけです。

まあ、時代発展は不可逆的だと思いますから、全く同じにはならないでしょうけどね。

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