小林桂樹(こばやしけいじゅ、1923年11月23日~2010年9月16日)の命日が16日です。日活、大映、そして東宝で数多くの映画に出演実績があり、70年代以降はテレビドラマやCMでも活躍しました。今日は再放送もされない知る人ぞ知るドラマとリバティ・ベルスの主題歌を思い出します。
小林桂樹については、1942年に映画デビュー以来、実に多くの出演作品があり、このブログでは、社長シリーズ、『
黒い画集 あるサラリーマンの証言』(1960年)『
江分利満氏の優雅な生活』(1963年、いずれも東宝)などをご紹介してきました。
『黒い画集あるサラリーマンの証言』より
『江分利満氏の優雅な生活』より
1970年代に入ると、小林桂樹もテレビドラマが仕事の中心となりますが、1974年、日本テレビの『土曜グランド劇場』(夜9時)という枠で、『となりのとなり』というホームコメディに出演しました。
50歳で4人の子どもがいるそば屋の主人(小林桂樹)が、25歳の美容師(大原麗子)と再婚する話です。
Google検索画面
子どもたちは、長男が前田吟、次男が渡辺篤史、長女が坂口良子、次女が桜田淳子。
そば屋の隣にはラーメン屋があり、そこの主人が伴淳三郎、妹が横山道代、渡辺篤史に嫁いだ設定の娘が小鹿みき→岡田可愛、従業員が小鹿番、その他区役所の戸籍係に前川清です。
このドラマ自体、再放送もされない“お宝”なのですが、それだけでなく、土曜グランド劇場は主題歌も評価の高いものがいくつもあり、『となりのとなり』で歌われていた『幸せがほしい/やさしい関係』(作詞:松本隆、作・編曲:樋口康雄=PICO、CBSソニー)も、いまだに語られる名曲です。
歌っているのは、南沙織のバックコーラスだった、宮田茂樹、藤谷喜朗、大島尚、坂本千景、小野セイコの5人によるリバティ・ベルスというグループです。
当時、『赤い鳥』や『チューリップ』など、現役大学生がコーラスグループやバンドを結成していましたが、リバティ・ベルスも、東大など全員東京六大学のメンバーです。
テンポが良く、弦楽器に最適化した編曲、いわゆるトリングスアレンジが評価されていました。
毎週末、これを聴くのも楽しみでドラマを観ていました。
Youtubeに、以前は『幸せがほしい』(A面)『やさしい関係』(B面)どちらもアップされていたのですが、今は『幸せがほしい』だけが残っているようです。
『やさしい関係』は、スローテンポの、これまたいい曲なんですけどねえ。
昭和40年代終盤はこんな歌が流行っていたのか、ということをご確認いただけると思います。
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大原麗子の次は石田ゆり子と……
小林桂樹は、大正漢方胃腸薬の最初の出演者でした(1986年)。
Youtubeより
これは、社長シリーズで長年、『食べ芸』と監督らから絶賛される、美味しそうに食べる、たくさん食べるキャラクターを演じてきたことがあります。
ともに、『
社長学ABC』(1970年、東宝)からです。
一昨日の
中北千枝子は、ニッセイのおばちゃんのCMが浸透して、『男はつらいよ』に出演しましたが、小林桂樹の場合は逆のケースで、映画のキャラクターがCMにつながったわけです。
売れているから使うという理由も否定はしませんが、このように、“本職”とCMのキャラクターがつながっていると、説得力がありますね。
もっとも、小林桂樹が本当に大食いだったかどうかは未確認ですが(笑)
そして、『となりのとなり』が放送された15年後、小林桂樹は今度は石田ゆり子と一緒になった設定で、煮物上手(味の素)のCMに出ています。
Youtubeより
大原麗子でさえ、実年齢で23歳差があったのに、今度はその倍の46歳差。
世代が違っても味つけが共鳴できるということを表現したかったのだと思いますが、何も新郎が小林桂樹である必要はないわけです。
たぶん製作者は、『となりのとなり』を見ていた世代ではないかと、私は密かに思っています。
小林桂樹の出演作やCM、覚えてらっしゃいますか。
社長学ABC [レンタル落ち]
ub24660森繁久彌 久慈あさみ続社長学ABC内藤洋子ポスター
小林桂樹、リバティ・ベルス主題歌『幸せがほしい』でドラマ出演・・・へえ~~~、母親が大原麗子で、長女が坂口良子ですか。わたし、その家庭にぜひもらわれたいですね。ぜひ末っ子として(笑)。冬なんかは当然炬燵で、前方に大原麗子、横に坂口良子がいて、ふと足と足が触れ合って・・・もちろんその時は部屋の中に前田吟も渡辺篤史も存在せずに、と、朝から妄想の世界に没入しそうになりました。申し訳ありませんです(笑)!
