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物理学と神、人間は間違いうる存在である! [(擬似)科学]

『物理学と神』(集英社)という書籍があります。著者は池内了氏。宇宙物理学者です。といっても同書は、物理学を飾った言葉で宣伝するものではなく、もちろん宗教書でもありません。池内了氏ならではの物理学史、物理学者・科学者史が「神」という比喩を使って述べられたものです。

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今この記事を読まれている方の中には、『物理学と神』というタイトルだけで、“なんだ、今日の記事は堅い話みたいだな”と思われるかもしれません。

まあたしかに堅い話かもしれません。

私はこれまでこのブログで、私にでも読める平易な書き方をした書籍から読み取れることをレビュー記事として書いてきました。

しかし、この書籍に限って言えば、決して気楽に読める書籍ではありません。私のような物理学の心得の全くない者でも読める書籍です……と紹介することはできません。

すでにこの書籍は他の方も個人ブログなどで詳しいレビューをされていますが、一定の関心や知識がないと内容を簡潔にまとめられないでしょう。

宇宙や科学史などに全く興味のない方は、最初から最後まで読み終えることすら難しいかもしれません。

実は私自身も知識はないし、興味もそれほどありません(笑)

では、なぜこの書籍を手に取ったのか。なぜここで取り上げるのか。

著者の池内了氏は、“学者の国会”といわれる日本学術会議の会員として活躍中です。つまり、物理学者として日本の学者を代表する立場にある方です。

にもかかわらず、一部物理学者にありがちな学問的ヘゲモニーや権威を上から目線で主張するのではなく、むしろ、物理学者・科学者がいかに非力な存在であるかを常日頃から述べ、彼らの弱点や誤りを率直に指摘、というより告白されている稀有な方です。

それだけに私は以前から、池内了氏を数少ない“信頼できる科学者”の一人と思ってきました。その池内了氏の真骨頂といってもいい一冊なので、ご紹介したかったのです。

専門用語に満ちている「各論」は省略して同書の全体の構成をご紹介します(私も自信がないので)。

もともと科学は、神の創った世界を数量的に証明するものとして在ったのに、客観的で再現性のある運動法則によって説明をつける形で発展した。つまり「神」は要らなくなってしまった。しかし、デカルト以来の近代合理主義は人間による方法論や判定を絶対視したことで、「神」は科学に都度都度混乱や試練を与えている、という内容です。

池内了氏は唯物論者ですから、もちろんそこでいう「神」を実在するものとして述べているのではなく、物理学者の不十分さを表現する比喩として使っています。

つまり、人間なんて間違いうる存在のくせに、自分の知に対してそれを忘れて傲慢になると矛盾(同書ではパラドックスと表現しています)や動揺を「神」は与える。人間が完全でない以上、「神」はこれからもしたたかにあらわれるだろう、と書かれています。

池内了氏は、あとがきにおいて、「物理学者だけでなく、科学者全体について現在の私がもっとも言いたかったこと」として結論を述べています。
科学者は、まだ部分しか知らないのに全体を知ったかのように思い込み、科学の力によってすべてが解決するかのようにふるまいがちであるからだ。しかし、科学によって得た知はあくまで部分であり、未知の領域は大きく広がっている。そこから、地球環境問題や生態系の多様性の危機のような、簡単には解決できない難問が生じてきたと言える。私たちがまだまだ無知であることを謙虚に学ぶためには、歴史を読み直すことが一番である。
池内了氏については、私は以前、興味深い経験をしました。

ある会合の後の懇親会で、池内了氏があいさつをすることになったのですが、ちょうどヒ素カレーの事件があった頃で、当時ワイドショーは連日何度も、あの容疑者が水を撒く動画を流して、視聴者に「この人が犯人だ」と刷り込んでいました。

そんなとき、池内了氏は、「ひょっとしたら犯人は別にいる、ということだってないとは限らない」と言ったのですが、懇親会に参加していた一般の人はドン引きしてしまったんだすね。

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なぜなら、一般の人たちはマスコミの刷り込にひっかかって、懐疑することを忘れてしまったから。

なんで“あんな女をかばうんだ”ということになってしまう。

でもそうじゃないんですね。池内了氏は別に容疑者をかばっているのではなくて、人間の判断には誤りがありうる、という留保は心の片隅にいつもおいておこう、という話をしたかっただけなのです。

池内了氏は、人間のおろかさ、傲慢さを「ヒ素カレー事件」という刺激的な事件を例にとって説明したわけです。

そう。池内了氏は、物理学者・科学者であれ、私たち一般人に対してであれ、つねに、

人間は間違いうる

ということを強調されているのです。

ちょっとだけ難しい話をさせていただきますが、環境問題や原発問題において、多くの科学者は既知から「いわれるほどの心配はない」と述べています。

過去の数値からいろいろ計算してそう回答しているのでしょうから、無意味なものではありません。

しかし、池内了氏は「自然は複雑系」という根拠から、現在の科学のよって立つ「要素還元主義」の立場をとらない自称「へそまがり」です。要するに、環境問題も多くの科学者とは見解を異にしています。その理由は大きくはこう述べています。

