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障害者など弱者を税金で生かすなという偏見はこうして論破された

障害者など弱者を税金で生かすなという偏見はこうして論破された

『障害者排除の論理を超えて: 津久井やまゆり園殺傷事件の深層を探る』(阿部芳久著、批評社)という書籍がFacebookで紹介されていたので読みました。障害者を差別や排除する論理に反論するだけでなく、障害者の存在が、健全で安らかな社会を作るという、積極的な存在意義を唱える点が特徴です。



『障害者排除の論理を超えて: 津久井やまゆり園殺傷事件の深層を探る』(阿部芳久著、批評社)は、2016年7月の津久井やまゆり園殺傷事件、また旧優生保護法に基づいた障害者の強制不妊手術をめぐる問題から、障害者差別と優生思想についてまず論考しています。

そして、

・障害者は次の世代に悪い資質を遺伝させるという視点や、
・障害者の存在が本人や周囲の人を不幸にするという視点

に反論。

さらに、「障害者の存在が健全で安らかな社会をつくる」という提言を行っています。

著者の阿部芳久さんが、ご自身の投稿のシェアを希望されていたのですが、あいにく保存し忘れてしまったので、ツイッターからほかの方のツイートをご紹介します。

要するに、それだけ注目されている著書ということです。



投稿の中味については、保存してあったので、そのまま引用します。
自著で最も主張したいことを紹介します。障害児者は、保護や支援の対象として捉えられてきたと思いますが、一方で【障害者は健全で安らかな社会を構築するうえで一定の役割を果たしている】のではないかと思います。
例えば、障害児者が周囲の人たちに影響を与え、その人の人生観や価値観を変えるということがあります。そして、その人が豊かな人生を送るということをしばしば耳にします。また、ユニバーサル・デザインに代表されるように、始めは障害者を対象として作られたものが、すべての人の生活を豊かなものにしているということが現実のものになっています。そのほかにも、多くの事例があります。その具体例を自著【障害者排除の論理を超えて】において列挙しました。【障害者の存在が健全で安らか社会をつくる】という主張をもっと広げていくべきだと思います。

つまり、障害者はただただ「保護してあげましょうね」という「かわいそうな人たち」ではなくて、実は社会進歩に貢献しているんですよという話です。

手前味噌で恐縮ですが、「赤字」の部分は、私は以前からこのブログで書いてましたよね。

もっとも、私の場合は主観の域を出ませんが、本書では様々な客観的根拠を積み上げています。

それでも、「おっ、自分が書いてたことは間違いではなかったのか」とちょっと嬉しくなりました。

細かいご紹介をすると、ブログ記事ひとつでは足りないので、また折りを見て各章については改めてご紹介したいと思います。

障害者関連記事を書き続けて……


でもまあ、こうやって、いくら障害者関連の記事を書いても、障害者が嫌いな人っているんです。

障害者が悪者の情報があると、「だから障害者とはまともにやってられないんだよねえ」などと言って、障害者を嫌う口実ができて内心ホッとしている。

あとは、拒絶反応ではないんだけれども、何となく逃げ腰だったり、もしくは感動付きの話でないと興味を持てない“珍獣観察のノリ”だったりする。

私の経験で告白しますと、「障害者の記事はやめろ」という苦情もあります。

中には、自分が中途障害者になっても、障害者の存在や立場を理解したくない人もいるようですね。

体の一部が不自由になっただけで、人生つんだと思い込んでいる。

「なんで私が、よりによって障害者なんかになっちゃったの」という感じなんでしょうね。

だから、障害者の話なんか聞きたくないし、関わりたくもないという。

気持ちはわからなくはないです。

私だって、将来ある子どもが中途障害で、「なぜなんだーっ」といつも考えてます。

でも、それはそれとして、現実に“障害者の世界”を見る立場である以上、それと向き合って、気づいた意見や必要な情報を、せっかくネットをやっているのですから、ブログやSNSなどを使って発信していくのは、もう人生の月謝のようなものだと思っています。

だから、障害者の記事やめろの苦情は今後も無視します。

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優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理という意見


話を戻しますと、旧優生保護法の何が問題なのかは、先日の記事で書きました。

障害者同士の恋愛と結婚、そして優生保護法、あなたはどう考える

そのもとになっている「優生思想」については、Yahoo!知恵袋で、「弱肉強食」という言葉を使って、「優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理で、弱者を税金で生かすな 」という「質問」が書かれているのですが、見事に論破されています。

多くの人にツイートされていますね。

どういう回答かといいますと、そもそも自然界は「弱肉強食」ではなく「適者生存」であり、例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれないので、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、人類の生存戦略上の「保険」になる、という内容です。



私はこれも以前似たようなことを書きました。

私の場合は、「人類の生存戦略」ではなく、「適者生存」の「適」は、人間が勝手に決めるものではないという書き方をしました。

まあ同じことですかね。

障害者の嫌いな方、いかがでしょうか。

障害者排除の論理を超えて: 津久井やまゆり園殺傷事件の深層を探る
障害者排除の論理を超えて: 津久井やまゆり園殺傷事件の深層を探る

見えない偏見の科学: 心に潜む障害者への偏見を可視化する (プリミエ・コレクション)

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  • 作者: 栗田 季佳
  • 出版社/メーカー: 京都大学学術出版会
  • 発売日: 2015/04/10
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犬眉母

前にも書きましたが、自分とは別世界の話という
捉え方で、思考停止しているのだと思います。
誰でも障碍者になる可能性はあるのに。
by 犬眉母 (2019-06-02 06:07) 

末尾ルコ(アルベール)

