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『破戒』(島崎藤村著、バラエティ・アートワークス漫画、Teamバンミカス) [仏教]

『破戒』(島崎藤村著、バラエティ・アートワークス漫画、Teamバンミカス)

『破戒』といえば、近代文学史上に残る島崎藤村の長編小説。『まんがで読破』シリーズとしてバラエティ・アートワークスが漫画化しました。明治維新後も残った身分差別について、そこに苦しみ、やがて自身による主体的な解決を見出していく話です。



「穢多(えた)」と呼ばれる被差別部落に生まれた主人公・瀬川丑松が、亡き父から「出自を生涯明かさないように」との戒めを受け、苦悩しながらも、結局父の戒めを破り、その素性を打ち明けてしまう話です。

穢多、いわゆる新平民はどうしてできた「身分」なのか。

日本神道における、「穢れ」観念からきたといわれます。

「穢れが多い仕事」や、「穢れ多い者(罪人)が行なう生業」の呼称、非人身分の俗称といわれますが、他方、それより古く、古代の被征服民族にして、賤業を課せられた奴隷を起源と見る立場もあります。

穢多差別は平安時代までには始まったとされ、江戸時代に確立され、呼称は明治時代に廃止されたといいます。

日本は差別がなかったと、武田邦彦という人が動画で話したのが猛批判にさらされ、動画が削除されたことがありましたね。

ああいう人の、いい加減な話を真に受けちゃ、だめですよ!

だって、呼称が廃止されたはずの明治以降、たとえば明治19年以前の「壬申戸籍」と呼ばれる戸籍にも、「新平民(もとの穢多・非人)」とか、「士族」とか、「平民」とか、族称が記載されていました。

1945年の終戦までは、その身分が、就職や結婚に決定的な影響を与えていたんです。

つまり、日本は1945年までは、身分社会だったのです。

金持ちの平民が、旧華族や士族を養子に迎える「閨閥」結婚で、権益と家柄の両方を守るとかね。

一部の人は、今もヤッてるよね。

政治家と皇族と財閥の一族が縁組するでしょ。

現在の保守政治家なんて、戸籍でつながる姻戚だらけですよ。

それはともかくとして、その明治以降も残った差別に苦しんだのが、本書『破戒』の瀬川丑松なのです。

父親から「隠せ」と言われて耐えた日々



主人公・瀬川丑松は、明治後期に、信州小諸城下の被差別部落に生まれました。

父は、小諸の被差別部落のお頭でしたが、丑松の出世のために身分を知られていない根津村に引っ越し、自身は牧場で牛追いとして生計を立てることに。

丑松は父から、「隠せ」と教わりました。

丑松は、長野の師範校(教員を養成する学校)に入り、22歳の時に、飯山の小学校教師になりました。

職場でも下宿でも、父親の「隠せ」という戒めは頑なに守っていましたが、下宿の本棚には、同じく被差別部落に生まれた解放運動家、猪子蓮太郎の本がズラッと並んでいました。

猪子連太郎は、自分の身分を隠さず、その差別撤廃のための言論活動を行っていたのです。

丑松は、故郷の父親の葬儀に出席しましたが、帰りの駅舎で、憧れの猪子連太郎に遭遇します。

ファンレターを出していた瀬川丑松は、猪子連太郎に自己紹介すると、猪子連太郎はちゃんと丑松の名前を覚えていました。

猪子連太郎には、被差別部落のある駅にいる自分のファンとくれば、丑松の身分は予想できます。

しかし、丑松は、憧れの猪子廉太郎を前にしても、自分の身分を隠しました。

そこまでして、頑なに守っていた「戒」は、思わぬところから破られます。

下宿に帰った丑松のところに、被差別部落から帰る所を目撃したという、高柳利三郎議員が訪ねてきます。

高柳は、財産目当てに被差別階級出身の金持ちの娘と秘密裏に結婚したため、お互いの秘密として黙っていようと取引を提案します。

丑松は、それを断ったために、高柳は先手を打って丑松の身分をバラしてしまいます。

そして、カミングアウトへ……。

原作は、青空文庫に公開されています。

本作に感銘を受けた、当時大映女優の藤村志保さんが、島崎藤村の「藤村」と、登場人物の「志保」から芸名をとったことは有名な話です。

子供の頃、きれいな人だなあと思いましたね。藤村志保さん。

「破戒」の意味


本書のクライマックスは、「破戒」というぐらいですから、丑松は最後に父親が因果を含めた「戒」を破ってしまうシーンにあるわけですが、それは、たんなるカミングアウトではなくて、父親の呪縛に対する「破戒」でもあったと私は解しました。