小林桂樹という名前は子どもの頃から知っていたのですが、だいたいこのドラマの感じの小林桂樹でした、わたしの記憶にあったのは。このドラマ自体は観た覚えがないのですが、このように風格ある要望の小林桂樹ですよね。だからその印象しかなかったわたしは、いっぷく様のご紹介によって『社長シリーズ』を観始めてびっくりしたわけです。(こんな軽妙な芝居をしていたのか!)という驚きです。しかも何か要望が動物的で可愛らしいですよね。今だったら、「圭樹ぬいぐるみ」とか作られそうです。
「幸せがほしい」も試聴してみました。70年代らしい、「自由」の薫りが濃厚で爽やかな曲ですね。そう言えばグループ名も「リバティ・ベルス」なのですね。70年代は大きな社会問題、冷戦を中心とした複雑な国際情勢などもありましたが、まだまだ「未来」に希望を持っていた人たちが多かったのだと思います。現在はまったく、「未来って、何なのだろう?」というような状況に感じます。
わたし、滝沢秀明というのは、猪木とプロレスしたことくらいしか具体的な仕事は観たことないんです(笑)。あのプロレスもプロレス誌で絶賛されてましたが、わたしも観ましたけど、特にピンとは来ませんでした。相手がアイドルであっても試合を作ってしまう猪木・・・という文脈で評価されていたと思うのですが。
この前に昭和のヒット曲的な番組を観たのですが、近藤真彦の全盛期って、16~17歳くらいだったんですね。この年齢であれだけ毎日のようにテレビへ出てスター扱いされてしまえば、勘違い人生を送るのも致し方ないとあらためて思いました。田原俊彦は現在もうお笑いタレントのようなスタンスですが、近藤真彦は人生、カッコつけっ放しですよね。
昨今のジャニタレは高齢化している場合が多いですけれど、40~50の男がアイドルグループってどうなんだと普通は感じるはずなんですが、これもいつの間にか、なし崩し的に「当然」化してしまいました。ももクロはこれから、「年齢を重ねてもアイドルでいたい」という目標があるらしく、そちらは応援しておりますが(笑)。ももクロの場合は圧倒的なステージパフォーマンスで鍛えられてきたという実績があるのですよね。ジャニーズの場合はどうしても、(こんな芸で、これほど人気が出ちゃいけないんじゃないか)というのがまずあるのです。それと、「アイドルが何もかもやってしまう」というのは、日本の芸能、文化レベルを下げていると思っております。例えば女性アイドルだと、「本格的に女優に挑戦するため」に、前田敦子や大島優子はグループを止めましたし、その後へ続く人たちも同じ方法を取るのが普通だと思います。どうしてもグループを最優先させるジャニーズと比べると、女性アイドルの方がずっと真っ当だと思うんです。ジャニーズは基本、グループ最優先で、この傲慢さがどうにもいけません。
ジャニーズ事務所内の力関係などについてはまったく存じませんでした。またまたいろいろお教えいただき、感謝感謝です。
>クイズ番組に出ても、「わかんな~い」を連発していて
これはヴィヴィッドにして貴重なご記憶ですね!確かにわたしも、さほど明確な記憶ではないのですが(笑)、『クッキーフェイス』のCMは覚えておりまして、その時の印象は、(胸、大きい。小麦色。顔、まあ美人。でも頭悪そう)と、子ども心にはそのように受け止めておりました。だから、おっしゃる通り、女優の仕事を始め、何らかのきっかけでか、あるいは徐々にかもしれませんが、大きな意識改革が本人の中であったのでしょうね。RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2018-09-16 09:06)
大原麗子さん、5歳くらい上のお姉さんですが
可愛らしい女性でしたね!
by Take-Zee (2018-09-16 15:03)
46歳差というと、お舅さんでも少し離れているぐらいですね。
by 犬眉母 (2018-09-16 16:26)
大原麗子に石田ゆり子かぁ、うーん、役とは言え羨ましい(笑)
by pn (2018-09-16 16:48)
大原麗子さん、可愛らしくて大ファンでした。
亡くなられた歳に、ネットで探して、「青春太閤記 いまにみておれ!」のDVDボックスを見つけて即、購入しました。
by ヨッシーパパ (2018-09-16 18:48)
小林桂樹さん、好きな俳優さんでしたね。
映画はほとんど記憶が無いのですが
「それぞれの秋」でしたか
脳腫瘍に冒された父親の演技が印象的でした。
by そらへい (2018-09-16 20:39)
こんばんは!
美味しそうに食べるひとを
見ているだけで
こちらも なんだか満たされた気持ちになります☆
お店で食事をするときなど
周りを「不愉快」にさせない食べ方をしたいなぁ・・・!
by ちゅんちゅんちゅん (2018-09-16 21:13)
大正漢方胃腸薬のCMよくおぼえてます。大原麗子とてもきれいでしたね。
by ヤマカゼ (2018-09-17 16:26)
素晴らしい俳優といい音楽で、昭和のドラマは楽しいですね。
by うつ夫 (2018-09-18 23:47)