『脳障害を生きる人びと 脳治療の最前線』(中村尚樹著、草思社)という書籍をご紹介します。遷延性意識障害と脳治療について、実際に脳挫傷や低酸素脳症などの人びとに取材しながら、患者と治療の実態をまとめた書籍です。いつ誰にでも起こりえる脳障害とはどのようなものか。万が一の場合に知っておきたいことが書かれています。
私のもとには、「脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会わかば」というところから、定期的に会報が送られてきます。今日も、「意識障害を治療するために」という講演会のお知らせが届いていました。
私は3年前に妻子が火災にあい、長男には遷延性意識障害の診断が出ました。
突然のことでしたが、いろいろな人から情報を得たかったので、以前このブログで書いた
福寿草さんのご紹介で家族会に入りました。
その時に、脳障害患者と医療の実態を知りたいと思いいろいろな書籍を読んだところ、より多くのケースをまとめたものが、『脳障害を生きる人びと 脳治療の最前線』でした。
遷延性意識障害というのは、簡単に述べると、脳にダメージを受け、自力で自分の行動や表現をコントロールしない状態になってしまったことです。
たとえば、車椅子に乗せてお尻の位置がずれても自分では治せません。
目が開いていても、目の前でものを移動させても追視ができません。
問いかけても少なくとも会話が成立しません。
ただし、それが生涯そのままであると確定したわけではないし、心ないネット民に無知による誤解があるようですが、それ自体は「生命の危機」ではありません。
でも、社会復帰できる確率は多くないので、医療がどこまでみるべきか、という点が議論になります。
同書の象徴的な部分を部引用します。
「ここに居られる方法があるよ」
まだ若い主治医が、次の病院探しに奔走する母親に話しかけた。
「息子さんは一生歩くこともないし、目も覚めないから脚を切りなさい」
この病院で外科手術を受ければ、あと三ヶ月は入院が延びる。
要らない脚だから切りなさいというのだ。……
「うちの子は、全部聞いていて、わかってたんです」
実は息子はその頃、意識不明の状態をすでに脱していたのだと母親は言う。
ここには、遷延性意識障害患者の2つのキーワードがあります。
ひとつは、遷延性意識障害患者は、「治る見込みがない」と医師にみなされて入院(転院)先に困るケースがある、ということ。
もうひとつは、患者によっては閉じ込め症候群といって、意識障害に見えてもそうではなく、四肢麻痺などのため意識の表現に支障をきたしている場合もあること。
要するに、遷延性意識障害=昏睡状態なのではなく、実態は患者の側から見るともっと複雑で多様であるということです。
遷延性意識障害とは無縁の方が同書を読むと、遷延性意識障害の扱われ方がどうであるかということを知ることができるでしょう。
患者の家族が読めば、多様な症状やその後の回復の可能性などを知ることができるので、前向きな気持になれるかもしれません。
この障害の家族は例外なくこぼすのですが、医師は悪いことしかいっていないように感じるといいます。
私も権威ある国立病院のICUの医師から毎晩脅かされ、長男はそのまま寝たきりになるのかもと腹をくくっていました。
その後、妻の入院先に転院したのですが、その際医師団の一人から、「どうせ治らないからはやく自宅に帰った方が息子さんのためだ」とまで言われました。
さじを投げられたわけです。
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ただ、重度の患者の場合、それは必ずしも的はずれなドクハラとはいえないし、『脳障害を生きる人びと 脳治療の最前線』を読んでいた私は、まだ回復する見込みもあるだろうという期待感がなぜかあったので、とくに腹は立ちませんでした。
その後、長男は意識を回復。退院する頃はその医師は自分の言ったことはすっかり忘れたようで、長男の記憶や学習能力が回復に向かっていることを認めていました。
まあ要するに、脳障害について今の医学はその時々の状態を診るだけで、個々の回復の道筋を言い当てるレベルには至っていないのではないでしょうか。
このブログでは、過去に「
がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録」「
『植物状態からの生還』信貴芳則岸和田市長の奇跡を読む」など、回復例をまとめた書籍をご紹介してきました。
脳障害の家族の方々は、医師から悪いことを言われても絶望しないで、同書のような実態をまとめたまじめな情報によって前向きな気持を持ち続けておられたほうが、患者のためにもご自身のためにもいいと思います。
脳神経外・内科や小児リハビリの名医を探す難しさ
こういう書籍をご紹介しても、該当する家族のいない人は、ピンと来ない話でしょうね。
でも、いつも書いているように、脳障害は、いつ、誰にでも起こり得ることです。
交通事故、火災、水難、何らかの原因による心肺停止から奇跡的に助かった場合、心筋梗塞や脳卒中など。
ですから、その時になって慌てないように、ああ、どこかのブログでこんなことが書いてあったなあと、頭の片隅にでも記憶を残して置かれると幸甚です。
私の経験ではこういうこともありました。
子どもの学資保険に加入した生命保険会社のプランナーが、なぜ自分がその道に入ったかについて、こう話していたのです。
「この仕事をしていると、営業でいろいろな人と出会うから人脈が作れます。私が人脈を作りたいのは、突然のケガや病気になった時、最新の医療を受けられるようにしたいからです。市販の名医本に載っている人に、いきなり訪ねて行っても治療はしてもらえない。そんな時、人脈がモノを言うのです」
あー、そういう考え方もあるのか、とその時私は思いました。
たしかに、ソフトバンク・王貞治会長は、お兄さんが慶応大学外科教室出身で、執刀医の先輩だったという人脈がモノをいって当時珍しかった胃がんの腹腔鏡手術を行っていますし、このブログでもご紹介したことのある
関原健夫氏も、勤務先が大手銀行だったことによるエリートネットワークを利用して、最新の治療を有力な医師のもとでよりはやくより確実に行うことで、なんと6回もの大腸がん転移を克服しています。
その保険プランナーは、失礼ながら営業に向いている人には見えなかったのですが、プランナーを10年続けているといいます。
だから、てっきり人脈作りが着々と進んでいるのだと思うじゃありませんか。
ところが、私が事故の際、真っ先に相談しすると、返ってきた答えは……
「そういう特殊なケースというのは、治療先がなかなかむずかしいです」
なんじゃそりゃ~
……がっかりですよ。
医療の世界で多くの難病が認定されているこんにち、脳障害がそんなに「特殊なケース」かどうかということもさることながら、そもそも「特殊なケース」だからこそ、人脈を使うんだろう、と私は思いましたけどね。
今この話を書いたのは、その保険プランナーを責めたり恨んだりしているからではないのですよ。
要するに、突然、その分野の医療を受けなければならなくなった時、一般の内科や外科と違い、脳障害は「名医」の見当をつけること自体がむずかしいということをいいたいわけです。
意識障害を治療するために
冒頭の「意識障害を治療するために」という講演会ですが、来る11月16日に、家族会と日本意識障害学会の共催で行われます。
講演するのは、日本意識障害学会理事長で、藤田保健衛生大学脳神経外科の加藤庸子教授。
開催場所は、東京八重洲通りの「アットビジネスセンター」。入場は無料です。
後援は厚生労働省、国土交通省、独立行政法人自動車事故対策機構。
開催が近くなったらサイトも立ち上がると思います。
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