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神社(神道)にもお寺(仏教系)にもある「神様」は稲荷神 [仏教]

神社(神道)にもお寺(仏教系)にもある「神様」は稲荷神

神社(神道)とお寺(仏教系)は、信仰の対象も考え方も違いますが、そのどちらにもある「神様」は稲荷神といいます。昔から“お狐様は怖い”といわれてきましたが、その真相はどうなっているのでしょうか。以下に解説いたします。

この記事は、『ゆほびかGOLD』(2020年6月号)の特集記事『お稲荷さんに守られて幸せになる!』などをもとにまとめています。

仏教は、神様のいない独特の宗教だと、これまで書いてきました。

しかし、例外的に、日本の神道と仏教の両方において崇拝される神様がいます。

それは、稲荷神(いなりがみ)といわれる神様です。

神道の「稲荷神」


稲荷神は、『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記します。

『古事記』も『日本書紀』も、古代の神話についての読み物である点は同じですが、前者は当て字、後者は意味のこもった表記がなされます。

ですから、『日本書紀』の字でわかりますが、稲荷神は五穀豊穣の神です。

稲荷という言葉は、稲生り(いねなり)から派生したものという考え方もあるそうです。

現在は、それにくわえて、商工業を含め産業全体の神とされ、日本で最も広範に信仰されている神の一柱です。

「お稲荷さん」の愛称で親しまれている赤い鳥居と狛狐が印象的な稲荷神社は、全国におよそ3万2000社。

企業や一般家庭に祀られているものまで含めると、4万社に上るそうです。

稲荷神社の狐(きつね)は、稲荷神のお使い(眷属=けんぞく)になります。

稲荷神社というと、「お使い」の方が、今や象徴のようになってしまいましたね。

代表的な神社は、京都の伏見稲荷大社です。


私はあいにく、まだ参詣したことはないのですが、地元の稲荷神社としてもっとも有名な、穴守稲荷神社にはよく参詣させていただいてます。

羽田は、漁業、農業、工業の他、空港もあるので、稲荷神社は穴守稲荷神社を含めて7社あり、それらを巡る「羽田七福めぐり」という散策・観光コースもできています。


その稲荷神は、奈良・平安時代頃に行われた、神道と仏教をひとつの信仰体系とした神仏習合思想において、荼枳尼天(だきにてん)という夜叉の一種と習合したため、神社とお寺が分かれた現在も、荼枳尼天は一部の仏教寺院で「稲荷」として祀られています。

ヒンドゥー教の鬼神


荼枳尼天は、もともとヒンドゥー教の鬼神です。

古代インドでのダーキニーという、神通力を持って人の死期を悟り心臓を食う夜叉だったといわれます。

肉食、飲酒、乱舞、性的な放縦など、荒っぽい性格の鬼女で、人の魂を食う代わりに欲望を叶えるといわれ恐れられていました。

それが、大黒天の教えで福の神に昇華し、仏教に迎え入れられたそうです。

どうして、インド仏教は神様を迎え入れたのか。

ヒンドゥー教が主流になってしまったインドでは、仏教に神様を迎えることでヒンドゥー教に対抗したのかもしれません。

仏教に入ってからは大日如来の説法で改心し、人々に福を授ける神様として日本でも祀られることになったそうです。

開運出世、商売繁盛、福財をもたらす神様として人気を集め信仰が広まり、織田信長や徳川家康は天下統一のために、荼枳尼天を信仰したとされています。

ただ、気をつけたいのは、「無理難題なお願いごとでも叶えてくださいますが、願いの規模が大きければ大きいほど見返りもそれなりのものを要求される」(記事執筆者の流光七奈さん)説がある神だそうです。

代表的なお寺は、愛知県の豊川稲荷(曹洞宗)です。

大日如来の真言宗ではなく、お釈迦様の仏教に一番近い大乗仏教とされる禅宗(曹洞宗)のお寺に祀るというのも意外です。

神様なので、お寺でありながら境内の参道には鳥居があります。

ですから、もともと神道の稲荷神と、ヒンドゥー教の荼枳尼天は別物だったのが、仏教に入れられた後に習合されたというわけです。

稲荷神社は「怖い」という風聞の真相


さて、さきほども書きましたが、

「お狐様は怖い。たたりがある」

なんて聞いたことありませんか。

私も、これは聞いたことがあります。

その噂のため、ご紹介した、地元の稲荷神社である穴守稲荷神社には、なかなか参詣する勇気が持てず、実は自転車で行けるところだったのに、50歳を過ぎてから初めて訪れました。

すばらしい神社なので、今はもったいない時間の過ごし方をしたものだと思っています。

本来、神道にも仏教にも「祟り」という概念はありません。

では、真相はどういうことでしょうか。

本書、流光七奈さんの寄稿によると、「祟り」は稲荷神社の宇迦之御魂神/倉稲魂命ではなく、ヒンドゥー教から来た荼枳尼天の方であろうといいます。

願いごとをする際、お礼は願いの内容に見合うものを奉納し、それ以降も定期的に参拝すればご加護してもらえますが、お礼をしなかったり、不義理したりすれば、それなりの形で返ってくるというのです。

本来の仏教にはないはずの「祟り」ですが、荼枳尼天についてはその限りでない、というわけです。

でもまあ、そういうことがあったとしても、むべなるかな、と思います。

一方的にお願いごとだけして、もし叶ったら、お礼にも行かないでそれっきり梨のつぶて、というのは自分勝手ですからね。

「一度お願いごとをしたらずっとおつきあいをする覚悟が必要」だそうです。

と、書くと、すごく怖い話に聞こえますが、流光七奈さんによれば、「神様との約束(願いを叶えてくれたらお礼をする)を守りましょう」というだけのことだといいます。

約束を守れるかどうか。

願う人の、人間性が試されているのかもしれませんね。

ゆほびかGOLD 2020年6月号 - 桜井 識子, 流光 七奈, いろはママ, 富士川 碧砂, 咲良, 宮本 高行, 亜凛。, 愛新覚羅ゆうはん, 今井 長秀, 大石 眞行, 大木 ゆきの
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赤面症

祟りと言うより、願い事は煩悩につながるからまずいのでは?
by 赤面症 (2023-06-01 01:37) 

夏炉冬扇

仏様の方がお金がかかります。
by 夏炉冬扇 (2023-06-01 06:54) 

コーヒーカップ

お寺はお金集めに躍起で好きになれず
若い頃はよく志和稲荷神社に行ってました。

by コーヒーカップ (2023-06-01 11:17) 

pn

んじゃお賽銭5円で宝くじ6億円を望むとするととんでもない見返りを求められるな、稲荷神社には行かないようにしよう(笑)
by pn (2023-06-01 11:53) 

いっぷく

>祟りと言うより、願い事は煩悩につながる
全くおっしゃるとおりです。

仏教は本来、商売繁盛などを「お願い」するものではありません。
でも実際には、そうなってしまってますよね。
だったら、せめて礼を尽くせよ、という話です。

「祟り」に合理的根拠があるか、ない、か以前に
あんたの人間性が試されているんだよ、という話です。
by いっぷく (2023-06-01 16:25) 

tai-yama

祟るのは寺社の稲荷で、呪うなら神社の稲荷と(笑)。
荼枳尼天に呪ってもらった方が効果ありそうなのに・・・

by tai-yama (2023-06-01 23:34) 

そらへい

近くの古いお寺の境内に、神社もあります。
なんとなく変に思うのは、明治以降の神仏分離のせいで
昔はもっと融合的だったのでしょうね。
by そらへい (2023-06-02 15:34) 

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