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伊藤詩織さんの名誉毀損裁判で考える「ポジショントーク」の罪 [トレンド]

伊藤詩織さんの名誉毀損裁判で考える「ポジショントーク」の罪

ネットを見ていたら、伊藤詩織さんの訴訟のことでもちきりですね。しかし、問われるべきところとは、違うところで意見を戦わせているネット民が、この期に及んで存在することにびっくり。ネットを使うときの反面教師になると思いました。




伊藤詩織さんは「名誉毀損」の原告


伊藤詩織さんが6月8日、Twitterの投稿に名誉を傷つけられたとして、はすみとしこさんらに対する損害賠償を求めて東京地裁に提訴しました。


元TBS記者の山口敬之さんとの事件について、はすみとしこさんは「枕営業」と揶揄したり、被害経験などを綴った著書『BLACK BOX』について「デッチあげ」と侮辱したりする内容のイラスト作品など、5本の画像やテキストのTwitter投稿を問題にしています。

訴えられたのは3人で、あとの2人はいずれもその投稿をリツイートしたといいます。

1人は東京都在住の医師、もう1人はクリエーターだそうです。

この訴訟のポイントは2点あると思います。

事件の判断に伊藤詩織さんを好きか嫌いかは関係ない


要するに今回は、元TBS記者の山口敬之さんを相手取った事件について、伊藤詩織さんの主張やふるまいが気に食わない、という人々がいて、その中のひとりの漫画家が、漫画という手段を使って誹謗中傷したということです。

ですから、今回の訴訟に対しても、ネットでは一部に伊藤詩織さんに対する罵詈雑言を書き連ねています。

しかし、勘違いしてはならないのは、伊藤詩織さんを好きか嫌いかが問われている事件ではない、ということです。

はすみとしこさんの漫画が、伊藤詩織さんを誹謗中傷しているかどうか、という一点が全てです。

にもかかわらず、一部ネット民は、残念ながらそこを外して、先の事件に関連した中傷がやみません。

名誉毀損について整理しよう


以前書いたように、私は文藝春秋、センテンススプリングなんていわれていますが、あの文春砲を法的に支えている、同社の法務部・藤原一志さんに話をつけて、はじめて表舞台(メディア)にお出ましいただき、妻をインタビュアーにして、ある書籍でロングインタビューを行ったことがあります。

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ちょうど、週刊文春はジャニーズ事務所のジャニー喜多川ホモセクハラ問題のシリーズ記事を書き、同事務所と係争中(一審敗訴中)だったのです。

そこで、同誌が名誉毀損かどうか、名誉毀損の法的要件と照らし合わせながらお話を伺い、名誉毀損について理解を助けていただきました。←二審、最高裁は文春が勝ちました!

まず、不特定多数に対して「事実」を摘示してその人の社会的な評価が落ちるものは原則として名誉毀損です。

「事実の摘示」というのは、「あの人は不倫している」というような“客観的な説明”です。

それが嘘か本当かは関係ありません。つまり、事実無根はもちろん、本当のことを暴いても名誉毀損なのです。

ただし、その指摘に、

1.公共性
2.公益性、そして
3.真実相当性(確実な資料や根拠があったり自明のことであったりすること)

があるものなら、法的責任は問われません。

たとえば、政治家のような公人などのスキャンダルは公共性公益性がありますから、真実相当性が立証できれば名誉毀損は成立しないでしょう。

が、近所の無名なおっさんの不倫話は、公共性も公益性もありませんから、たとえ本当の話でも、ネットに書いたら名誉毀損なのです。

本件は何が名誉毀損なのか


はすみとしこさんが書いた文言は、世間の人が具体的にイメージできる、つまり事実の摘示ですから、文脈や意図の問題ではなく、その言葉を使った事自体がすでに名誉毀損に問われ得るものだと思います。

たとえば、その昔、「スプーン曲げ」で来日した人を、ある懐疑論者が「サイコパス」と唾棄して名誉毀損が成立しました。

それは、スプーン曲げの人の人格の真相に関係なく、「サイコパス」という言葉自体がその人の社会的な名誉を下げるものだからです。

つまり、はすみとしこさんが書いた文言が真実であるかないかに関係なく、書いた事自体が伊藤詩織さんの社会的な名誉を下げるから名誉毀損になるのです。

では、はすみとしこさんは、伊藤詩織さんがそう思われているという真実相当性を立証できるのでしょうか。

裁判にならないとわかりませんが、伊藤詩織さんは政治家など公人ではありません。

そもそも過去の裁判でもそう推定できる客観的な根拠もありませんでした。

もうひとつ、裁判以前に、私はこの件で容認できないことがあります。

今回訴えられた漫画について、「風刺画」と言い訳していることです。

風刺というのはまさに世間一般が事実上思っていることを示すことであり、たかだか一部のネトウヨがそう思っただけでは風刺とはいわず、たんなる主観に過ぎません。

普段の我々の言葉の使い方でも、自分がそう思っただけのくせに「みんなが……」という大仰な書き方をしたがるやつっているでしょう。

自分がそう思ったのなら、世界中でたった一人になっても「私がそう思っている」と言い切れ、自分の言葉に責任持て、と思います。

投稿主ではなく、リツイートでも法的責任を問われることがある


リツイート、Facebookではシェアといいます。

私も、このブログにシェアすることはありますが、投稿者だけでなく、それを拡散する人も同じ法的責任が問われるということです。

以前、川崎麻世とカイヤの何度目かの離婚騒動のとき、川崎麻世の相手である女優が片っ端から報道を訴えたことがあったのですが、そのうちのひとつを「引用しただけ」の記事まで訴えられたことがあります。

