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『死んで生き返りましたれぽ』心肺停止で知ったことや得たこと [社会]

死んで生き返りましたれぽ

『死んで生き返りましたれぽ』(村上竹尾画、幻冬舎)を読みました。自宅で倒れて心肺停止した著者が生還したものの、複数の重篤な後遺症や壮絶な闘病生活の中、家族や主治医など周囲の人に支えられ、「生きなおす」希望を取り戻していく話です。



以前書いたように、私は妻子が、マスコミに大々的に報じられた火災で意識不明の重体となりました。

折にふれて、当時のことや経過をこのブログで記事にすることはあっても、専門の闘傷記・リハビリブログは現在まで作っていません。

いちばん大きな理由は、何を伝えるためにそれを発表するのか、という点できちんと自分の気持が固まっていないからです。

脳障害の情報は大変少ないため、私の体験や持っている情報も、何らかの形でお役に立てるかもしれないのですが、なかなか発表の仕方が難しい。

少なくとも、社会から注目されたいなどという“目立とう精神”で、そのことを公表するつもりはないのです。

最近は、不幸商法が流行して、病気や障害を(すでに治っているものも含めて)カミングアウトする芸能人がふえています。

その影響を受けたのでしょうか。

一般人の個人ブログなどでも、家族の病気体験を、むしろ喜々として、事細かに書き連ねているものを見かけます。

両親は健在で介護の手間もなく、自分は高学歴で仕事もリストラされず、結婚生活も問題なく子どもも順調に成長した。

そんな何不自由なく挫折もない人生で、今や自分に足りないものは不幸である。

……そう考えたかどうかわかりませんが、私から見て、恵まれている人生を送っているように見える人ほど、「自分の人生にだって泣きたいときはあるのだ」と、不幸自慢しているように思えることがあります。

でもたかだか平均寿命80年程度の人生です。苦労や不幸なんて、ない方がいいんですよ!

それはともかく、不幸体験というのは、実は、現代ではちょっとしたトレンドなのではないかな、と私は思っています。

自分の不幸体験は、不幸があっても、こんなに頑張って今はここにいるんですよ、という自己ブランディングに有効であると考えているのでしょうか。

他人のそれは、感動できる私って何て心のやさしい素敵な人なの、と自己満足できるからかもしれません。

要するに、どちらも自分のため(笑)

でも、他人のそれは、一歩間違うと、逆恨みにつながりかねません。

ヒトを感動させておいて、お前はそんな人間だったのかと……

『死んで生き返りましたれぽ』という、心肺停止の体験を上梓した村上竹尾さんも、その一人なのかもしれません。

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心肺停止の話と行為の批判は別


『死んで生き返りましたれぽ』とは、pixivという、イラストの投稿・閲覧にコメントが付けられる「イラストコミュニケーションサービス」に発表され、それが幻冬舎から書籍化されたものです。

pixivはこちらから入れます。

要するに元のマンガはネットで読めます。

死んで生き返りましたれぽ その1
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=40218865

著者が持病を悪化させ、体の数値が落ちて心肺停止に。

そこから生還したものの、合併症や後遺症で苦しんでいるという話です。

この1冊目で、多くの人の感動を呼んだそうです。

そこで最近はその第2弾が出たようですが、内容もさることながら、著者のキャラクターにも問題があるようで、Amazonでは多くの人から星1つで叩かれています。

私は著者の人格は知らないし、作品評価とは切り離して考えようと思っています。

が、そもそも私自身、妻がもっと壮絶な心肺停止の経験をしているので、『死んで生き返りましたれぽ』を読んでも、

読者はこの程度で感動するのか

という思いが正直あります。

私の妻の場合は、健康体でしたが、突然の火災による一酸化炭素中毒による心肺停止。

要するに普段の生活では想定し得ないものでした。

昏睡は1週間以上続き、喉も切開してカニューレをつけた生活も行っています。

そして、いつ死んでもおかしくない、第三次救命救急患者でした。

長男が、いったんは遷延性意識障害の診断を受けたことは、これまでにも何度か書いています。

一方、この著者は、糖尿の持病をもっている中で、「自営業」であるため無理をして高血糖昏睡に陥ったそうです。

そして、心肺停止そのものの後遺症(脳障害)は、脳浮腫はあるものの、たとえば遷延性意識障害ほどの重篤なものではありません。

覚醒後の後遺症や合併症は、糖尿病性ケトアシドーシス、腎不全、横紋筋融解症、敗血症、肺炎、栄養失調など、そもそも心肺停止前から数値が悪くなっていたもので、心肺停止は、不幸なことではあるけれども「あり得る事態」ではあったわけです。

でも、読者は、心肺停止なんてめったにない経験だから、心肺停止と聞いただけで感動してしまうんだろうなあ、

なんて感想をもっています。

もちろん、心肺停止はそれ自体、重大なことです。

ではなぜ、そんな意地悪な書き方をしているかというと、命がけの経験をしたのに、その教訓や公益性がいささか物足りないのです。

そういう経験をしたことで、では生きるということはどういうことなのか問いなおすとか、持病や不摂生と心肺停止との関係をきちんと突き詰めて、読者に警告するとか、そうした意義を主張できるのではないかと私は思うわけです。

まあ、もととなる作品は、絵ブログからはじまったものですからそういうものだとしても、商業書籍として発行する段階で、そうした補足もあった方がいいのではないかと私は思いました。

