『大事件だよ全員集合!!』(1973年、松竹)という映画をご紹介します。ザ・ドリフターズ主演で16作公開され「全員集合!!」シリーズの12作目ですが、本作をもって、今日命日の荒井注(1928年7月30日~2000年2月9日)から、志村けんにメンバーがいれかわりました。
全員集合!!シリーズとはなんだ
ザ・ドリフターズというと、土曜日夜8時にTBS系で放送された『8時だョ!全員集合』が有名です。
お化け番組として、70年代中盤から80年代にかけて隆盛を極めました。
ただ、もともと「全員集合」をタイトルに入れたのは映画でした。
売出し中のザ・ドリフターズを主演に作られた『
なにはなくとも全員集合!!』(1967年)以来、松竹映画でドリフ映画がシリーズ化され、タイトルには「全員集合」が入るようになりました。
その2年後の1969年にテレビの『8時だョ!全員集合』が始まっていますから、実はテレビのほうが、映画のドリフ人気にあやかって作られたのです。
もっとも、映画の方は、『東村山音頭』のリメイクがあたった志村けんが笑いの中心になる1976年で、全16作をもって打ち切られていますが、前メンバーの荒井注との入れ替えにあたる作品は12作目の『大事件だよ全員集合!!』で、2人とも出演しています。要するに、荒井注の最後の出演で、志村けんの最初の出演ということですね。
大事件だよ全員集合!!
いかりや長介は、客が来ない探偵事務所の所長。
助手の仲本工事にも給料を払えず、ラーメン店出前持ちの高木ブーを口先で騙して注文を続けてきたものの、店主の荒井注からたまったツケを払えと催促をされ逆ギレ。
自分はCIAの一員で、自分に逆らう奴には、すぐに本部から暗殺指令が来る、などとホラを吹いてラーメン店をのっとり、荒井注や高木ブーを自分の助手にしてしまいます。
一方、加藤茶は自衛隊の訓練に耐えられず逃げ出してきたという設定。
荒井注のラーメン店で無銭飲食をしたことがきっかけで4人に合流しますが、後半は、メンバー達が加藤茶こそが本物のCIAの一員ではないかと買いかぶり、新しいリーダーに祭り上げられます。
そして、5人は、政治家ややくざが絡んだ、海底油田目当ての足摺岬沖爆破計画に巻き込まれていきます。
荒井注や高木ブーが、どうしていかりや長介に騙されてしまったかというと、たまたま表を走っていたちり紙交換車が、「いらなくなったボロ切れ…」という言葉を発したことについて、それはCIA本部からの暗殺の指令だといかりや長介がタイミングよくデタラメな説明をしたからですが、そのちり紙交換車の運転手こそが、メンバー入りする前の志村けんでした。
シリーズ全般がそうですが、いかりや長介がメンバーを搾取し、ときにしっぺ返しを食らうというパターンで、本作は、無理心中させられ火葬されるという、なんともブラックな展開です。
この頃は、いったん死んだ人が生き返るという展開がよく喜劇には使われていました。
全体としては、まずまずの出来だと思います
荒井注について
荒井注については、昨年の命日でも書きました。
荒井注は実家は料亭で、ふたつの大学に在籍して国語と社会の教員免許を持っています。
そのような経歴だからか、欲もなく、ドリフがこれからますます売れるという時に、あっさり志村けんにメンバーを譲り、晩年は伊豆で悠々自適の暮らしでした。
⇒
荒井注、ドリフとサッポロ一番ブランドの土台を作った悠々自適男
もちろん、志村けんはすばらしいコメディアンであり、志村けんの番組も好んでみていますが、荒井注時代のドリフと、志村けん時代のドリフはやはり質が違う笑いであり、なんとなく荒井注時代のドリフの笑いが、私は懐かしいというか、好きなのです。
ドリフ映画は、しばらく『男はつらいよ』と併映されていましたが、私にとってはどちらも楽しみな作品でした。
劇中に当時のトレンドが……
さて、本作劇中には、こんなシーンがあります。
加藤茶が、「今、なんどきですか……」と、節を付けて歌っています。
これ、何の歌かご存知ですか。
正解は、当時流れていた、ハウス食品の「シャンメン」というインスタントラーメンのCMです。
今、なんどきですか~ハイ、ラーメン時よ、と歌っています。
これは、ご飯を食べるときを「じぶんどき」というところからきているのだと思います
出演者は、結城アンナと杉田かおる。
杉田かおる、結城アンナにはダメ出ししなかったのかな?(笑)
それはともかく、昔の映画には、当時のトレンドが反映されているので、それを思い出しながら鑑賞できます。
時代も令和になり、荒井注どころか、ザ・ドリフターズ自体が過去の歴史として忘れられつつありますが、今もDVDでその活躍は確認することが出来ます。
この記事を読まれている方で、ドリフターズを知る世代って、どれくらいいらっしゃるのかな。
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全員個性があり、番組が始まるのが楽しみでした。
「荒井注」に関して最後の記憶は、
「伊豆で嫁と魚釣りを楽しみながらすごす」でした。
by 風太郎 (2020-02-09 09:07)
『8時だヨ!全員集合』のルーツって、映画だったんですね。
子供の頃よく見て笑い転げていました。
それにしても、いかりや長介が生きたまま燃やされるシーン…
今なら笑えますが、子供の頃だったらトラウマものだったでしょうね。
by TYPES (2020-02-09 09:42)
お子ちゃまたちは,8時にはテレビも観ないで寝る時間でしたが,土曜日の8時だけはこれを観ることを許されて,家族で楽しく観賞していました.生放送でしたし,録画機も無い時代でしたね.
