『兎の眼』現代の教育現場にも通じる灰谷健次郎の世界 [懐かし映画・ドラマ]
『兎の眼』(角川文庫)をご紹介します。灰谷健次郎による長編小説。塵芥処理場を学区に抱える小学校に赴任した、新卒の教師・小谷芙美先生が、発達障害や知的障害などの児童と向き合って、真の教育の意味を改めて問いかける力作です。
灰谷健次郎とは誰だ
灰谷健次郎(1934年10月31日~2006年11月23日)は、働きながら定時制高校商業科を卒業後、大阪学芸大学(現・大阪教育大学)学芸学部を卒業して小学校教師になりました。
しかし、在職中に発表した小説が差別小説と糾弾を受けたり、長兄が自殺したり、実母が亡くなったりと不幸が続くと、教職は17年で退職。
沖縄やアジア各地を放浪して充電した後、1974年に『兎の眼』で児童文壇にデビューしましたが、これが今風に言うとキャリアハイでミリオンセラーになりました。
兎の眼とはなんだ
西大寺善財童子像:童子は文殊(3)を先導する役目をもつ。西大寺を復興した叡尊の十三回忌に、弟子達が師匠への思いをこめて造った。江戸時代に整備された東海道五十三次の五十三の宿場は、善財童子を導く五十三人の善知識の数に基づくものとされる。 pic.twitter.com/ck0kSL2Msq
— 仏像紹介BOT (@butsuzobot) October 21, 2018
タイトルは、大阪にある西大寺の善財童子像をさしていることが、本文を読むと出できます。
「西大寺の中興の祖とされる叡尊(えいそん)の13回忌にあたる1302年、貧しい人や病気の人の救済に生涯を捧げた叡尊をしのび、弟子たちが完成させたとされています。」(https://www.asahi.com/articles/ASKDV4GMKKDVPOMB007.html)
本作は、貧しい人や、障碍のある児童に向き合い、子どもたちの豊かな可能性を見出していく話です。
大阪の方は西大寺は行かれたことありますか。
あらすじ
今 読んでいる本
— ハマch (@490804Ikechin) July 28, 2020
灰谷健二郎 兎の眼
高校生の頃 灰谷さんの作品をよく読んだ
大人になって 灰谷さんの作品を読むとまた 違った感覚になる pic.twitter.com/gcqgagzCk7
新卒、そして新婚で医師の娘である小谷芙美先生は、大阪にある空気の悪い塵芥処理場近くの小学校に赴任。
受け持った生徒には、一言も口をきかず、ハエを飼っている鉄三がいました。
感情を暴力行為で表現するので、当初は困惑していた小谷先生ですが、「教員ヤクザ」といわれる型破り教師の足立先生、そして学校の子どもたちとのふれ合いの中で、苦しみながらも鉄三と向き合おうと決意します。
本文中には一言もその言葉は使われていませんが、鉄三は典型的な発達障害。自閉症です。
自閉症の児童は、特定のことに熱中して意志も強く、ルーチンワークが得意ですが、鉄三のそれはハエの飼育で、小谷先生もそれに付き合って毎日鉄三の家に寄り、飼育具合を確認。
鉄三は先生に心を許し、言葉も発するようになります。
さらに、排泄なども支障がある重度知的障害の女の子・みな子が短期間ですが、クラスに入ってきます。
そのときは、先生も一緒になってクラスで話し合い、「みな子当番」を決めて、クラスみんなで理解と支援をします。
その一方で、自分の裁量でみな子を引き受けた小谷先生は、他の教員から“スタンドプレー”の批判を受け、(障害児教育は)みんなで情報を共有し合うことが大切であることを説かれます。
私が驚いたのは、当時は発達障害という概念はなかったと思いますし、知的障害を伴う自閉症児童の療育を、普通学級の先生が行うということは、一般的には考えにくい。
にもかかわらず、現在にも通用する教育実践になっていることです。
先見の明があるというより、普遍的なものを描いているのでしょうね。
さらに、鉄三のおじいさんは昔、官憲の弾圧で朝鮮人の友達を“売った”ことを恥じ、旧東洋拓殖という実在する朝鮮のインフラ敷設や農工業技術普及を行う、半官半民の会社に志願して就職したことなどが描かれています。
……と、あらすじを書くと、ヒロインの格好いい教師像が描かれているように感じられるかもしれませんが、児童に暴力を振るわれたり、親からは詰問を受けたりして、鏡を見て、若いのにかなりやつれている自分に気づくくだりもあります。
さらに、普通のサラリーマンである夫とは、「生き方の違い」で心が離れてしまいます。
そこで下世話な私は、よき同僚である「教員ヤクザ」の型破り足立先生と結ばれるのではないかと楽しみにしたわけですが、本作は恋愛小説ではないのでそれはありませんでした。
