橋田壽賀子氏といえば、『おしん』『春日局』『隣の芝生』『渡る世間は鬼ばかり』など、テレビドラマ史上に名を刻んだ作品を書き続ける脚本家。ところが、今週号の『女性自身』(6月3日号)のトップ記事では、『「もう書けない…」絶筆決意で『渡鬼』やめます!』というセンセーショナルなタイトルで、その橋田壽賀子氏に直撃インタビューを行っています。
絶筆報道の原因になったのが、昨年から始まったTBSで手がけているホームドラマ『なるようになるさ。』の視聴率低迷。「名脚本家のプライドが折れた」と書かれています。
同誌によると、現場ではもう橋田作品は時代遅れではないのかという声も上がっているとか。
そして、岡倉大吉役の宇津井健さんが亡くなったこともあって、単発ドラマとして続けている『渡る世間は鬼ばかり』もやめてしまうのではないか、と心配し、熱海でスポーツジム帰りの橋田壽賀子氏を直撃した、という記事構成になっています。
でも記事を読むと、橋田壽賀子氏自身の発言としては「やめる」とは一言も書かれていません。結局、不振の『なるようになるさ。』のPR記事だったのでしょうか。
「引退は、したいですよ。でも、させてもらえないでしょうね。シリーズものはやりたくない? はい、そうですね。でも、明日のことはわかりませんよ」(中略)
「放送中の連ドラ『なるようになるさ。』の視聴率があまりよくないということは、たしかにお聞きしております。でも、私は気にはしておりません。『渡鬼』終了についても、まだ先のことなので決めておりません。字津井さんのことについても、今はプロデューサーの石井ふく子さんたちと相談しているところです。TBSの言うとおりにします。『やれ』と言われたら、やりますよ」
2年後には、ドラマの脚本を書いて60周年になるので、「そのときに何かできないかと」考えているとか。
視聴率不振もあるから身を引きたいが、TBSには世話になっているし、2年後に自分のやりたいことをやらせてもらいたいので、一応続けています、ということでしょう。
石井ふく子氏あってのホームドラマだったのか
『なるようになるさ。』に、『渡鬼』のプロデューサーである石井ふく子氏は名を連ねていません。
視聴者は、橋田壽賀子氏の世界というより、石井ふく子氏の世界を見たかったのかもしれませんね。
平岩弓枝氏の『肝っ玉母さん』から、橋田壽賀子氏の『渡る世間は鬼ばかり』までの一連の石井ふく子ホームドラマは、50年代後半から60年代の東宝黄金期にメガホンをとった、久松青児監督の作品を連想します。
中央が久松青児監督(『東宝昭和の爆笑喜劇Voi.24』より)
……と書くと、映画に詳しい方は、「どこが!」と憤慨されるかもしれませんが。
久松青児監督といえば、『喜劇駅前』、そして初期の『クレージー作戦』シリーズなどのメガホンをとっています。
東宝喜劇の久松青児監督と、テレビのホームドラマの橋田壽賀子氏。ポジションは全くかぶりません。
個人的にも、久松青児監督の作品は好きですが、『渡鬼』はあまり好きではありません。
しかも、久松青児監督は、役者たちの一騎当千の個性を活かしながらひとつの作品に束ねる人で、橋田壽賀子氏は、自分の書く世界で役者を強引に演じさせてしまう点も対照的です。
ただ、ご両人の作品の共通点として、どちらもたくさんの役者がラインナップされています。
そして、各役者が出るべきところで出てきて、すべき仕事をしていくアンサンブルが特徴です。
それには、当然役者一人ひとりの演技力も必要です。
NGを出すと、本気でイライラして若い共演者をビビらせた藤岡琢也のような人が作品を引き締めていました。
それが、観る者に安定感や充足感を与えてきたのです。
『なるようになるさ。』には、そうした『肝っ玉母さん』以来のホームドラマの真髄が感じられないのでしょう。
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橋田壽賀子氏の世界には手が合わない舘ひろしと、いつまでも進歩しないわざとらしい演技で浮いている浅野温子。
配役が『渡鬼』よりも減っていることも致命的で、ドラマが展開する場所以外の世界が想像できません。
ですから、いくら画面に出てくる人々の人物描写をしても、彼らの生きている世界の奥行きが見えてこないのです。
『渡鬼』は、死んだことにした役も含めて、各世代のいろいろな人物が設定されていますよね。
石井ふく子作品はギャラが安く、石井ふく子氏が蓄財していたと報じられたこともありましたが、役者一人あたりのギャラを抑えたからこそ、たくさんの役者を使えたということもあると思います。
これまで多くのヒット作を世に送り出してきた橋田壽賀子氏でしたが、少なくとも『渡鬼』は石井ふく子氏によって支えられてきたということを改めて感じているのではないでしょうか。
私も石井ふく子「アンサンブル」の末末末席に加わった『ああ家族』(86年、TBS)詳細は「
エキストラ、いわゆる“仕出し”の醍醐味とは?」で。
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