もっとも、著者は心肺停止を経験したことで、いったんは「きれいな気持ち」になります。

リハビリ中に、今までは営利目的や承認欲求から行っていた、絵を描いたり写真を撮ったりを、相手が喜ぶために行うようになりました。

ところが、社会復帰すると、気に入らない小説に対して、集団で「中傷じみた発言を煽るような言動」を行いました。

ネットでは、いわゆる「石かり集団いじめ事件」と叩かれるトラブルです。

一応、当事者から経緯の説明と謝罪言葉が発表されたのですが、ネットでは「誠意がない」という感想が多くの人に持たれたようで、その結果、2冊目の「続編」は、手厳しい評価がついた、というわけです。

読者の中には、「心肺停止に感動してやったのに、褒められない生き方しやがって」という裏切られたような思いも強いのではないでしょうか。

でも、著者をかばうわけではありませんが、心肺停止からの生還と、著者の人間性は区別して考えるべきだと私は思います。

批判は批判として、生還できたことはやはり素晴らしいことではないでしょうか。

繰り返しになりますが、私としては、せっかく心肺停止の人として有名になったのですから、今後はそれを公益性ある方向で生かした活動をしていただきたいですね。

死んで生き返りましたれぽ

死んで生き返りましたれぽ

  • 作者: 村上 竹尾
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2014/11/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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赤面症

「やはり人を殴るときは殴った感触がほしい、でないと生きている実感がしない」
この言葉は、心肺停止から生還した村上氏には言ってほしくなかったですね。
せっかく生き返って、悟ったのはそんなことかよって思われますから。
by 赤面症 (2016-05-06 01:00) 

toshi

同じ体験をしても、それをどのようにとらえるか
人によって違いますね。
生まれてくるということは死んでいくと
いうことと同じに思えてきます。
by toshi (2016-05-06 05:23) 

pn

不幸自慢をしたがる人っていますよね、こんなに大変なのみたいな事良く言ってる同僚がいるのですがとどのつまり他人の不幸話を聞きたいだけで。
不幸ぶってて他人と比べてまだマシと思いたいようです。
by pn (2016-05-06 06:20) 

isoshijimi

自分自身はそういう経験をしたことがないので、そんな時に自分自身がどう想うのかはわかりませんが、身内が肺炎により、急に今日か明日かと言われたところから、奇跡的に回復してくれときは、ただ嬉しかったです。(本人はあとでそこまで危なかったことを知らされて、今では笑いながら話せるまでになってよかったと感じています。)


by isoshijimi (2016-05-06 07:57) 

MI

心配停止で助かった、意識不明から奇跡の回復、障害者でも社会復帰できた等の記事は悲劇のヒロインや社会的なアピールとして批判的な考えの人も少なくはありませんが、しかし個人的には昨年、8歳の息子が、呼吸停止から今なお遷延性意識障害でベッド上寝たきり状態でいっぷくさんの記事にも書かれていましたが家族としては色んな情報がほしいです。息子はちょうど、いっぷくさんの息子と、同じくらいの年齢で症状もにており昔の写真も体型、髪型も似ていてダブって見えてしまうところも、ありますが結果的にはいっぷくさんの息子さんよりも症状はひどく7ヶ月たった今でも立つことも、喋ることもできません。僕自身はこのような状況で家族が少しでも安定した生活を送って家族を介護していけるのなら、その家族が、社会的アピールしたり、悲劇のヒロインになって共感してもらえてその人が精神的安定できるならそれは、それで良いのではないかと思います。僕自身は悲劇のヒロインになるつもりはありませんがいっぷくさんもそうですが僕も今後、誰かが自分のブログの記事で情報提供したことが役に立てたらと
思い、少しづつですが書かせていただいています。

本当にいっぷくさんの家族の病状紹介やこれまでのトンでも民間療法や息子さんの回復経過は今の自分に希望を持たせていただきとてもありがたいので感謝しています。
僕自身、息子が万が一回復しても、その経過や何の関わりが、良くてリハビリなど良かったと細かくブログで書いていこうと思っています。いっぷくさんみたいに、記事の書き方は上手でありま他の人を感動させる記事はかけませんが[ウッシッシ]
by MI (2016-05-06 08:07) 

Take-Zee

こんにちは!
心肺停止・・・最近この言葉に違和感を感じてます。
ニュースなどで”焼け跡から心肺停止の・・・”
どう考えてもおかしいと思いながら見ています。

by Take-Zee (2016-05-06 14:08) 

いっぷく

コメントありがとうございます。

糖尿とか、うつ病とか、脳障害とか、がん治療などの場合、リハビリや、日常の生活情報それ自体に価値があるので、大いに書いていただきたいと思います。

ただ、治るか治らないか、というだけのケガや病気に対しても、延々と些細なことを書いているブログなどもあるので、ちょっと事大主義だなと思うことが正直あります。

もちろん、何を書くか自由ですが、無理して不幸ぶりをクローズアップするより、楽しいことを書いたほうがブログのモチベーションもあがるのにと思うわけです。

私だったらそうします。
不幸ばかりでは疲れてしまうから。
でも不幸がない人は、そうじゃないのでしょう。

またそうしたブログは結局無理して引っ張るから飽きてしまうのか、例外なく尻切れトンボに終わります。

長男の話は、この雑記ブログではなく、そのことを特化したブログを改めて作りたいと思っています。
by いっぷく (2016-05-08 00:33) 

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