石井桃子、96歳でも子供たちに夢を与えた児童文学の先駆者 [文学]
石井桃子などをとりあげた『遅咲き偉人伝』(久恒啓一著、PHP研究所)をご紹介します。人生後半から頭角を現しスターになった人々を論考します。長寿社会は遅咲きの時代。本書で取り上げられている遅咲きの偉人たちの生き方、仕事ぶりは大いに参考になるでしょう。(文中敬称略)
遅咲き偉人伝(久恒啓一著、PHP研究所)は、文字通りある程度歳を取ってから頭角を現した人たちの話です。
本書で取り上げられている偉人たちは以下の通りです。
松本清張、牧野富太郎は、以前ご紹介しました。
【多彩型】松本清張・森繁久彌・与謝野晶子・遠藤周作・武者小路実篤
【一筋型】牧野富太郎・大山康晴・野上弥生子・本居宣長・石井桃子・平櫛田中
【脱皮型】徳富蘇峰・寺山修司・川田龍吉
【二足型】森鴎外・新田次郎・宮脇俊三・村野四郎・高村光太郎
〇〇型、というのは詳細は本書で確認していただくことにして、枚挙された名前を見ると、「遅咲き、なるほどなあ」と思いますね。
今日は、その中から石井桃子(いしい ももこ、1907年3月10日 - 2008年4月2日)をご紹介します。
『くまのプーさん』『ピーターラビットのおはなし』といった数々の欧米の児童文学の翻訳を手がける一方、『ノンちゃん雲に乗る』に代表される絵本や児童文学作品の創作も行い、日本の児童文学普及に貢献しました。
人との出会いが財産に
おはようございます!
— ネオ書房 企画/ブックカフェ20世紀 神保町 (@20th_jinbocho) June 6, 2024
69年前の今日、1955年6月7日は『ノンちゃん雲に乗る』公開日。
石井桃子の児童書が原作のファンタジー映画。主演は「原節子の再来」とも言われた子役時代の鰐淵晴子。病気療養から復帰した原節子も母親役で出演。夢の中でノンちゃんが戯れる雲の世界はアニメ合成で表現された。 pic.twitter.com/cwlCTh9FAW
石井桃子は、東京で生まれ育ちました。
幼少期から本が好きで、特に外国文学に親しむ環境で育ちました。
日本女子大学校(現日本女子大学)在学中から、菊池寛のもとで外国の雑誌や原書を読んでまとめるアルバイトをはじめます。
1928年3月、同英文学科卒業。仕事で知り合った犬養健と親しくなり、1929年信濃町の犬養家の書庫整理に従事します。
犬養健とは、犬養毅元首相の三男で、自らも政治家や作家として活動しました。
1930年から1933年まで文藝春秋社に勤め、永井龍男のもとで『婦人サロン』『モダン日本』などを編集しました。
そして1933年、犬養家でクリスマスイブに『プー横丁にたった家』の原書"The House at Pooh Corner"(西園寺公一から健の子である犬養道子や犬養康彦へのプレゼントだった)と出会い、感銘を受け、道子や康彦や、大学時代の先輩で同僚だった病床の小里文子のためにプーを少しずつ訳し始めます。
1934年6月~1936年6月までは新潮社に勤務。吉野源三郎や山本有三らと『日本少国民文庫』の編集にあたりました。
そして、独立して犬養家の書庫を借りて児童図書館・白林少年館を開設。1940年11月には白林少年館出版部を創設し、紙不足に苦しみつつ『たのしい川邊』(ケネス・グレアム作、中野好夫訳)を刊行します。
戦時中で紙の供給にも事欠きましたが、『クマのプーさん』や『ドリトル先生「アフリカ行き」』などを翻訳しました。
戦後は、食糧難から宮城県栗原郡(現在の栗原市)で友人と共に開墾・農業・酪農を始めていましたが、岩波書店で『世界』編集長となった吉野源三郎や小林勇から編集業務の復帰を請われ、1950年岩波書店に入社して『岩波少年文庫』の企画編集に携わります。
そして、1951年に藤田圭雄の紹介で光文社から刊行した『ノンちゃん雲に乗る』が第1回芸術選奨文部大臣賞を受け、ベストセラーとなり、1955年に鰐淵晴子主演で映画化されました。
どこが遅咲きなんだ、と思いますよね。
要するに、作家としてあたったのが「遅咲き」で、それまでは、翻訳家や編集者という「縁の下の力持ち」だったという話です。
しかし、その「縁の下の力持ち」時代の人脈がすごいと思いませんか。その時代に力をつけたんでしょうね。
コネやツテができるということだけでなく、価値観とか生き方といったことについて、影響を受けたんじゃないかと思います。
もちろん、本人の能力が評価されたこともありますが、菊池寛や犬養健などは、自分からアプローチしていますね。
やっぱり、成功するには人のつながりは大事なんだなあ、と思いました。
農業ヤッていたのを、編集の仕事に戻してくれたのも、同僚だった吉野源三郎ですからね。
作家デビューが遅かった分、石井桃子の最後の作品は、彼女が96歳のときに執筆した『こどもたちへ』です。
96歳まで現役なんて、すばらしいことです。(享年101歳)
人生100年時代というけれど
1926年の今日 #クマのプーさん 初版刊行。E.H.シェパードの挿絵で、A.A.ミルンの単行本(英国メシュエン社)が世に送り出すされました。日本では、1940年に石井桃子さんによる『熊のプーさん』が初の翻訳。以来80余年、3世代で愛され続けるロングセラーです。? https://t.co/60GQ9Bg7rr pic.twitter.com/v33RLtc91z
— 岩波書店 (@Iwanamishoten) October 14, 2024
最近は、「人生100年時代」なんていわれますね。
平均寿命が男女とも80歳を超えて、世界一の84.2歳。
