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梶原一騎伝 夕やけを見ていた男と「伊達直人の贈り物」 [社会]

梶原一騎さん原作の漫画から命名した「伊達直人の贈り物」。昨年、話題になりましたが、今もまだ続いているようですね。先月も神奈川県横浜の港北、神奈川、鶴見の3区役所にランドセルが届けられたという報道がありました。

伊達直人とは、辻なおきが作画を担当したプロレス漫画「タイガーマスク」の主人公。自分を鍛えた虎の穴を裏切り、ファイトマネーを孤児院につぎ込む「名もない行い」を通して、名ゼリフと美学を貫く生き方が漫画史に残る名作でした。

亡くなった実弟の真樹日佐夫さんによれば、無頼漢といわれた原作者の梶原一騎さん自身こそ伊達直人のモデルだったそうです。

「兄貴の性格は純粋な照れ屋。それを隠そうとして梶原一騎を演じ続けていたんだ。幼い頃に兄貴がいたのは少年院の一歩手前のような場所さ。その経験が伊達直人に活かされているんだから、タイガーマスクは間違いなく兄貴の一面だよな」(『週刊新潮』2011年2月27日号)

60年代~80年代前半まで、漫画の原作を書きまくった梶原一騎さん。今の30代~50代の人はみな、何らかの梶原一騎作品を見て育っているわけです。

いまさら具体的な作品を上げるまでもありませんが、一応自分の世代に合わせてご紹介しておくと、巨人の星、タイガーマスク、ジャイアント台風、あしたのジョー、キックの鬼、空手バカ一代、赤き血のイレブン、夕やけ番長、愛と誠、プロレススーパースター列伝……。

ストーリーや登場人物は虚実ないまぜで、名誉毀損に厳しい現在ではもう書けない展開もありますが、日本のアニメ・漫画界にしっかりと名を刻んだ人物です。

そんな梶原一騎さんが“転落”したのは1983年5月25日。銀座6丁目のクラブ「数寄屋橋」で編集者たちと酒を飲んだ際、話がこじれて『月刊少年マガジン』の副編集長、飯島利和氏に空手で大ケガ(全治4週間)を負わせてからです。

無頼漢・梶原一騎さんなら、“その程度”といえる乱暴。飯島利和氏の「言い過ぎ」が原因だったこともあり、本当は講談社も表沙汰にする予定はありませんでした。

ところが、梶原一騎さんが覚せい剤密売ルートであることを疑っていた警察は、ここを逮捕のチャンスと半ば強制的に講談社に告訴をさせたといいます。

梶原一騎さんの映画会社「三協映画」が制作した『もどり川』の主演、萩原健一が大麻取締法違反で逮捕されたことも、警察を「その気」にさせる動機に。

逮捕以来、マスコミはそれまでの扱いが嘘であったように、この劇画原作の大家を叩き始めました。水に落ちた犬は、手のひらを返していたぶりネタにするのはマスコミの常套手段です。

そして、集英社は漫画界の登竜門だった「梶原賞」を廃止。梶原一騎さんをまるで黒歴史のように扱いました。

結局、覚せい剤による逮捕はありませんでしたが、以前から煩っていた壊死性劇症膵臓炎で体がボロボロになっていた梶原一騎さんは、以来87年1月に亡くなるまで、写真雑誌などで「激やせ」ぶりがおもしろおかしく、そしてみじめに報じられました。

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そんな転落が我慢ならないと、梶原一騎さんの功績を関係者の取材でまとめたのが、斎藤貴男氏の『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』(新潮社)。

斎藤貴男氏は、『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』で、梶原一騎さんが「右翼的ではあったかもしれないが、全体主義者ではない」ために孤高の人であり、それが伊達直人の生き方など、作品に反映されていたのではないかと見ています。

たとえば、梶原一騎さんは、73年に上梓した『男たちの星』(日本文芸社)で、軍部の拷問に耐え抜いた日本共産党の宮本顕治元名誉議長(当時委員長)を、はばかることなく絶賛しています。

他国の共産党の失敗から、日本共産党では個人崇拝は御法度です。ですから、漫画家の高口里純氏のように「共産党に政権を取って欲しい」という人はいますが、「一人の」党員を絶賛することは、小林多喜二のような伝説の人物ならともかく、現役党員にはありえません。

それだけに梶原一騎さんの宮本顕治絶賛は、まことに皮肉なことですが、同党の出版物では感じることのない新鮮で純粋な「侵略戦争に反対した日本共産党」の価値を、読む者に認識させるかもしれません。

梶原一騎さんは、かつては自由民主党や公明党から出馬を依頼されたことがあるといいます。本人も政治家への道はまんざらでもなかったけれども、結局出馬はしませんでした。

冷静に考えれば、公明党は言うに及ばず、全体主義と「修正資本主義」で独自の国民抑圧構造を形成した日本型資本主義の長年の運営者である自由民主党というのは、梶原一騎さんの世界観と合うはずもなく、オポチュニストでもない梶原一騎さんが出馬できるはずがなかったのです。