1.物事の原因と結果の関係は非線形にある(小さなきっかけが思いもよらない大きな結果を招くことがある)
2.全体は部分の単純な総和ではなく、デカルト以来の要素還元主義では自然界の動きはとらえきれない
3.ひとつの現象はいくつもの要因で起こったり、現象の系(システム)に生じるゆらぎから新たな秩序を形成したりすることがあるが、現在の要素還元主義ではそれを同時に予測したり測定することができない

以上は池内了氏の言説をもとに、物理学トーシロの私がまとめたものなので甘い表現かもしれませんが、要するにこれは、哲学でいうと形式論理学ではなく弁証法論理学といわれるものの見方なんですね。

池内了氏が正しいか、他の科学者が正しいか。それはいずれ明らかになるでしょう。

いずれにしても、科学はしょせん人間の行うものである以上、完全ではないのだ、ということを主張する正直な科学者がいる、ということは知っておいてほしいな、と思って今回記事にしました。

物理学と神 (集英社新書)

物理学と神 (集英社新書)

  • 作者: 池内 了
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2002/12/17
  • メディア: 新書


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コメント 19

pandan

マスコミなどに操作されること
ありますね。
by pandan (2013-03-21 04:31) 

isoshijimi

面白いお話でした。
常に間違っているかもしれない、と思うことも大事なことなんだな、と感じました。
by isoshijimi (2013-03-21 05:27) 

muk

「人間は間違いうる」
肝に銘じます。いろんな所で勉強してくると、解った気になっている自分がいます。
自分が正しいと思って話をしていると傲慢になってしまいます。
職場のみなさんが話を聞かないのは私に傲慢さがあるからでしょう。
気づきをありがとうございます。

by muk (2013-03-21 06:18) 

moto_mach

大きな物に巻かれる前に
「ひょっとして」という感覚を
何時も持ち続けられれば良いのですが
これがまた難しいです
by moto_mach (2013-03-21 06:20) 

toshi

大変面白いと思いました。
by toshi (2013-03-21 06:32) 

ackylacky

自分自身の頭脳が世界の小さな一部なのですから、物理の法則で世界を完全に把握する事は不可能ですね。
ですから、すべてが解るという人がいたら怪しいですけど、そういう人結構います。
by ackylacky (2013-03-21 08:18) 

こうすけ

おはようございます。難しい話です。
by こうすけ (2013-03-21 08:22) 

toyo

>3.ひとつの現象はいくつもの要因で起こったり、
現象の系(システム)に生じるゆらぎから新たな
秩序を形成したりすることがある

池内了氏の名前を知っている程度の知識しか
ありませんでしたがとても参考になりました。
特に「ゆらぎ」に興味があったので、とてもわかり
やすく説明していただいて感謝します。

この本を、わからないながらも、読んでみようと
思いました。ありがとうございます。
by toyo (2013-03-21 09:15) 

繭

寺田寅彦氏の物理学者の眼での随筆も良いです。
神としてきたものを科学の名の下に言い換えたとしても、同じことなんだというような。。

by 繭 (2013-03-21 09:53) 

やおかずみ

科学は万能という傲慢さには、反省すべきですね。
by やおかずみ (2013-03-21 10:27) 

ponnta1351

「人間は間違いうる」 長い事生きていて違いだらけです。
この本の解説、解り易かったです。有難う御座いました。

by ponnta1351 (2013-03-21 10:48) 

alba0101

ご訪問&コメントありがとうございます^^

まったく仰られている通りだと思います...
与えられた情報を精査するすべがない時は独断を避けるべき
なのに...何度かそう思い込まされると自分でその答えまで辿り着いたと錯覚してしまいやすいですよね。
by alba0101 (2013-03-21 11:37) 

まめ

人間は考える葦ですが、もちろん誰一人として正しいとは
言えない出来損ないですね。
by まめ (2013-03-21 12:42) 

川島

>人間は間違いうる

これを忘れないよう客観視する自分を育て中です^^



by 川島 (2013-03-21 12:49) 

昆野誠吾

身近なことで言えば、完全な球や
完全な三角などは存在しないんですよね。
忘れがちですけど^^
断定できないことを便利であるという理由で
確実であるかのように扱って生きているのが人間
なのですから、池内了氏の仰る通りですね^^
by 昆野誠吾 (2013-03-21 16:37) 

イヴママ

私は科学とか物理とか神とか大好き。
そんな話大好きです。
神の話と言っても、特定の宗教の信者ってわけではないですよ。その類の話が好きなんです。
by イヴママ (2013-03-21 17:12) 

K

まだなんとなくしか理解できていない自分がいますが
興味深い話です。もう少し考えてみようと思います。
by K (2013-03-21 19:59) 

palette

興味深いお話です。
その道の一流の人ほど、謙虚なんですね。
by palette (2013-03-21 21:09) 

ナベちはる

「人間は間違いうる」という言葉は、肝に銘じておかないといけない言葉ですね。
by ナベちはる (2013-03-21 23:34) 

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