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『車寅次郎の不思議』で、かつて流行した謎本の醍醐味を考える [懐かし映画・ドラマ]

『車寅次郎の不思議ー映画全45作品に隠された63のミステリー』(江戸川寅さん研究会編、双葉社)という書籍を読みました。4月下旬の『日刊ゲンダイ』に、映画『男はつらいよ』について振り返る面白い記事がありましたが、不覚にもそれを紛失してしまいました。ただ、出典として『車寅次郎の不思議ー映画全45作品に隠された63のミステリー』が書かれていたのを覚えていたので、連休中にそれを読んでみました。

車寅次郎の不思議.png

この書籍は、作品研究、作家研究といった文芸批評ではなく、一時期(1980~90年代前半ぐらい)流行した、「謎本」といわれるジャンルの書籍です。

謎本とは、フィクション作品の設定や、登場人物の個人情報、人間関係、生活環境などの推理や検証を試みるものです。

オタク本ですね。

私も『男はつらいよ』は、追悼的スピンオフの「49作目」以外は全て見ています。

それでも、こうした書籍を書くためには、ひとつの作品をメモをとりながら何度も見て、可能な限りシナリオも揃えているはずですから、執筆の労苦には率直に頭が下がります。

もっとも、こういう仕事は、それが好きな人だからやっているので、ご本人(たち)はあまり苦にならないのかもしれませんが。

内容はこんなかんじです。目次から一部抜粋します。
とらやの人々の年齢はいったいいくつなのだろうか?
寅次郎が大好きな食べものは何だろうか?
寅次郎はなぜ冠婚葬祭が好きなのだろうか?
寅次郎の書く手紙に際立った特赦はあるのだろうか? その文才は?
酒好きの寅次郎が好んで飲む酒は?
寅次郎の舎弟・登はいま、どうしているのだろうか?
酒好きの寅次郎が好んで飲む酒は?その酒量はどれくらいなのか?
寅次郎が好きになった女性に…共通点はあるのだろうか?
富次郎のことをいちばん愛した女性は誰だろうか?
寅次郎自身がもっとも愛した女性は誰か?
寅次郎はなぜ女性にモテるのだろうか
印刷工場のタコ社長はどのような人物か? その家族は?
とらやにはペットがいないようだが飼っていたことはあるのだろうか?
これらは、いずれも複数の作品のさりげない台詞をつないで答えを探しています。

たとえば、「とらやの人々の年齢はいったいいくつなのだろうか?」という「謎」については、寅次郎62歳、さくら51歳、博52歳、おいちゃん80歳前後、おばちゃん70代前半という推定を、第1、2、8、15、26という5作の台詞から行っています。

謎本は一応研究本なので、脚注に根拠となる作品のタイトルも書いています。

画像の切り貼りでズルをする一部理系の論文よりよほど説得力があるかもしれません(笑)

作者よりも作品について詳しくなれるかもしれない?


この書籍が出た当時、謎本は出版業界で流行していてたくさん出たので、すべてを読んだわけではありませんが、私も一応有名なところはひと通り読みました。

『ウルトラマン研究序説』(1991年、SUPER STRINGSサーフライダー21、中経出版)
『磯野家の謎ー「サザエさん」に隠された69の驚き』(東京サザエさん学会、飛鳥新社)
『磯野家の謎・おかわり』(東京サザエさん学会、飛鳥新社)
『ドラえもんの秘密』(世田谷ドラえもん研究会、データハウス)
『意地悪ばあさんの愛』(東京サザエさん学会、毎日新聞社)
『サザエさんの秘密』(1993年、世田谷サザエさん研究会、データハウス)
『ゴマちゃんの履歴書ー少年アシベとふしぎなフシギな仲間たち』(少年アシベ探偵団、光文社)

パッと頭に浮かぶのはこんなところかな。
こういう流行が、後のと学会や、トリビアブームにつながっていったのだろうと思います。

謎本を書くには、作品を暗記するほど何度も見て、その上でテーマにそって答えを見つけていかなければならないので、作者以上に作品に詳しくなければなりません。

そこが謎本の醍醐味なんでしょうね。

つまり、作者も知らない、気づかない、考えもしなかった自分だけの視点で作品の一面を知る、ということでしょう。

『男はつらいよ』の熱狂的なファンが、実は自分は山田洋次監督よりも寅さんについて詳しくなれるかもしれない、と考えるとき、謎本的問題意識を持つことは十分に理解できます。

やっぱり謎本は遊び心で読むもの


ただ、文学的にマジレスすると、謎本ができる作品評価は、おもいっきり善意に見ても限定的でしかありません。

しょせん遊びなんです。

だって、創作物の設定について客観的なリアリティを前提とした検証なんて、それはつきつめていったら作品の否定にしかつながらないでしょう。

そもそも車寅次郎はテキ屋ですが、親分も子分も出てこないし、舎弟の登も任侠的なつながりというより、メンターという感じです。

私は渡世の人間ではないので断定はできませんが、縄張りや系列に生きる世界で、組織としての一本独鈷はあっても、全国任意巡回のフリーランス露天商なんてあり得ないでしょう。

何十年も続いているにもかかわらず、ストーリーは原則として永劫回帰型、ただし、登場人物の年齢だけはリアルに増えていくという、より複雑な設定になっていますから、生命体すべての宿命である「生成ー発展ー消滅」の複雑な経過をリアルに描くことは不可能です。現に、甥の満男役が、途中で役者のリアルな成長と映画の設定に合わずに交代していますよね。

それに、客観的実在のモデルでない限り、いくら厳密に登場人物のキャラクターを決めても、著者の加齢や価値観や心境の変化で、概念そのものが変わってしまうこともあります。

たとえば、「優しい人」という設定でも、20代の作家が考える「優しさ」と、恋愛もして仕事で苦労もして家庭ももった40代の作家の「優しさ」の概念は全く違うと思うのです。

ですから、『男はつらいよ』にしろ『サザエさん』にしろ『ドラえもん』にしろ、長寿の作品は描きたいことを最優先して、それ以外の部分には辻褄合わせをしなければならない箇所や、ちょっと「変質」してしまった箇所も当然出てくるわけで、それを「矛盾」と騒ぎ立てたり、何らかの「一致」に意味をこじつけたりすることが、果たして作品を知るという意味においてどれだけ大きな意義があるのか。

……なんて興ざめなことは、いったん措いておかないと、謎本は楽しめません(笑)

いずれにしても、謎本は“知的な遊び”なのだと思います。

渥美清こもろ寅さん会館


それはそうと、昨年の3月頃、小諸にある「渥美清こもろ寅さん会館」が財政的に運営が危ないという報道がありました。

企業、個人が出資し、同館を運営する株式会社「こもろ寅さん会館」が、文字通り「うわもの」だけをもっていて、地下と土地は小諸市のものだそうですが、現在は小諸市観光協会が公式サイトを開設しているので、小諸市が引き取ったのでしょうか。

それにしても、現在は閉館中で、開館の予定も未定となっています。

いい方向に解決するといいですね。

車寅次郎の不思議―映画全45作品に隠された63のミステリー

車寅次郎の不思議―映画全45作品に隠された63のミステリー

  • 作者: 江戸川橋寅さん研究会
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 1993/06
  • メディア: 新書


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