荒井注のディスイズアペンを,辛うじて覚えている世代です.
平成生まれのうちの子にドリフのDVDがばかうけでしたが,小学校の先生にそのギャグが通じなかったと嘆かれました.新入社員とかに,タケちゃんマン知らないとか言われると,世代が二回り違うことを感じます.
by ararat (2020-02-09 12:52)
「アチョー」と言っていたドリフターズの見習いも居ましたよね。
『日本沈没』は映画館で観ました。
当時はまだ近所に小さな映画館が二つくらいありましたが、それから20年もしないうちに両方とも無くなりました。
by tsun (2020-02-09 15:14)
全員集合はゴールデンの代名詞でしたね。
by ヤマカゼ (2020-02-09 17:13)
『大事件だよ全員集合!!』は見たことがありません。
8時だよ!全員集合は、テレビで見ていました。
当時PTAが、絶対見るなって言っていたそうです。
今の子ども達はYouTubeで、8時だよ!全員集合をみているらしいですね。
by starwars2015 (2020-02-09 17:17)
ドリフは物心ついたころから大活躍されてましたね。
映画はテレビで放送されたのを見たくらいで映画館へは行きませんでしたのでまだまだ見ていない作品がたくさん。
私は荒井注さんと志村けんさんが入れ替わったころは毎週欠かさずテレビの全員集合!は見てましたっけ。記憶で一番古く残っているギャグは 加藤茶さんの ”ちょっとだけョ、あんたも好きね・・・”の頃かもしれません。真似しましたもの。今は恥ずかしくてできませんけれどあの頃は意味も知らず真似してましたものね。^^;
シャンメン覚えていますよ!食べました!^^
by ゆうのすけ (2020-02-09 18:10)
こんにちは。
荒井注、ドリフを脱退後、原宿で見かけ事あります。彫りが深く2枚目。肌は黒光りで良い男、オーラも半端ない感じでした。命日とは知りませんでしたが、「いかりや長介の弔辞」を知ると生き方もカッコいい男みたいですね。テレビのドリフターズ8時だよ全員集合は、毎週見ていました。ライブ・停電で音声だけの放送もありましたが、歌とドタバタ劇は面白かったですね!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2020-02-09 18:35)
荒井注さんというと「何だ、バカやろ〜」が想い起こされます。
by ヨッシーパパ (2020-02-09 19:10)
やはり私の年代はドリフです。
自分的には荒井注さんが在籍していた頃が一番です。
by kou (2020-02-09 19:54)
こちら富山では、8時だよ全員集合は放送されていませんでした。だからドリフといえば『ドリフ大爆笑』なんです。
でも、とにかく好きでした。
クレイジーキャッツも好きだったけど、その頃まだ子供だったボクにはドリフの方が面白かったのだと思います(^^)
by なかちゃん (2020-02-09 21:12)
言ってる言ってる絶対何かしら言ってる(笑)
by pn (2020-02-09 21:29)
私はもちろんドリフの世代ですが、荒井注と志村けんが入れ替わりだった事は知らなかったと言うか気づきませんでした。一緒に活動していたんだと思ってました(^^;
by エンジェル (2020-02-09 22:14)
ドリフターズは知っていますが、還暦を過ぎた私には正直言ってドリフよりはクレイジーキャッツの影響の方が大きいですね。映画やTV番組、レコードそして様々なギャクも学校でよく取り入れていました。
by 扶侶夢 (2020-02-09 22:31)
子供の頃、志村けんがドリフをのっとっていくようでなんとなくみなくなりました。
by mau (2020-02-09 23:11)
ドリフは、最後の方~総集編の年代です。
荒井さんは、名前と「荒井さんの後任で志村さんが入った」ということだけ存じています。
by ナベちはる (2020-02-10 01:14)