もちろん、訴えられたから、ただちに不法行為になるわけではなく、どう判断するかは裁判官次第です。

ただ、名誉毀損の発信は発信当事者だけでなく、引用だのリツイートだので拡散した人まで法的責任が問われることがある、ということは覚えておいたほうがいいでしょう。

他人が「面白い」誹謗中傷しているから、ちょっとそのツイートを借りて自分で発信しよう、なんかあっても元発言者の責任になるだろう、などと安易に考えてはならないのです。



結局、ネット民が誹謗中傷に走るのは……


私が最近感じている「現代人の傾向」は、高校全入だの、その過半数が大学進学だの、そしてこれだけネットに情報が溢れて知識はうんと身につけられるにもかかわらず、問われていることと向き合う理性に欠けることです。

はすみとしこさんの件も結局そこにつながると思うのですが、政治を語るときのポジショントークにその問題点を見て取ることができます。

「保守」の「アベンジャー」な人は、たとえ総理大臣がお友達を重用しようが、「桜」でもめようが、夫人も律せず、マスクもコロナ対策としては実用的でないもの(小さくて顔を広く隠せない)でも、絶対にかばい続ける。なんでもかんでもアベちゃんは正しい感謝感激雨あられ。

一方、「反自民」の人は、野党の議員が二重国籍など出自を隠すことも、様々な不祥事にも一切目をつぶる。

そして、お互いの「敵」については屁理屈を使ってでも文句を言い続ける。

ポジショントークというのは、何が正しいかではなく、いかにして自分の属す側が勝つかどうかなんですよね。なんてせせこましい言論ごっこでしょう。

どの立場の誰であっても、是は是、非は非として、不毛な足の引っ張り合いをせず、事実と道理でフェアにやれないんですか。

いきおい、相手をやり込め、叩くことばかりに熱中。

お互い意見を述べ合い、自他の問題点を確認整理しながらゆっくりその一歩先の真実にアプローチすることとは縁もゆかりもない、誹謗中傷や揚げ足取りの不毛なやり取りになってしまうのです。

人間は無謬でも万能でもないのですから、ある立場だけがつねに全面的に正しいわけがないと思います。

すべてを信じ込んで支持するのはもちろん自由ですが、それはもう政治ではなく宗教の信者と同じです。

Youtubeの動画を見ると、上念司さんや藤井聡さんら、自民党支持を公言している人が、現在の政府を批判していますね。

そして、野党の立場にいる山本太郎さんと共通の認識であることを公然とさせています。

藤井聡さんは、日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』にも登場しました。

私はそのような、立場に関係なく正しい、賛成、間違い、反対といった是々非々の意見交換を自由闊達に行うことこそ、これからあるべきスタイルであると思います。

「ポジション」にとらわれず、名誉毀損をどう見るか、バイアスを是正したもっとシンプルで精緻な論考を期待したいですね。





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コメント 7

ナベちはる

シェアにしてもRTにしても、「サービスを運営する側から用意された機能」を使ったことがきっかけで起こりうる今回みたいなトラブルに巻き込まれる可能性があると思うと、非常に怖い機能であり非常に怖い問題でもありますね。。
by ナベちはる (2020-06-10 00:44) 

pn

リツイート気を付けよう(^_^;)
by pn (2020-06-10 08:10) 

扶侶夢

>問われていることと向き合う理性に欠けることです。
このひと言に尽きますね。裏を返せば “問われている問題なんてどうでも良くって言いたい事は別のところにある、まさに自己主張のポジショントークなんですね。
情報やそれに付随する意見の取捨選択は本当に難しいです。
by 扶侶夢 (2020-06-10 10:46) 

beny

 日本人気質とは、違う感じ。
by beny (2020-06-10 13:02) 

skeptics

2つの対立軸を作って、一方に属すほうが楽なのでしょう。
その都度、是々非々で考えることに自信がない。
安倍総理派のお友達を訴えた人間だからとにかく非難する。
日本大丈夫ですか。
考えさせられます。
by skeptics (2020-06-10 13:11) 

犬眉母

もし山口さんが、安倍さんではなく枝野さんのお友達だったら、どうなのでしょう。
たぶん、伊藤さんに対する一部の対応はガラッと変わったでしょうね。
そのいい加減さこそが、ポジジョントークなのだと思います。
by 犬眉母 (2020-06-10 13:26) 

足立sunny

名誉棄損と認定されてもその内容を発信したい人がいて、そういう人が今回の漫画家さんを含めて、相当数いるじゃないですかね、今の社会では。勝手な発信症候群というか。
裁判で負けて責任をとらされるかどうかは別として。
by 足立sunny (2020-06-10 20:39) 

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