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十朱幸代、『花いちもんめ』で見せた認知症介護の“至福”とは… [懐かし映画・ドラマ]

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十朱幸代さん(とあけゆきよ、1942年11月23日~)の誕生日です。以前も書きましたが、改めてご紹介したい出演作品が『花いちもんめ』(1985年、東映)です。第9回日本アカデミー賞最優秀作品賞、同最優秀脚本賞を受賞。十朱幸代自身もブルーリボン賞主演女優賞に輝きました。(劇中画像はDVD『花いちもんめ』より)



花いちもんめ』は、1985年に封切り時に映画館で観ましたが、2011年にDVD化され改めて鑑賞しました。

考古学者(千秋実)が、医師(神山繁)から、認知症(当時はアルツハイマー型老年痴呆症)と診断されます。

医師(神山繁)から、認知症(当時はアルツハイマー型老年痴呆症)と診断

それに対する周囲の人々の対応、寿命を縮めた学者の妻(加藤治子)、父親の激変に狼狽する長男(西郷輝彦)、黙々と介護するその妻(十朱幸代)、困惑する子どもたち、“私が引き取っていたら”などという結果論の口先ばかりで、結局何もしない長女(野川由美子)、いったんは引き取ったものの面倒見きれなかった次女(二宮さよ子)などを描いています。

野川由美子と加藤治子と千秋実

夫の西郷輝彦は、単身赴任が続き部下の女性(中田喜子)と不倫関係に。

十朱幸代は悩み、キッチンドランカー気味でした。

が、自分の診断を盗み聞きした千秋実から、「進行して手に負えなくなったら病院に入れて欲しい」と伝えられ、息子の浮気も謝罪されます。

千秋実と十朱幸代

千秋実のそうした紳士的な態度に、十朱幸代は感動して千秋実を引き取ります。

千秋実の進行ははやく、すでに息子夫婦の判別もつかなくなっていましたが、十朱幸代がバスタオル1枚で洗面所にいる時に、千秋実がやってきて、肩についた毛をとって去っていき、十朱幸代がホッとするシーンがあります。

十朱幸代と千秋実

“そういう関係”を求められることを恐れてホッとしたのか、もしかしたら受け入れてしまうかもしれない自分を自覚してホッとしたのか、「もしかしたら」ということ自体を想像してしまった自分に呆れたのか、十朱幸代の「ホッとした」ことの微妙な心理を考えさせる興味深いシーンです。

そして中盤のクライマックス。

献身的に介護する十朱幸代に、千秋実はキスをお願いします。

十朱幸代は、小考してうなずき、目をつぶって待ちます。

十朱幸代と千秋実

「どうせおじいちゃんだし、お義母さんと勘違いしてるから」と思ったのか、それとも……

義父を介護されている方。もし、そのような展開になったら受け入れられますか。

千秋実は、「キスのお礼」と言って自分を通帳を取り出し、十朱幸代に自分の名前のサインをさせ、自分の名前を消してしまいます。

しかし、それが介護をしない野川由美子や加藤治子に知られ一悶着……

封切り時に観たときは、絵に描いたような認知症患者とその家族の設定だけでは救いがないので、介護以外の夫婦の齟齬による「女心の気の迷い」らしきものもちらつかせたのかと思いました。

でも、今改めて見ると、そんなうすっぺらい次元ではなく、何と言いますか、介護したものだけが経験できる至福の心境が、十朱幸代の心に芽生えてキスにつながったのではないかという気がしてきました。

劇中のアルツハイマー描写に手加減はなく、千秋実が包丁を振りかざすシーンもあります。

人の顔や名前を忘るとか、徘徊とか、所構わず失禁とか、大変なことは大変だと思います。

ただ、その一方で、かなり症状が進行するまで、考古学に対する知識や情熱は持ち続けるなど、千秋実の澄んだアイデンティティのようなものが、十朱幸代は懸命に介護をする中でかいま見えてくるのです。

不可思議な脳障害に翻弄され、限界を超えるような労苦の果てに人の真実を知り、人を理解できることを悟った十朱幸代は、不倫をした西郷輝彦を許し、また西郷輝彦もその前に関係は清算し、夫婦関係は修復されていきます。

眉を濃くする80年代の化粧が好みだっただけかもしれませんが、十朱幸代はこの頃が一番輝いていたように感じます。

いずれにしても、介護が大変だなあ、というだけの単純な話ではないと思いました。

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千秋実は高次脳機能障害と戦いながらの熱演


前回書きましたが、考古学者役の千秋実は、脳卒中の後遺症で高次脳機能障害に苦しめられ、それを克服しての演技でした。

本来なら、台詞を入れて、しかも共演者との阿吽の呼吸が求められる俳優の仕事は、高次脳機能障害者にとってもっとも復帰が困難な仕事です。

今回改めて鑑賞して、千秋実の俳優としてのポテンシャリティに感服しました。

黒澤明監督の作品にも出演していますが、私は千秋実にとっても本作『花いちもんめ』は代表作と言っていいのではないかと思いました。

誰にとっても、決して無関係ではない“人生の道順”を考えさせられる作品です。

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コメント 15

Orange_blancオレンジブラン

いつ 他人事でなく 自分が直面するかもしれない、認知症や介護。
ううーーーーーん。
by Orange_blancオレンジブラン (2018-11-23 02:14) 

犬眉母

役者さんにとってこういう役は、
やりがいのある役なのか、演じにくい役なのか。
さてどちらでしょう。どちらも、かな。
by 犬眉母 (2018-11-23 02:29) 

末尾ルコ(アルベール)

