『ばんざい またね』萩本欽一が語る3つの「運」論 [生活]
『ばんざい またね』(萩本欽一著、ポプラ社)を読みました。萩本欽一のもっとも新しい著書です。萩本欽一の得意な「運」論と、芸人としてのポリシーなど、過去や現在の出来事を例に告白しています。話し言葉のまま文章になっているので、萩本欽一から話を聞くように書籍を読むことができました。
萩本欽一といえば、自ら、「運については一家言持っている」というほどで、運に関する書籍を何冊も上梓しています。
このブログでも、1度、雑誌のインタビュー記事をご紹介したことがあります。
運は存在するのか
それがきっかけで、今回の『ばんざい またね』を含め、何冊か読んでみました。
他の書籍も機会を見てご紹介しますが、萩本欽一の「運」に関する考え方は、次のことに集約されます。
1.運は生涯プラスマイナスゼロである
2.苦しい時、困っている時、悲しい時など「不運の時」は運を貯めている時である。←だから捨て台詞や、売り言葉に買い言葉などで、せっかくの不運を吐き出してはいけない
3.幸運の秘訣は「遠くする」ことにある
3.については、後に詳しく書きますが、要するに手っ取り早く希望を叶えよえとせず、自分や他人が嫌なこと、苦労することからやりましょう、急がば回れで運を貯められる、ということです。
こうした「運」論は、講演や書籍執筆の商売用ではなくて、萩本欽一が今もモットーとしていることばかりだそうです。
その理屈から、『スター誕生!』の司会をしていた時は、片親の山口百恵や清水由貴子に期待しました。
山口百恵と桜田淳子、萩本欽一が40年ぶりに激白
親が早くいなくなった人は、その親による“運の遺産”があることと、不幸な生い立ちで運が溜まっているから、ということです。
そして、自分が勢いがあるときは、スタッフはあえてくじを作って外れた人を使ったり、天気の良い日のゴルフは「気持ち良く遊べるということは、ツイているということだから運を使ってしまう」とやろうとしなかったりと、日頃から「運の調整」に余念がなく、その最たるものは、仕事がうまくいくと、そこでいったんやめてしまうことでした。
坂上二郎とのコント55号で爆発的に売れた時、イケるところまでイケばいいのに、数年でそれぞれの活動中心に切り替えました。
コント55号の爆笑コントはどこから生まれたか
“視聴率100%男”といわれた頃は、45歳という働き盛りだったのに、人気番組をすべて自分から終わらせてしまいました。
これらも、「人生はいいことばかりは続かない」という、「運は生涯プラスマイナスゼロ」論に基づくものだというのです。
ただ、萩本欽一の本音はわかりませんが、このへんは、たんに「運の調整」をしているだけでなく、「飽きられる前に新しいステージに進む」という、芸能人としての直感もはたらいているのではないか、とも私には思えます。
誰とはいいませんが、20~30年、トップにいる人の中には、テレビ界の惰性と、これまでの名声でなんとか地位を守っていても、ネットなどでは「もう飽きた」という辛辣な評価をされているタレントもいます。
そういう人たちのために、若い人が出てこれない弊害もあります。
萩本欽一は、きっとそういう「老醜」を晒すくらいなら、自分から身を引いて、運も新しいステージで使おう、と考えたのではないかなあと思うのです。
徳を積む
それで、3.ですが、要するにこれは、徳を積む、ということです。
人の嫌がること、苦労することをすれば、人に感謝される。→いいことがある(幸運に恵まれる)
ということです。
萩本欽一は、高校時代、3人で働いたアルバイト先で、カツを揚げる仕事、配達の仕事、鍋や皿洗いの仕事のうちどれがいい、と言われ、一番大変な洗い物の仕事を選んだそうです。
それによって、他の2人に気を使わせないようにして、かつ、店主にも「卒業までアルバイトを続けてくれ」と感謝されたことが、その人生観の原点になっているそうです。
本書によると、子どものタレントを探す時も、児童劇団から手っ取り早くリストアップすることはせず、スタッフに、自分の足と目を使ってスカウト活動をさせたそうです。
そうやって苦労した人選なら、スタッフも感情移入できるし、萩本欽一もスタッフの労苦に応えようと頑張る気持ちも出てくる。すべてがうまく回るわけです。
萩本欽一は、自分の子供に、将来進む道について、「自分の好きなことをやってはいけない。自分の苦手なことからはじめなさい。そこで辛抱できれば、好きなことは今よりもっとできることが広がるだろう」と教えたそうです。
私はこのブログで何度か、「運」は必然と偶然によると書いてきました。
萩本欽一は、その「必然」の部分を、いかに自分の努力でいい方向に持っていけるかを説いているのだと思います。
同書には、そのほか萩本欽一の芸人としてのポリシーである、“人と違うことをする”という話もいろいろ出てきます。
たとえば、今年73歳になって大学に入ったのもそうです。
受験勉強の参考書をそのまま使うのは芸がないと、必要なページをコピーしてノートに貼り付け、自分だけの参考書を作り直したそうです。
死んだ時の、自分のテレビ番組の脚本はこれから自分で書くとがんばる件なども、立派に“普通の73歳の人と違う”生き方です。
何より、今もネットの麻雀を毎日2度勝つまでプレイして、自分の運(勢い)を調べるという話は、まだまだ萩本欽一は現役なんだなあと思いました。
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