輸血、抗がん剤などについて、宗教団体ではなく医師の側から否定論がしばしば述べられます。医学は相対的真理の長い系列にありますから、現在の治療法や処置が永久に正しいとはいえません。もとより、医療従事者から多様な意見があるのは、新たな進歩のきっかけにもなるでしょう。
しかし、私たちがその意図も背景も根拠も医療現場も理解せず、自分の心境に都合の良い結論だけをみだりに振り回すようなことは厳に慎みたいものです。
先日、渋谷ハチ公前献血ルームで1年ぶりに400ccの献血を行ってきました。
今までは神奈川県・川崎や献血車での献血だったので、ちょっと緊張しました。
場所によって雰囲気や手順が微妙に違いますね。
綿棒をもらいました
ところで、輸血について、facebookである医師の輸血否定の投稿が話題になりました。
内海 聡
病院で輸血してる人多いけど、寿命縮めてるって気付いてんのかな?逆にいえば献血って何か知ってんのかな?
多くの患者にとって、「輸血は益となるより害となる可能性がある」との研究結果が、米科学アカデミー紀要に発表された。研究を発表したのは、ノースカロライナ(North Carolina)州デューク大学(Duke University)医療センター。
血液中の窒素酸化物は、赤血球が体内組織に酸素を運搬するのを補助する役割を果たす。研究によると、輸血が害となるのは、保存血中の窒素酸化物が採血後3時間以内に失われてしまうことが原因だという。
近年の研究で、輸血を受けた患者の心臓発作、心不全、脳卒中などの発生率が高く、死に至る場合もあることが分かっていたが、その理由を特定したのはスタムラー教授の研究が初めて。
また、窒素酸化物は、赤血球の柔軟性にも影響を与える可能性があるという。血液中の窒素酸化物の濃度が低下すると赤血球が硬化し、小血管内の移動が困難になるという。https://m.facebook.com/satoru.utsumi/posts/425397907543968
ネットはさっそく、輸血を後悔するような投稿で盛り上がったのですが、
おいおい、抗がん剤の次は輸血かよ、と私は業腹でした。
その医師に対して?
もちろん、その真意や自覚にかかわらず、医師として不用意な投稿だったと思います。
でもそれだけでなく、情弱で流されやすい人々にもしっかりしてほしいと思いました。
この投稿について考えてみましょう。
「保存血中の窒素酸化物が採血後3時間以内に失われてしまう」という保存血液の弱点は確かに書かれていますが、輸血をしたら死ぬ、もしくは心臓疾患になるとは書いていません。
「発生率が高く、死に至る場合もある」としか書いていません。
「場合もある」でしょう。
その程度のリスクなら、今までにも言われてきました。
輸血というのは臓器移植なんです。本来リスキーなものなんです。
するときには、必ず承諾書にサインしますが
肝炎ウイルスのすり抜け確率が20万分の1、エイズウイルスのすり抜け確率が400万分の1、輸血後移植片対宿主病(GVHD)……。
そういうリスクがあってもやってください、ということを承諾するのです。
とくに、GVHDの死に至る確率は97%。ほぼ確実に亡くなります。
おそらく、今回の窒素酸化物の「死に至る場合」なんかよりもずっと危ないです。
それでも輸血するのは、輸血することで命が救われる可能性があるからです。
妊婦が前置胎盤になると、自己血液をあらかじめとり、帝王切開手術に備えます。
通常の帝王切開ではそこまでしないようですが、胎盤が癒着している場合の出血はおびただしく、命にかかわるからです。
そこで、あらかじめ自分の血液を保存しておいて、出血の際に備えるのです。
で、今回の投稿ですが、窒素酸化物の問題点は、他人の血液か自分の血液かは関係ありません。
では、癒着胎盤の妊婦はどうすればいいのでしょうか。
自己血液をあらかじめとってはいけないのでしょうか。
妊婦には、座して死を待てというのでしょうか。
この投稿は、現役医師のくせにその点には全く触れられていない書きっぱなしです。
私の妻は、事前の検査でもわからなかった癒着胎盤のため、自己血液では間に合わなくなり、生理食塩水を大量にぶちこみ、そのために肺に水がたまり、出産後も3日間酸素マスクがとれませんでした。
十分な輸血が行われれば、肺に水はたまらなかったかもしれませんが、いずれにしても自己血液のおかげで、大量出血にもかかわらず命を取り留めました。
同じ頃、福島の病院では癒着胎盤による出血多量で妊婦が亡くなり、担当医師が逮捕されて議論を呼びました。
妻は(自己血)輸血をしましたが、そして8年後には火災で心肺停止にもなりましたが、こんにちまで心臓はなんの問題もありません。
冒頭のfacebookの投稿では、「寿命縮めてるって気付いてんのかな?」などとセンセーショナルに書かれていますが、少なくとも私の妻の場合は、逆に血液を入れなければそこで「寿命」が終わっていたわけです。
具体的な統計が手元にありませんが、輸血によって、そのような成果を得ている患者は、何らかのトラブルで亡くなっている人とは比べものにならないほど多いでしょう。議論するまでもないことです。
今回の話がどれぐらいのリスクか知りませんが、少なくとも、輸血で命を救われる可能性を上回るものではないだろうと私は見ています。
かりにその論文が医学的にまともなものであると認められたとして、それは輸血のリスクの一つを発見、という以上の医学的意義はないと私は思います。
ただ、情弱な人々は、この投稿の「リスク」だけを頭に入れて輸血を忌避する。それは結局、献血者の減少にもつながっていくのではないかと私は心配しています。
みなさん、可能な方は献血しましょう!