100歳超えの日本人は8万人。
しかし、その8万人と、はたして街で出会いますか。
喫茶店でおしゃべりしたり、商談で名刺交換したり、食べログで人気の店に並んだりしていますか。
けっして、社会人としての「現役」年齢が「100年時代」というわけではないですよね。
昭和に比べれば、定年が少し伸びただけで、やっぱり古稀とかすぎると「終活」とか考え始めるでしょ。
もちろん病気や加齢による衰えもありますが、その人自身の生活態度や気力も大きな要因でしょう。
たとえば、まだやれるのに、「還暦過ぎたのに起業なんかできるか」とか、「古稀過ぎてるんだから静かに暮らしたいよ」とか。
いや、本心からそう思うなら、もちろんそれでいいのです。
そうではなくて、「どうせ」とか「きっと」のように、自分でわざわざネガティブな思いや、エクスキューズによって消極的になっているのなら、それはもったいないと思うのです。
60歳からなにか始めたって、90歳まで頑張れば30年あるじゃないかと。
私は、振り返るとずーっと迷走した人生だったので、ひとさまより、だいたい40年ぐらい遅れている(汗)と自覚していますから、これからの日々は大切に、1日でも長く、「遅れ」を取り戻すべく励みたいと思っています。
ま、40年も遅れたら、100年生きても追いつかないんですけどね。なるべく追いつくように。
石井桃子のように、96歳で作品を発表する現役作家の存在は励みになります。
もっとも、私にはコネやツテの類は一切なく、手元不如意の徒手空拳なんですが、みなさんは人生を支えてくれるようなブレーンやメンターなどはおられますか。
遅咲き偉人伝 - 久恒 啓一
先日観た映画、九十歳。何がめでたいを思い出しました
生涯現役、できたらいいですね
by mau (2024-11-07 00:54)
「お前は大器晩成」と言われ60数年経ちました(笑)
by HOTCOOL (2024-11-07 03:59)
出来ないかも知れないけど、生涯現役、いつもキラキラ好奇心を目指したいものです。まずは健康!
by mutumin (2024-11-07 05:53)
どうせ、とかきっとを逆に捉えた時に吹っ切れるというかいい意味でやけになれると思うんですよ。
by pn (2024-11-07 06:26)
おはようございます^^
こういう人のお話読んでいて思うのは、大方「家庭環境」の大事さなんですよね。
伝手もコネも、ブレーンもメンターも皆無・・・(__;
でもね、ブログの皆様にいろいろ支えられている気はしますね(^_-)-☆
by mm (2024-11-07 06:38)
今は畑作業が生活の中心です。
頑張りの結果が結果が表れるのが楽しさです。
放っておくと草だらけになってしまうので、少しずつ頑張っています。
これから10年後の自分が気に掛かりますが、
自分を信じて励むだけです。
by ハマコウ (2024-11-07 06:47)
大器晩成とあだ名の生徒、今、郵便局長さんです。
by 夏炉冬扇 (2024-11-07 07:03)
石井さんはそもそも「どうせ」とか考えなかったんでしょうね。
できること、興味があること、請われたことをやっていただけ。
それが舞い込むコミュ力すごいなーって思います。
by MINA (2024-11-07 11:26)
「ノンちゃん雲に乗る」鰐淵晴子が雲の乗っている場面を思い浮かべています。
石井桃子さんが原作者だとは知りませんでした。
by 風太郎 (2024-11-07 14:03)
働き盛りの頃はメンターが身近にいて欲しいと思っていましたが、今は気の置けない数人の酒友と妻がいてくれれば幸せです。
by 十円木馬 (2024-11-07 14:10)
私も遅咲き作家を目指していますが、なかなか難しいですわ^^
by リンさん (2024-11-07 15:45)
こんばんは。
全く存じませんでした。
プーさんを初めて翻訳されたのですね。
原書を読みこなす力があったわけですね。
ちょっと村岡花子さんを連想しました。
by センニン (2024-11-07 17:57)
石井桃子さんの「遅咲き」エピソードが心に響きました。96歳まで現役で、児童文学に尽力された姿には感動します。彼女の情熱と人とのつながりが人生を豊かにしていたのですね。
by かずい (2024-11-07 21:11)
みなさん、コメントありがとうございます。
> 生涯現役、できたらいい
まったくです。
> 60数年経ちました
あと30年あるかも?
> まずは健康
現役で過ごすためには頭と身体がしっかりしていないとだめですね。おっしゃるように健康はその大前提です。
> いい意味でやけになれる
力を出し切るということでしょうか。
> 「家庭環境」の大事さ
こればかりは自分で選べないですからね。
> 結果が表れるのが楽しさ
手をかけただけの成果があるでしょうが天候には要注意ですね。
> 今、郵便局長さん
その人にとっての大器なのかも。
> コミュ力すごいなー
環境にも恵まれていますね。
> 鰐淵晴子が雲の乗っている場面
若い頃の写真を見るとどこか後藤久美子に似ているような気がしました。
> 気の置けない数人の酒友と妻がいてくれれば
一山も二山も越えたあとのくつろぎの日々でしょうか。
> 遅咲き作家を目指しています
遅ければ遅いほど周りはビックリですね。
> 原書を読みこなす力があった
童話としての翻訳ができたということもすごいと思います。
> 96歳まで現役
見習いたいです。
by いっぷく (2024-11-10 16:09)