『坊っちゃん』(1977年、松竹)を観ました。日本文学史上に残る夏目漱石の原作で、すでに何度も映画やテレビドラマ化されていますが、今回は中村雅俊主演版です。山嵐役に地井武男のほか、米倉斉加年、岡本信人、湯原昌幸、大滝秀治、荒木道子、宇津宮雅代、五十嵐めぐみなどが出演しています。(画像は松竹『坊っちゃん』より)
『坊っちゃん』のストーリーは今更書くまでもないと思います。
中村雅俊が、『
俺たちの旅』(1975年~1976年、ユニオン映画/日本テレビ)で、オンリーワンのキャラクターを確立しました。
このまま青春ドラマが続くのかとおもいきや、その後はNHKの大河ドラマに出演。
その間、青春ドラマ枠は、神奈川県の鎌倉を走る江ノ電を復興させたと言われている『俺たちの朝』(1976年~1977年、東宝/日本テレビ)が好評で放送回数が延長され、中村雅俊はしばらく青春ドラマから遠ざかりました。
その間に上映されたのが本作です。
もっとも、「坊っちゃん」は喧嘩っ早いキャラクターですが、そこは松竹の文芸作品映画ですから、おとなしめ。
『俺たちの旅』の津村浩介(カースケ)のように、心の影や寂しさや挫折といったむずかしいキャラクター設定にはなっていません。
当時は松竹派だった私は、リアルタイムで見た記憶があります。
同じ松竹で、テレビドラマでしたが、竹脇無我主演版の『坊っちゃん』(1970年)も私は観たことがあります。
そのときは、山嵐が田村高廣、マドンナが山本陽子、校長が松村達雄、赤シャツが米倉斉加年、野太鼓が牟田悌三、うらなりが小松政夫でした。
赤シャツの米倉斉加年の嫌味な策士ぶりと、小松政夫の、「在れどもなきがごとく、人質に取られた人形のように大人しくしている」(原作より)覇気の無さの演技が巧いなあと子供心に感服しました。
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キヨの存在がもう少し大きければ……
本作は、山嵐が地井武男、マドンナが松坂慶子、校長が大滝秀治、赤シャツが米倉斉加年、野太鼓が湯原昌幸、うらなりが岡本信人です。
米倉斉加年が、竹脇無我版に引き続き赤シャツ役で出演。坊っちゃんや山嵐に生卵をぶつけられ、「私は平和主義者ですから(仕返しはしません)」と減らず口を叩くところも同じでした。
でも原作を確認しましたが、そのシーンはないんですね。
つまり、子供時代の私が思ったように、竹脇無我版における米倉斉加年の役作りに、当時の制作側が心酔していたのかもしれません。
岡本信人の、うらなりも、ある意味、なるほどと思いました。
私が昔、エキストラで、『しのぶ』(1985年、東海テレビ/フジテレビ)というドラマに出たとき、東京調布・日活撮影所の衣装室で、一緒に出る劇団の人たちとキャーキャー騒ぎながら衣装を選んでいたのです。
そのとき、別の番組に出演していた岡本信人が、パンツ一丁でやはり衣装を身につけるところでした。
私は、「まずいな、怒られるな」と思ったのですが、岡本信人は私達がうるさくても何も文句をいわなかったですね。
そして、着替えると、黙って読書を始めました。
そういう物静かな人なのかもしれません。
学校じゃないから、いちいちそういうことで注意しないのかな(笑)
湯原昌幸の野太鼓も、私は適役だと思いました。
ただ、原作を考えると、少し尺が短かったかもしれません。
坊っちゃんと山嵐の「一銭五厘の喧嘩」や、坊っちゃんがうらなりにあわせて、赤キップではないのに三等車に乗ったり、天ぷらそばを食べたことを黒板に書かれたり、芋のおかずに辟易したり、坊っちゃんが東京に帰ってキヨ(荒木道子)に孝行したりといった、坊っちゃんのキャラクター設定やストーリー上不可欠なエピソードが抜けています。
そのかわり、坊っちゃんと山嵐には、原作にないガールフレンド(宇津宮雅代、五十嵐めぐみ)が出てきたり、上記の生卵のシーンが、赤シャツ&野太鼓と芸者の“お伽”の現場であったりと、かなり翻案がされています。
中村雅俊が、『俺たちの旅』や『
ゆうひが丘の総理大臣』で演じた、親の縁が薄いがゆえの優しさ、というキャラターを考えると、もう少しキヨとのエピソードを大切にした方がよかったように思いました。
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