梶原一騎さんが全て正しいわけではないし、これまでの評価は毀誉褒貶それぞれに一理あります。しかし、全体主義に背を向ける美学は、こんにち、少なくとも「右翼的」という政治的レッテルのもとにステレオタイプの批判で捨て置ける遺物ではないと思います。

いずれにしても、“伊達直人”という名前が出ることは、来年27回忌を迎える劇画界の孤高の帝王ぶりを改めて思い出すいい機会かもしれません。

なお、『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』には、「あしたのジョー」や「ジャイアント台風」など、各作品ができるまでの貴重なエピソード(おそらく同書が初公開)も収められています。これがまた、実に楽しい。梶原作品のファンだった方は、『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』で確認されることをお勧めします。

梶原一騎伝 夕やけを見ていた男 (文春文庫)

梶原一騎伝 夕やけを見ていた男 (文春文庫)

  • 作者: 斎藤 貴男
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/08/03
  • メディア: 文庫



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コメント 17

1stdmain

侍ジャイアンツというのもありましたよ。
by 1stdmain (2012-11-10 02:02) 

pandan

タイガーマスク、子どもの頃
リアルタイムで観ていました。
by pandan (2012-11-10 05:47) 

k_iga

いろいろな作品から影響を受けた世代です。
by k_iga (2012-11-10 06:50) 

サンダーソニア

ちゃぶ台を ひっくり返すシーンは
今ですと 苦情ものですねー^^;
by サンダーソニア (2012-11-10 09:33) 

chima

世間の手のひら返しは怖いですよね…
by chima (2012-11-10 10:22) 

川島

梶原一騎さんの作品は楽しませてもらいました^^
根底に昭和の熱さをビシビシ感じます!

by 川島 (2012-11-10 10:36) 

ゆりあ

子どもの頃、巨人の星やタイガーマスク・あしたのジョーは良くアニメで見ていましたが、私の中で梶原一騎さんの名前を一躍のし上げた作品は愛と誠でした^^
映画も西城秀樹さんが主演したこともありすごいヒットして、テレビ化もされましたよね。
それに、確か今年も妻夫木聡さんが主演してミュージカル風の愛と誠が上映されたりしてましたね^^
by ゆりあ (2012-11-10 10:59) 

アニ

プロレススーパースター列伝が大好きでした。
レスラー一人一人がとても丁寧に書かれていて
ワクワクしながら読んでました。
by アニ (2012-11-10 11:49) 

alba0101

ご訪問&コメントありがとうございます^^

私もたくさん影響を受けた1人だと思います...
ぜひ 機会を見つけて読みたい一冊ですね(^^)
by alba0101 (2012-11-10 13:23) 

リキマルコ

子供の頃、伊達直人みたいなお兄さんが欲しいなぁと思って見ていました♪
プロレス好きもタイガーマスクから始まったかも…(^o^;)

私も咳のし過ぎであばらにひび入ったことあります!!
早く治しますね、温かいコメントありがとうございます(*´∇`*)
by リキマルコ (2012-11-10 17:50) 

さうざんバー

梶原一騎さんの原作に、大きく影響を受けた1人です(^^)vホント面白かったですよね~(^^)v こんな骨太の方は、あまりいないと思います。でも、最後は悲しいくらいのバッシング。子どもながら心が痛かった事を思い出します。
by さうざんバー (2012-11-10 17:56) 

なんだかなぁ〜。横 濱男です。

子供の頃の根性漫画、見てました。
梶原一騎さんの名前も有名だった。


by なんだかなぁ〜。横 濱男です。 (2012-11-10 19:06) 

uryyyyyy

いっぷく さん、こんばんは。

売名行為と美談。
語り手のさじ加減一つで
受け取り方は別のものになりますわい。
by uryyyyyy (2012-11-10 19:33) 

ackylacky

格闘技の漫画が好きで、結構読んでます。ちょっと暴力礼讃、サディスティックなところがありましたが面白かったです。
by ackylacky (2012-11-10 21:07) 

オカジュン765

こんばんは。まいど訪問おおきにです。
ジャイアント台風の馬場さんそっくりのお母さんは後に笑い話になりましたね。
梶原一騎さんの漫画は男だったら必ず一つは見ていますね。
by オカジュン765 (2012-11-10 23:10) 

はる

タイガーマスク、あしたのジョー、哀愁の漂う主人公は他のマンガではあまり味わえない独特の世界でした。特にタイガーマスクのエンディングテーマは、心に響く強い印象を私に植え付けました。ジャイアント台風もジャイアント馬場を違う目で見るようになりました。独特の世界観は確かに漫画界の戦後史と言えるでしょうね。
by はる (2012-11-11 22:20) 

萌田かずきち

懐かしいです。再放送でしたが、タイガーマスク(&二世)・あしたのジョー(&2)・侍ジャイアンツは今だに好きです。
by 萌田かずきち (2012-11-14 01:53) 

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