十朱幸代、『花いちもんめ』で見せた認知症介護の“至福”とは…この作品は大いに話題になりましたね。わたしも鑑賞しておりますが、ぜひ再鑑賞したい一本です。と申しますのも、鑑賞時はまだ若く、まず映画の内容を他人事のように観てしまったというのがあります。祖父母はもう亡くなっていたのですが、二人とも認知症的な症状はまったくありませんでしたし、認知症自体すごく遠いもののような感覚がありました。そして当時は十朱幸代の魅力がまったく理解できてなかったというのもあります。それがここ1~2年で若き日の十朱幸代の映画を何本か観たのですが、何という魅力的な女優なのかと驚いた次第なのです。どちらかと言えば以前は、声とか喋り方とか、「あまり観たくない女優」の一人だったのです。ようやく今になって、その風格や色香が理解できてきたということで、これが「大人になる」ということなのでしょうか(笑)。だから今回のお記事でいっぷく様がお書きくださっているような繊細な心理の綾もまったく想い至らないままに鑑賞したのが80年代のわたしでした。
それにしてもこうして拝読させていただきながら、(人間の心理とはつくづくおもしろいものだなあ)と再認識させていただいております。そうなんですよね。単細胞なネット民であれば、「こんな美貌の嫁が、じいさんと心を通わせるなんてあり得ない」となるのでしょうし、すぐに「キモッ」とか言い出すのでしょうが、人間の心理というものはそんなに単純じゃないんですよね。「肩についた毛」のシーンにしても、キスシーンにしても、今の若い人たちには全く理解不能なのではないか、それ以前に、こうしたシーン自体に拒絶反応を起こすのでないか・・・などと考えると、(どうにかせねば)という気持ちがあらためて湧いてきます。


>『砂糖菓子が壊れるとき』

これは本当に興味があります。監督は今井正ですよね。そして原作は曽野綾子。これは考えたら、共産党員とクリスチャンで保守派のマドンナのコラボなのですね。さらに橋田壽賀子が脚本と、この3つの要素を見ただけで、(こりゃあ、必見だ!)となるのは当然ですよね。今井正は『にごりえ』が大好きです。他にも未見で、観たい作品は多くあります。曽野綾子は、小説はほとんど読んでないのですが、エッセイは多く読んでおり、その旧弊な感覚に辟易することは多いですが、その反面、案外国際感覚は優れたところもあり、キリスト教理解もかなり的確だと感じます。

>長与千種は、今回の事件で「被害届を出すつもりはない」

これは考えさせられます。はじめに報道でこの内容を読んだ時は、(なんで、そこまで?)と訝ったのですが、いっぷく様のご見解を拝読し、(ああ、なるほど・・・)と思いました。酸いも甘いも経験し尽くしている長与千種ならではの判断だったのでしょうね。ちょっと大げさな言い方になりますが、キリスト教の根元的な「赦し」と似た感覚にさえ感じます。
そして暴行中の男に対するやり方も実に興味深かったです。女性救出も彼女ならではの地力があったからこそですが、自分からは攻撃せずに暴力を耐え続けたというのも独特で、もちろん他の人が真似することは不可能ですが、とても考えさせられました。  RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2018-11-23 03:04) 

旅爺さん

昔の十朱幸代さんはこんな美人が居るんだな♡と思ったものでした、最近はテレビでも見かけませんね。
by 旅爺さん (2018-11-23 06:20) 

Rinko

十朱幸代さん、美しいですね。
まだ介護を経験していない私にどこまで登場人物の機微を感じ取れるかは分かりませんが、ぜひ観てみたいと思いました。
by Rinko (2018-11-23 07:50) 

チナリ

おはようございます。

認知症の介護は、テレビや雑誌などで壮絶だと聞いたり書かれたりしますが、実際に自分の家族の身に起こってみないと、その壮絶さはわからないですね。

私は、おばあちゃんが認知症でお薬は飲ませているものの、改善されるモノではないので、想像以上の壮絶さなのだと思い知らされました。

by チナリ (2018-11-23 07:56) 

pn

しない人はしたくても出来なかったとかぬかしやがるが押し付けられる側の事はこれっぽっちも考えてない。義務を果たさず権利のみ要求するのはお門違いだよね絶対。
by pn (2018-11-23 08:52) 

猫またぎ

認知症や介護は難しい問題ですよね、
認知症になって他の人に
迷惑はかけたくないと思うものの
自分を認知できなくなるのは
辛いことですよね。
by 猫またぎ (2018-11-23 10:44) 

なかちゃん

スゴイ作品なんですね。いっぷくさんの解説を読んでて、是非観てみたくなりました。

by なかちゃん (2018-11-23 12:19) 

ヨッシーパパ

十朱幸代さんは、若い頃は可愛らしかったんですね。
by ヨッシーパパ (2018-11-23 16:35) 

Take-Zee

こんにちは!
十朱幸代さんは私よりずっとお姉さんですが
かわいらしさは今も変わりませんね。

by Take-Zee (2018-11-23 16:55) 

ヤマカゼ

自分の記憶では十朱幸代さん、歌も御上手な方でったと。
by ヤマカゼ (2018-11-23 17:17) 

coco030705

こんにちは。
十朱さんもこの頃出てきていませんね。俳優さんもいつまでも仕事できるとは限らないのだなと思います。
千秋実さんは、高次脳機能障害ですか、それなのにこんな難しい役をこなされて、偉いですね。
どんな仕事でも、楽な仕事というのはないのですね。

by coco030705 (2018-11-23 22:42) 

ナベちはる

いつかは我が身…そう思いつつ日々を過ごさないといけないですね。
by ナベちはる (2018-11-24 00:44) 

うつ夫

30年前の映画でも今日的なテーマですね。
by うつ夫 (2018-11-24 06:15) 

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