障害者など弱者を税金で生かすなという偏見はこうして論破された・・・わたしの母の身体障害者手帳を先日受け取りました。もちろん80歳を過ぎての身体障害者認定ですから、若くして障害者として生きておられる方々とは条件が大きく異なります。それでも苦楽を長い間共にしてきた母が障害者となったことにはいろいろな感情が湧いてきました。しかも手帳を受けた直後に転子部の不全骨折でしたから、尚更穏やかな気持ちではおれません。そして医師からの心ない言葉も受けました(これについても後日の記事で詳細を書きます)。「心ない言葉」とは穏やかな表現であって、もっと明確に表現すれば、「はらわたが煮えくり返るような言葉」です。だから、「障害者への偏見」に対しては以前よりも遥かに怒りを感じ、戦っていかねばと痛感しているところです。
「税金で生かすな」という言葉は、今の母に対して直接言われているに等しい言葉でもあります。心臓バイパス手術は保険がなければとてもではないが容易に支払える額ではなく、ICUなどでの看護なども、保険なしで支払えば大変なことになっていたでしょう。母は保険制度によって命を助けらえた側面も大いにあります。まず間違いなく障害者の方々を貶める手合いたちのほとんどは、「高齢者など、長生きさせる意味はない」という考えの持ち主でしょう。許し難い連中です。そのような真性の差別主義者でなくとも、日本は長きにわたって妄想に支配されています。「若さが最高の価値である」という妄想です。そこで喧伝されているのはあくまで表面上の若さであって、内面のことは一切語られません。なぜならば、「若さが最高の価値である」などと信じ込んでいる人間たちにまともな内面があるはずないのですから。「若さが最高の価値である」と喧伝している手合いの内面は、「若さ」どころか思考停止によって澱み、腐敗しているはずです。
今夜のお記事、全面的に賛同いたします。社会の中にはできる限り多様な人びとが共存している方がいい。その状態でこそ、常に新たなステップが用意されているのでしょうし、より愉しくワクワクする社会であるはずです。

・・・

以前なら藤竜也が石立鉄男に殴り勝っても当然と感じたでしょうが、映画『愛の渇き』を観てしまいましたから、今だと(何か石立鉄男の方が強そう)と感じるような気が(笑)。『愛の渇き』の石立鉄男のナチュラルな体格のよさには驚きました。子どもの頃は小柄な印象を持っておりました。思いますにその理由は、ドラマ上大柄に感じられるように撮ってなかったのかもしれませんし、それ以上に、子ども時代のわたしには、「コミカルな人は大柄ではない」という自然な思い込みもあったのかもしれません。

「病院の責任」という点については今後しっかりと観察し、ことによれば追及しなければならないと考えております。心臓バイパス手術後どれだけの困難を乗り越えてきたか。それなのに、リハビリ病棟へ行ってから一週間で、「転倒して骨折しました」はないです。許し難いです。転院時から転倒リスクが高い患者だと分かっていて、そして今回の転倒前にも廊下で座っていたなどの強いサインも出ていましたから。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2019-06-02 07:47) 

pn

逆にどんな人も税金で生きて行ける社会を作れば世の中平和だと思います、理想論なのかもしれませんが(^_^;)
by pn (2019-06-02 10:15) 

Take-Zee

こんにちは!
かねて思っていますが”障害者”と言う言葉そして
漢字・・よくありません。
 上手に表現できる言葉はないでしょうか?

”障害者”とはこの間の無差別殺人など、誰が見ても
困った人たちでしょう・・
by Take-Zee (2019-06-02 10:38) 

ヤマカゼ

パラリンピックのアスリートで片足が義足の方の特集をテレビで見たのですが人間の足はとても複雑な動きに対応していると、また義足でそれを補うにはとてつもない努力をされていると。
障害者のかたはとてつもない努力と支えがあって成り立っているんですね。
by ヤマカゼ (2019-06-02 18:40) 

ヨッシーパパ

「インハンド」では、遺伝子と環境が人間を作ると主張していました。
なかなか、面白いドラマです。
by ヨッシーパパ (2019-06-02 20:03) 

藤並 香衣

発達障害がある方などは学校も別になったり
普通学校(不適切な表現ならごめんなさい)に通うと
接点が少なくなってしまいます
障がいのある人を差別している人の中には
よく解らない知らないから
どう接していいかわからないという理由で
関わりたくないという人がいることを知りました
同じ社会で生活しているのに別という考え方が
そもそも変なんですよね

高齢者の方が便利だと使っているスロープや
段差のないバリアフリーの施設なども
元々は車いすの方に・・・と言われてたんですよね
by 藤並 香衣 (2019-06-02 22:05) 

足立sunny

「障害者は社会のゴミとして排除すべき」という考え方はいつになってもなくならないものとして受け止め、その上で、障害者とともに生きてゆくという在り方をどれだけ多くの人で支えられるか、なのかと思っています。
障害者排除の論理、それと弱者切り捨ての論理は、現時点では、意外と多くの方に内心支持されているのではないかと自分は思います。
by 足立sunny (2019-06-03 10:22) 

Rinko

「優れた遺伝子」って何なんでしょうね?
障がいを持っているだけで「劣った遺伝子」になるんですかね。

by Rinko (2019-06-03 10:59) 

風の友

私は、途中から障害者になりました。
なってみて、すごく差別があることも
また、障害者を大事にしてくれる人がいることも知りました。
初めは、障害者と言うことを出来るだけ隠そうとしていましたが、今は、障害者であることを恥ずかしく感じることは無くなりました。
障害者として、堂々と明るく楽しく生きていこうとしています。
by 風の友 (2019-06-15 00:29) 

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