抗がん剤の否定についても同様です。
私がこのブログで、放射線医の近藤誠氏の「がんもどき」理論について、反証や疑問や批判を書くと、コメント欄が必ず荒れ狂います。
あるコメント主は、近藤誠氏を信奉し、治療は受けるべきではない、なーんてコメントしておきながら、自分の身内ががんになったら、まっさきに手術してるのです。
おいおい、治療はしないんじゃなかったのかよ、と突っ込みたくなりました。
だったら、なんで今の医療にケチを付けるんですか。
抗がん剤。たしかに毒です。リスクはあります。
しかし、伊達や酔狂で医療現場で使われているわけではありません。
がん治療に絶対がないから、ひとつの手段として使われているのです。
ところが、たとえばがんで死んだ家族がいると、遺族は悔しくて悲しくて、
その矛先を病院の治療にもっていきたくなる。
そんなとき、抗がん剤って格好のターゲットなんですよね。
がんで死ぬ前に抗がん剤で死ぬ、なんてことを額面通り受け止めて、抗がん剤を真犯人にしたがるわけですが、でもそこで抗がん剤を含めたがん治療をしなければ、その人はがんで死んでいたわけです。
延命したり、もしかしたら助かったりする可能性があるから治療するわけで、結果としてうまくいかないからといって、清算主義的に抗がん剤を否定するのはいかがなものでしょうか。
ちがいますか? がんもどき信者の皆さん。
スキルス胃がん、術前投与の新たな治療法
http://1d.to/dzfz
都立駒込病院外科(胃)の岩崎善毅部長が、スキルス胃がんについて、化学療法『TS-1』と『シプラチン』を手術前に投与して、がんを小さくして沈めてから手術をするという治療法を提案しています。
がんが大きすぎると、手術適応でなくなるのが、抗癌剤で小さくすることで、手術適応まで戻せるということです。
たしかに、臓器がんを抗がん剤で治す、というのは今はむずかしいといわれていますが、それ単独で治せなくても、別の治療につなげる役を果たせるわけです。
表現に語弊があるかもしれませんが、主役では無理でも、脇役として使う方法もある、ということです。
こんなニュースもありました。
貼り付ける新素材...熱と薬で、がんダブル攻撃
http://1d.to/iedi
こちらも、抗がん剤で、がんを小さくして動きを止め、温熱療法で幹細胞もやっつける、というものです。
医療現場ですぐ使える決定打というわけではなさそうですが、侵襲性の少なさでは補助療法として存在意義はあるでしょう。
しかし、抗がん剤との組み合わせを前提としていますから、抗がん剤否定派は恩恵にあずかれないことになります。
残念でしたね、がんもどき信者の皆さん
だからね、ここで改めて言いたいのは、オール・オア・ナッシングは信用するなという事です。
まるごと信用することも、逆に頭から全否定する態度も理性的ではありません。
近藤誠氏には、現在のがん治療に関する問題点を提起している積極性はたしかにあります。
しかし、たとえばがんもどきの診断など、その主張には科学的・医学的な裏付けをはっきりとしめせるものではなく、がん患者の実態にも矛盾があります。それはきちんと見るべきです。
私は、医学・医療については是々非々で判断しますが、もし自分が、抗がん剤や輸血を必要とする治療に積極的意義がある患者になったら、それを受けることになるでしょう。
もちろん、理屈抜きに抗がん剤を何が何でも否定したい人にそれを押し付けるつもりはありません。
輸血も抗がん剤もなくても病気が治る。そんな時代になったらいいでしょうね。
【近藤誠氏関連記事】
・近藤誠医師の「がんもどき」理論、生還の事実をどう見る?
・『「医療否定」は患者にとって幸せか』の快哉と落胆
・『「医療否定」は患者にとって幸せか』、コメントにお答えします
健康情報・本当の話
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