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ヒバクシャ 2020(毎日新聞映像グループ)張本勲さんなど [Twitterまとめ]

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『ヒバクシャ 2020』という毎日新聞映像グループの動画が、ツイッターやFacebookなどに投稿されています。まとめてシェアさせていただきます。今年でちょうど3/4世紀たちました。年月が経てばどうしても生き証人は少なくなっていきますから、こうした動画はしっかり残して、できるだけ拡散していきたいですね。(上の画像はツイートされた動画より)


張本勲さんの動画はとくに反響があります。

5歳のとき広島で原爆に遭ったプロ野球評論家の張本勲さん。母の朴順分(パク・スンブン)さん(1985年死去)は、原爆で亡くなった長女の写真を焼き、遺髪の一本も残さず、ただ、沈黙を貫いた。「お袋は忘れたかった。『あの日』の記憶は一切を消したかったんだろうね」。張本さんはそれ以来、母の涙を見ていない。【撮影・山田尚弘】


関口宏→コロナのせいで家にずっといるのはたいへんですね?張本勲→そんなことありません。防空壕の中でじっとしている時にくらべたら、そんなものへっちゃらです。私はじっと家の中で我慢出来ます…関口宏→(ぐうのねもでず、黙りこむ)…張本勲さんが何故3000本以上のヒットを打てたのか分かる気がします…

言葉も、ありません。多くの、声もたてられずにいる方々、あまたの霊が張本さんの口を通して、話しておられるかの如くに聴きました。酷い原爆を投じたアメリカへの怒りと、何があろうと、二度と戦争はしてはならないという思いを、強くしました。ハリさん、ありがとうございました。

この話しを徹子の部屋で聞いて感動しまして、張本さんますます好きになりました。この話しを毎日新聞さんヤフーニュースで取り上げる様にお願いいたします。サンデーモーニングの張本さんのコメントにいつも批判的な方達に、張本さんの生きざまを伝えて下さい。今は少なくなった日本の雷親父の張本さんファイト。

きっと届いていますよ、張本さんの言葉…。天国にいらっしゃるお母様に!! ちょっと涙ぐみました、シェアさせて頂きます、被爆者当人である張本さんが語る当時の凄惨な光景、もう2度と同じ過ちを犯してはならないと肝に銘じました、心に刻み込みました…。

戦争とは悲惨なものなんです。自分の祖父も出兵して子供の頃に色々と聞いた事があります。  時々言葉に詰まったり、黙り込んだり。きっと僕にも話せない事も沢山あったのでしょうね。  政治家で北方領土を取り返すには戦争しか無いと言ってる議員は、この話しを、聞いてどう思うのでしょうか?

長崎原爆でブラック・レインを浴びた母に当時のことを聞いても、思い出したくもないと、何も話してくれません。認知症になって、昔のことを忘れた今が一番平和なのかもしれません。

張さん、あなたも被爆者だったのですね。ご苦労されたと思います。あなたの野球での偉業も忘れませんし、被爆者であったという事も忘れません。お話ありがとうございました。

スポーツコーナーで笑い者扱いの張さん。日本を恨んでない所が好感持てます。あの番組は毎日系列か!!扱いが違うな。テレビでもちゃんと想いを語らせるべきだな。。。

(以上、Facebookコメントより)

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いかがお感じになりましたか。

以下の過去記事も、ご覧いただければ幸甚です

原爆の日に思い出す、アニメ番組『タイガーマスク』と原爆ドーム

張本勲 もう一つの人生―被爆者として、人として

張本勲 もう一つの人生―被爆者として、人として

  • 作者: 張本 勲
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2010/05/01
  • メディア: 単行本



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コメント 2

pn

話それますが沖縄の防空壕だっけかな、火炎放射器使われたのは。あの中でじっとしてる自体が恐怖以外何物でないんでしょうね、それに耐えた人は強いだろうなぁ。
by pn (2020-08-10 06:15) 

十円木馬

両親は共に広島出身でしたが、運よく被爆せずに済みました。原爆が落ちた当日は、士官学校生だった父は沼津にいて、5日後に広島に戻ったそうですが、その時の広島市内の光景の悲惨さを語ってくれたことを思い出します。
by 十円木馬 (2020-08-10 08:41) 

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