私は大阪人ではありませんが、1960~70年代前半の、大阪の場末感が実によく描かれていて、私も東京の場末だったので、子供の頃を思い出しました。
TV版は金沢碧、映画版は檀ふみ
残念ながら、私は映像化したものをまだ観たことがありません。
テレビドラマは、金沢碧が、映画は檀ふみが演じています。
"Good morning"
— Hello George (feel free to chat in English) (@ryochikun22) December 28, 2019
金沢碧
(the "eyes") pic.twitter.com/XZJMYhlL8r
#檀ふみ さん いつも不機嫌で悲しそうに怯えていた #俺たちの祭 pic.twitter.com/TTPahReCUX
— 畠中由宇・相互フォロー100% (@hata_follow) July 30, 2020
どちらもリアルで不幸せそうな表情が得意な役者なので興味深い。
金沢碧のほうが、より苦労させられるエグい設定で行けそうかな。
金沢碧版は、NHKの少年ドラマシリーズという枠で放送されていたので、映像データが残っていないといわれています。
檀ふみ版は、2005年にDVD化されています。こちらはぜひ鑑賞したいと思っています。
灰谷健次郎作品は、淡々と書かれていて、地味な作品が多いのですが、本作はリアルな達成感があってじんわりと感動できます。
機会がありましたら、ぜひお読みください。
兎の眼 (角川つばさ文庫) - 灰谷 健次郎, 近藤 勝也, YUME, 灰谷 健次郎
兎の眼 [レンタル落ち] [DVD] - 檀ふみ, 下絛正巳, 新克利, 頼光健之, 中山節夫
>当時は発達障害という概念はなかったと思いますし、知的障害を伴う自閉症児童の療育を、普通学級の先生が行うということは、一般的には考えにくい。
今でこそ…という面があるものを、今から40年以上前に作品として世に送り出した灰谷さんの着眼点、他の人には見えていない(もしくは見ようとしない・見向きもしない)ものが見えていたのかなとも感じます。
by ナベちはる (2020-08-01 01:17)
工場地帯の塵芥処理所に近い小学校の若き女教師と、ハエを飼うのがうまい少年やオシッコをもらす少女。
懐かしいです。
考えさせられます。
by skeptics (2020-08-01 03:59)
特別支援教育の考え方はどの教員にも必要であることが、ここ十数年説かれるようになっています。
灰谷さんの絵本「ろくべえまってろよ」が好きで、子どもたちによく読んでいます。
by ハマコウ (2020-08-01 04:37)
スタンドプレーと責められる所、今ならいじめ的な捉え方になるけど多分普通にみんなでやるべきなんだとみんな思ってたんだろうな。
by pn (2020-08-01 06:19)
写真左上の本が家にあります。小中高のどこかで
夏休みの課題図書だったと記憶してます。このイ
ラストがすごくお話の雰囲気にあっていて良かった。
先生に洗ってもらった鉄三ちゃんが飼い犬を洗う
シーンが好きだったなぁ。今でもどこかにあるは
ずだから久しぶりに読んでみたくなりました。
by mio (2020-08-01 09:11)
>当時は発達障害という概念はなかったと思いますし、知的障害を伴う自閉症児童の療育を、普通学級の先生が行うということは、一般的には考えにくい。
>先見の明があるというより、普遍的なものを描いているのでしょうね。
私たちの子供の頃には当たり前の様にあった生活の中の一場面でした。差別とか弱者とか言っている現代の方がある意味で「隔離」発想を持っているのではないかとも思えます。彼等と共に暮らしぶつかり合う中から答えを見つけるというのが、かつての教育現場だった様に思います。
by 扶侶夢 (2020-08-01 12:10)
西大寺には参拝したことはありませんが、同名の駅を乗換駅として利用したことがあるだけです。
by ヨッシーパパ (2020-08-01 18:28)
何十年も前になりますが、「兎の眼」を色々な方にお貸ししました。
たくさんの方が読んでくださった本は、無事に私の手元に戻ってきて、本棚に収まっています。
by 森田惠子 (2020-08-01 20:19)
灰谷健次郎さん、晩年何かで揉めて(多分表現)
メインに出版社である新潮社から作品を引き上げてましたね。
作品は読んだことがないのに、そんなことを覚えています。
by そらへい (2020-08-01 21:45)