『超初心者のための落語入門』(安原眞琴監修、主婦と生活社)を読みました。同書の構成は、タイトル通り、これから落語を知りたいという人のための導入的な内容が網羅されています。落語の楽しみ方やTips、名作古典落語32選の梗概と「観どころ聞きどころ」、現在第一線で活躍する各協会の精鋭落語家、寄席や落語家のユニット紹介、前座時代を振り返ってもらうインタビューなど興味深い読み物が満載です。
先日の記事で、『「視聴率」50の物語~テレビの歴史を創った50人が語る50の物語』(ビデオリサーチ編、小学館)というインタビュー集をご紹介しました。
その中で、フジテレビ常務・大多亮氏が、自身のドラマづくりの素地には落語と音楽があり、ストーリーの普遍性や人が感動するリズムを教えてもらった気がすると話していたので、さっそくこの入門書を読んでみたわけです。
『「視聴率」50の物語』から『東京ラブストーリー』を思い出す
私は、落語については全くわかりません。
最後に落語を観に行ったのが、東京江東区にあった円楽一門の「若竹」ですから、もう30年近く前の話です。
ただ、羽織袴と、扇子や手ぬぐいなど僅かな小道具だけで演じられるというのは、プロレスラーが、タイツとリングシューズだけで、世界のどこのリングでも仕事をするように、魅力的だなあとは思っていました。
まあ、落語家の場合は、所属する協会と席亭との関係で、仕事が出来る範囲はプロレスラーのように「どこででも」というわけにはいかないのでしょうが。
先日、ご紹介した
桂小金治は、協会をやめて俳優専業になったため、「フリーの落語家」を自称したそうですが、落語家の世界にフリーランスはありません。
つまり、作家や俳優にあり得る「自称」は存在しない世界なのです。
そう考えると、職業としてはこんなに信用できるものはないですね。
さて、同書の構成は冒頭に書いたとおりですが、たとえば、Tipsには、「大喜利は落語ではない」という囲みがあります。
今はテレビで寄席番組がないので、そう誤解している人がいるのかもしれませんね。
「32選」は、ちりとてちん、時そば、明烏、芝浜、火焔太鼓、文七元禄、目黒のさんま、大工調べ、幾代餅、黄金餅、など、私でも知っているお馴染みの作品が紹介されています。
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落語をベースにした映画やドラマ
32選の中には、映画やドラマにそのまま使われている噺もあります。
幾代餅(いくよもち)
米搗き屋(精米店)の奉公人が、幾代という太夫に上り詰めた遊女を好きになります。
が、奉公人の小遣いでは身請けどころか通うこともできません。奉公人はそれを太夫に打ち明けると、太夫は奉公人の嫁になることを決意。2人は餅屋を開業して成功する話です。
商家のしがない奉公人が、高嶺の花だった吉原の太夫を嫁にもらう、一方で遊女でも堅気の男と所帯を持って幸せになれるという、男女ともにウインウインな夢のある話なので、映画やドラマの恋愛ものはこれがベースになっているストーリーが多いですね。
そのものズバリは、『水戸黄門』(第7部)の32話で、太夫を野際陽子、奉公人を松山省二が演じた話が印象に残っています。
『
コードナンバー108 7人のリブ』でクールなキャラクターを演じていた野際陽子が、ここでは一転して心優しい太夫を演じたのが印象深かったのです。
フアミリー劇場サイトより
黄金餅
身寄りもない老人・西念は相当の小金をため込んでいます。世話を焼いてくれる金兵衛にあんころ餅を買わせ、「一人で食べたいから帰ってくれ」と追っ払うので、腹がたった金兵衛は外から覗き見をすると、西念は餡を取り出してかわりに小判を入れて食べ、喉につまらせて死んでしまいます。
金兵衛は長屋の連中を集めて形ばかりの弔いを行った後、火葬人に「ナマ焼け」と注文して、焼いた亡骸から小判をいただき、餅屋を開業して成功するという話です。
これは、以前ご紹介した映画『運が良けりゃ』に出てくるシーンです。
『運が良けりゃ』より
『運が良けりゃ』山田洋次監督が描く本音で逞しく生きる江戸庶民
西念は守銭奴のおかん婆(武智豊子)、火葬人は渥美清、小判をいただくのは熊(ハナ肇)、あんころ餅を買ってきてあげるのは熊の妹・せい(倍賞千恵子)という設定です。
『運が良けりゃ』は、底辺に生きる人間のしたたかなエネルギーを描いた作品なので、まさに「悪銭身につく」この黄金餅こそが作品全体のベースにあるのだろうと思います。
お見立て
吉原の花魁・喜瀬川は、せっせと通う杢兵衛が嫌で仕方ありません。若い衆の喜助に「病気だと言って追い返してくれ」と言います。
すると杢兵衛は「見舞ってやらないと」と食い下がるので、喜瀬川の言いつけに従って「亡くなった」というと、なんと墓参りをしたいと言い出す始末。
喜助は適当な墓を選んで「これです」と選んだものの、すぐにニセモノとばれます。「本当の墓はどれだ」と杢兵衛に迫られた喜助は、「よろしいのをお見立て(ご指名)願います」
「傾城に誠なし」がテーマにした作品です。
『幕末太陽傳』のラストで、佐平次(
フランキー堺)が、こはる(
南田洋子)に熱心な杢兵衛大尽(市村俊幸)と全く落語と同じ展開になっています。
『幕末太陽傳』居残り佐平次がデジタル修復版で蘇った
『幕末太陽傳』より
結論
こうしてみると、落語のおかしさというのは、テレビのバラエティ番組の「笑い」とは全く質の違うものだということがわかります。
「幾代餅」のようなハッピーエンドだけでなく、「黄金餅」のようなブラックな描き方や、「お見立て」のような世の中のシビアな面を見せるものもあります。
安易にキレイ事や偽善にまとめず、世の中や人間の厳しさ、はかなさを奥の深い笑いでまとめる落語は、けだし、物語の普遍的な根幹になり得るものです。
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