はっきりいえば、丑松の父親は毒親だろう、と私は思いました。

だって、丑松はいつも父親の「隠せ」という呪縛に苦しめられたわけです。

要所要所に、自分の脳内に出てきて自分の判断の邪魔をする。

本当は、猪子連太郎のように堂々と生きたかったのに……。

子供を苦しめる親は毒親です。

丑松の父親は、もちろん差別を受ける側だったわけですが、一方でその最下層ではない「お頭」の立場であったことも大きいと思います。

下層の中の「上」の人生を担保しながら、かつ普通の人の生活も送れるように黙ってろ、ということですからね。

失うものがある人だったんです。

もし身分制度そのものを根本から否定するようなら、自分の「お頭」のポジションも否定することになりますからね。それは、やっぱり嫌なんだな。

つまり、実は丑松の父親は、差別される側でありながら、身分社会を完全否定できなかったのです。

身分社会の矛盾がそこにあります。

上は下を見て満足し、下はまたその下を見て安心する、というやつです。

一方で、丑松が、父親から因果を含められても猪子廉太郎に憧れた、最終的に「戒」を破ったのは、下宿先が浄土真宗のお寺であったことも伏線になっています。

浄土真宗といえば、一向一揆といって、戦国時代に門徒たちが、権力に対する抵抗運動を起こしたことがあります。

そして、悪人正機説を唱える宗派でもあります。

悪人というのは、私たちの言う「罪人」とはイコールではないのですが、要するに、どんな人でも成仏できるのだから、胸を張って自由に生きましょう、という現世的には「リベラル」な考え方です。

島崎藤村自身は、門徒ではなくクリスチャンですが、筆致には当時の自由民権運動の機運が感じられます。

近代文学史に燦然と輝くこの名作を、今回漫画で改めて確認できました。

破戒 (まんがで読破) - 島崎 藤村, バラエティ・アートワークス
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赤面症

今だって、「あの地域の人は○○だから」と平気で言う人がいます
by 赤面症 (2023-07-05 01:14) 

Take-Zee

おはようございます!
よく読書されるんですね~

 今日も暑くなりそう熱中症対策しっかり!

by Take-Zee (2023-07-05 07:38) 

コーヒーカップ

被差別部落という言葉
小学校の先生に教わりました
あの時の説明はもろに差別した説明でしたね。
by コーヒーカップ (2023-07-05 09:34) 

kohtyan

終戦直後ですが、穢多という言葉はよく聞きました。
戦後も、しばらくは差別があったということですね。
by kohtyan (2023-07-05 09:43) 

starwars2015

深いテーマの作品ですね。
漫画になって広まるのはいいことですね。
by starwars2015 (2023-07-05 11:24) 

pn

今も普通に差別社会ですからねぇ。
にしても藤村志保綺麗だなぁ(*´∇`*)
by pn (2023-07-05 12:33) 

drumusuko

会社勤めのころ、高野山で行われる人権研修に参加したことがあって、その時部落問題を詳しく教えてもらった事があります。その後部落問題を題材とした本なども購入しました。特に近代になって発禁本とされた本も現在では手に入るようになって、購入したこともあります。私の住んでいる東北では差別は聞いたことがありませんが、未だに差別のある地域があるとのこと、許せません。
by drumusuko (2023-07-05 17:32) 

そらへい

私が子供の頃でもありましたね。
地域的に共存の地域でした。
「破戒」「橋のない川」は高校生の頃に読みました。
「橋のない川」に比べ「破戒」は
純粋に部落問題を取り上げた小説とは思えませんでした。
一人の青年の自我の葛藤をテーマにしているように
その頃は思えました。
by そらへい (2023-07-05 20:49) 

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